遠く離れた君の夢を見た。
君の名を呼びながら涙を拭わずにはいられなかった。
あの時、ズルリッと、僕の手の中からユキの手が抜け落ちて行った。
あの感覚を僕は一生忘れることは出来ないだろう。
僕は夢を見続けていた。あの高速艇ターミナルでの悪夢だ。
何度も何度も繰返し、あのことを僕が忘れないようにと、心に刻みつけ続けるかのように、見続けた。
彼女の手が抜け落ちると、僕は必ずと言っていいほど叫びながら飛び起きる。
体中から冷たい汗が噴きだして僕の体温と心の温度を一気に下げる。
それと同時に、拭いきれない罪悪感が僕を責めるのだ。
ヤマトがデザリアムから地球に帰還して、既に1ヶ月以上が経っていた。
僕は無事にユキとの再会を果たし、再び彼女との生活を始めていた。
しかし、それも彼女を取り巻く噂や、敵将校の残した資料の為、平穏というものとは、遠くかけ離れてはいたけれど・・・。
だけど僕は、それでもかまわなかった。
そりゃあ、いろんな葛藤はあったけれど、こんな気持ちはユキの味わった地獄に比べればたいしたことではないはずだ。
あの時に見捨ててしまった彼女と再び巡り会い、お互いの生存を信じあっていたことを確認できただけでよかったのだ。
―――ただ、僕は心の奥底に隠された自分の感情には蓋をして気づかない振りをし続けていたけれど。
現在、僕はヤマトに乗り組んでいる。
新人訓練という大義名分を抱えてヤマトは発進した。
彼女の現状を憂えた長官の配慮で、彼女も生活班長として乗り組んでいる。
しかし、現状は余り歓迎されるものではなかった。
今の地球の状況と、ヤマト艦内の状況が、どう違うのか?といわれれば、僕としては大して変わらない、としかいえないだろう。
ヤマト艦内でも、悪意のある噂は駆け巡っていた。
そして彼女は、そのままその風にさらされ続けている。
それでも健気に彼女は笑って、仕事を続けている。
傷ついて、泣きたくてたまらないのだろうに。
いや、きっと僕に見えないところで、泣いているのだろう。
僕に出来ることといえば、仕事の合間を縫って少しの時間でもいい彼女の傍にいて、周囲を黙らせることしか出来ない。
これには、メインスタッフ全員が暗黙のうちに協力をしてくれているけれど。
本音を言えば、大丈夫だからと囁いて、ユキを抱きしめてあげたいのだけれど。
でも、僕は軍人としての僕に縛り付けられて身動きが取れずにいた。
今の僕には、ヤマトに乗り組んでいる、という事実が疎ましくたまらない。
こんな時でも不器用にしか振舞えない僕が、僕は嫌いでたまらない。
そんな日が1週間続いたろうか。
日に日にユキの表情が曇る時間が多くなっていくのが手に取るようにわかる。
それでも僕の顔を見ると、ホッとしたように笑いかけてくれるのだ。
そんな時でも僕は何も出来ず、何も言えず、ただ彼女の頬に、そっと手で触れることしか出来なかった。
僕は、自分が疲弊していくのが手に取るようにわかった。
前の航海で思い切り味わった、あの嫌な感覚がユキとの再会を果たした今になっても、再び僕を飲み込もうとしていたのだ。
・・・・・原因は、わかってる。
あの時は、彼女の生死がわからなくて、僕が彼女を見捨てたという事実が苦しくって発狂一歩手前まで行ってしまったが、今は、ユキが自分の目の前にいるにもかかわらず、僕は再び彼女を見捨ててしまっているのと同然の状況なのだ。
それをどうにかしたい、と思うのにどうにも出来ないというジレンマに苛まれる。
僕の悩みなんて事は、ユキの受けた傷の深さに比べればなんとも無い、と言い聞かせても、ユキの顔を見るたび申し訳なくってたまらない。
その夜、僕は自室のデスクに突っ伏してうたた寝をしていた。
見る夢は、いつもと同じ、あの夢だ。僕がユキを見捨ててしまったあの時の悪夢だ。
夢の中で、いつも僕は叫ぶ「早く乗り込むんだっ」と、必死になって駆け込んでくる彼女に向かって。
けど、僕は何故あの時、自分が飛び出さなかったのか?
敵の銃撃が激しかったからなんて理由はナンセンスだ。
実際ユキはあの中を走っていたのだから。
結局、僕は自分の身の安全を選んでしまったのだ、彼女の安全など考えずに。
その事実が僕を責め続ける。そして、その事実を僕は彼女に告げることが出来ないのだ。
ユキの肩が撃ち抜かれ、その衝撃でユキは倒れ付した。そして、・・・・
眠っている僕の中で、そのシーンになると激しい閃光が僕の脳髄を貫き、いつも僕はそこで飛び起きる。
汗びっしょりになって、体の震えが止まらない。自分が無意識に泣いていることにも気づけない。頭の中には、今繰り返されたシーンがまた思い出されてたまらない。
自分で、自身を抱き締めるしか術は無い。
「ユキ?」
僕は彼女の名を無意識に呼んでいた。
それに気づくと、僕はもう我慢が出来なかった。
今すぐに、彼女の存在を確かめたくてたまらなかった。
彼女の存在が夢ではないことを確認したくて僕は時間も考えずに自室を飛び出した。
これは前の航海では望んでも出来なかったことだ。
僕の部屋のあるフロアと彼女の部屋のあるフロアは、数階違うだけだ。
エレベータに乗り込めば、あっというまについてしまう。
はやる気持ちを抑えながら、僕はエレベータに乗り込みボタンを押す。
だが・・・・、そのフロアに着き一歩足を進めた途端、僕は立ち止まってしまった。
人気の無いフロア、このフロアは女性士官用ということもあり、僕は余りここに立ち寄ったことが無かった。
実を言うと彼女の部屋を訪ねたことも数回しかないなのだ。
自室を飛び出したときは、矢も立ても溜まらず、彼女の顔が見たくて仕方なかったはずなのに、あと数十メートル先に彼女がいるというのに僕の足は止まってしまった。
僕は視線を落とした。壁に手をつき溜め息を吐く。
「なにやってるんだか・・・。」
自嘲気味に薄く笑うと、腕時計を眺めた。時間は真夜中の2時過ぎを示している。
こんな時間に、ユキを叩き起こすわけにも行かないじゃないか。冷静になれよ、と自分を叱る。
こつん、と自分の頭を叩きながら僕はエレベータに再び乗り込んだ。
ただ、自室へ戻る気にはなれない。
・・・・・あの夢を再び見たくはなかったから。
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愛しいあなたや
あなたのまわりのすべてがしあわせでありますように。
愛しいあなたの小さな生命を護りゆくことが私の願いだから
足は自然に展望室へと向かっていく。
深夜ということもあるが人気は全く感じられない。シーンと静まり返った空気が辺りを支配している。
少し暗めに落とされた照明の中を、僕は展望室の窓辺に歩み寄り、その大きなガラスに寄りかかった。
外宇宙の彼方、輝いてはいるが、瞬いてはくれない星の姿をじっと見続ける。
そして、ふと以前の航海で彼女が、この場所でアルファ星に願いを掛けていた姿が、頭の中を過ぎった。
あの時は、なにを非科学的なことを、と思ったものだった。そして、思わず笑い飛ばしてしまったものだった。
だけど、彼女の願いをしつこく聞きだした後、しっかりと落ち込んでしまったのも事実なのだけど。
「私のことを好きになって・・・。」
あの一言は、衝撃だったよな。
あの時、既に僕は彼女のことが気になって仕方なかった。
好きだとか、愛しているなんて事までは考えなかったけれど。
彼女のことを、気にしないようにすればするほど、気になってしまってしょうがない時期だった。
あの頃は、ついつい皮肉を漏らしてしまって、彼女を怒らせてしまったことも、よくあったっけ。
だけど、あの一言で彼女には好きな奴がいるんだ、なんてことがわかって、それは一体誰なんだろう、と真剣に悩んでしまったのは事実だ。
それが、まさか僕のことだったなんて、あの時は考えもしなかったけれど。
あの時は、彼女の身近にいる者として、島か、南部、もしくは真田さんか?なんて思いを巡らしていたものだった。
・・・・今になって思えば、彼女のアルファ星への願い事はかなったということなのだろう。
ユキに確認するのも恥ずかしいけれど、きっと聞いたなら「もちろんよ。」なんて自信満々に言いそうだけれど。
だけど、考えてみれば、あの時のほうが彼女は幸せだったのかもしれない。
ただ、夢を夢として見られていた、あの時の方がよかったのかもしれない。
彼女は、僕と付き合ったばかりに、酷い目にあってしまった。何度も何度も。
一度は一緒に死ぬとまで言わせてしまった・・・・。
そして今も、理不尽な噂に晒され傷ついている。
―――僕には、もう資格は無いのかもしれない。
けれど、彼女を手放せない・・・・。
じっと僕の右手を凝視した。
彼女の手を離してしまった罪深い手だ。だが、彼女を抱き締めずにはいられない僕の手だ。
相容れない事実が、僕の手の中でせめぎあう。
たまらなくなった僕は拳を握り締める、そして再び夢が僕を苛む。
苛立った僕は、右手を思い切りガラスへと叩きつけた。何度も何度も。それこそ血が滲むほどに。
そしてそのまま、うなだれたまま、額をガラスに押し付ける。
「ユキ・・・・。」。
泣きたくなんかないのに、自然と涙が溢れてしまう。
「古代君?」
シーンとした空気を裂くように呼びかけられた。
押し付けていた頭を起し、驚いて振り向くと、そこにユキが立っていた。
慌てて涙を拭う。
微笑んではいるものの、なんだかやるせない雰囲気が彼女の周りにまとわりついているのが解る。
そっと彼女は足音を立てずに、僕の傍へと歩み寄ってくる。
「ユキ・・・・。」
呼びかけた僕に、ちょっと小首をかしげて、僕を見上げてくる小さな顔に疲れがにじみ出ている。
それでも、僕を気遣うのが彼女だ。「眠れないの?古代君。」
「・・・ユキだって、こんな時間に起きてるじゃないか。」
擦れた声でたずね返す。つい、さっき君の部屋へ行こうとしていたんだよ、なんて言えないけれど。
「・・・なんだか、目が冴えちゃっただけだから。」
探るような僕の視線に気づいたのだろう、いつものように何でも無いのよ、という風に微笑む。
その微笑が僕の心臓を握りつぶさずにいられない。
思わず、僕は傍に立つ彼女を抱き締めた。そのまま彼女の髪の中に顔を埋める。
ヤマト乗艦以来、初めてこんな風に抱き締められた。
じっと、抱き締め続ける僕の腕の中で、彼女もオズオズと僕の背中に腕を回し僕を抱き締めてくれた。
なんだか、ホッとした。
「ごめん・・・。」
ボソリとささやくと、彼女は顔を伏せたまま、小さく首を横に振る。
それでも、僕は謝らずにはいられなかった。
「本当にごめん・・。」
僕達は、展望室の奥の一角に備えられたソファに二人寄り添いながら座りこんでいた。
僕は肩にユキを抱き寄せたまま、外宇宙に輝く星を眺めていた。
彼女は僕にもたれたまま目を閉じて、僕の空いた手を両手で握っている。
・・・・・それだけでよかった。今の僕達はもうそれだけで充分だった。
何も話はしなかったけれど、僕の傍にいることが少しは安心感を与えたのだろうか、彼女がウツラウツラとしているのかわかる。
「眠いんだろ?」
彼女の眠気をさまたげないように、小さな声で呼びかける。
コクンと少し頷いたのが判った。
僕はそのまま、彼女の肩と両手を握り締めたまま、もっと僕の方へと引き寄せた。
そして「眠ってもいいよ。おやすみ」そう耳元に囁いた。
・・・・そのまま穏やかな寝息が、僕の腕の中で漏れ聞こえ始めた。
僕は腕の中で、眠る彼女を抱き締めながら願わずにいられない。
「ユキには、誰よりも幸せになって欲しい」と
だが、彼女の幸せを妨げているのは、誰でもない。この僕だ。
それがわかっていながら、僕は願わずにいられない。
「ユキが幸せになりますように。そして、その幸せな人生に、どうか僕の人生が重なっていますように」と・・・。
今は、見えないアルファ星に向かって、僕は願いを掛ける。
あの時の、ユキの願いをかなえてくれたのなら、今度は、僕の願いを叶えてください。
どうかお願いです。
そのためになら、僕はどんな罰を受けても構わない。
だから、アルファ星よ、健気な彼女のために、僕の願いを叶えてください。
僕は腕の中に愛しい彼女を抱きとめながら、ずっと僕は願い続けた。
END