判決で採用される商品スポーツの責任の意味


 「商品スポーツ」の概念については、私は10年ほど前から訴え続け、その後この用語を学会の場などで使い始めて、専門書などでも紹介しています。
 この概念の定義については、拙著「商品スポーツ事故の法的責任」(信山社)や日本スポーツ法学会の年報に掲載されている論文に書いておりますが、これを簡単に紹介しますと次のようになります。

 レクリエーションとしておこなわれるダイビング(以下レジャーダイビングと呼ぶ)は、スクーバダイビングの体験やそのノウハウの講習を、その実施後に、客が支障なく日常に復帰できることを当然の前提として一般向けに販売されている役務契約です。スクーバダイビングのビジネスではこれを講習や体験、あるいはファンダイビングなどと呼びます。このように、日常に支障なく復帰できることを販売者と購入者の双方が合意の上に一般向けにレジャースポーツとして提供する役務契約のことを商品スポーツと呼びます。
 商品スポーツとは、企業、グループないしは個人が、営利を目的として、室内や屋外におけるスポーツの体験や、その実行技能の習得に至る過程をレジャー商品として販売する役務及びその関連行為のことです。商品スポーツは、特別な訓練や適性を要するようなピッケル登山、同山壁登山、大深度減圧潜水、地下水脈探検潜水、未整備地でのグライダー飛行などという、実行者が「致死性」を引き受けた上で行うことが社会通念となっている「冒険スポーツ」や、観客を消費者とする「興行スポーツ」(通常これを「商業スポーツ」と言うのが正しい)とは本質的に異なります。つまり商品スポーツは、消費者がその実行後に、支障なく日常に復帰できることを前提とした一般向けの役務商品なのです。したがって商品スポーツの製造・流通・販売者には、消費者に対して商品の安全性を、明示的及び黙示的に保証する義務があります。

 これを整理すると以下のようになります。

1.債務:商品スポーツという役務提供契約では、安全にそのスポーツを終了させ、消費者(実行者)を滞りなく日常生活に復帰させることが最優先の義務であり債務である。
2.責任:商品スポーツ業者は、その品質の結果(事故・損害)に対して責任がある。また業者(製造・流通・販売者側)に一方的に有利な免責要求は認められない。
3.義務:商品スポーツ業者は、その品質の欠陥の結果生じた消費者の損害に対して賠償義務がある。

 この商品スポーツの定義は、最近ではレジャースポーツとしてタンデムスカイダイビング(一般人を消費者として落下傘降下が体験できるという役務を販売したもの)を販売していた時に発生した死亡事故の責任が争われて平成21年に横浜地裁判決でだされた判決(1億円以上の損害賠償を被告側に命じた判決。確定)で、判決の理由となる決定的な部分で採用されています。原告側が主張した「商品スポーツ」の定義については、拙著「商品スポーツ事故の法的責任」にほぼ全く同じ文言で記述されています。
 この裁判では原告側が「商品スポーツ」の定義とその責任について次のように判断しました。

「タンデムスカイダイビングは,」被告会社Cが「一般向けのレジャーとして提供していたものであって,このようなレジャーは,命を賭してまで体験タンデムスカイダイビングをしようとする人はそれほどいるものではないと考えられるから,その安全性が確保されていることを一般向けに表示することなくして,一般向けのレジャーとして成り立ち得るものではなく,Cが,体験タンデムスカイダイビングの参加者を募集するに当たって,その危険性について特段触れていないこと自体,その安全性が確保されていることを黙示的に表示しているといえる。」「亡K(事故死亡者)の合理的意思からすれば,Cによる体験タンデムスカイダイビングに係る役務の提供にあたっては,少なくとも死亡等の重大事故につながるような墜落事故を発生させることなく安全のうちにタンデムスカイダイビングを終了させることが約束され,これが本件契約の内容として含まれていたものと考えるのが相当である。」「以上のとおり,本件契約においては,タンデムスカイダイビングという行為自体に生命身体という重大な利益に対する侵害の危険が内在していることを前提とした上で,そうであるからこそ,契約当事者間においては,そのような利益を侵害しないことが役務提供契約の大前提とされていた」「このような本件契約の特質にかんがみると,契約当事者の合理的意思に基づいて,また,社会的に当然に期待される役務提供の内容として,Cは,本件契約により,亡Kに対し,生命身体に重大な支障を生じさせることなく安全のうちにタンデムスカイダイビングを終了させる債務を負っていたものと解するのが相当である。」
 なおこの本判決文では、スクーバダイビングの体験ダイビングとの比較について言及されてる部分がありますが、そもそもこの事件はスクーバダイビングの事件ではなく、これについて審理した裁判でもないので、ここでは商品スポーツの定義と債務の関係が明確にされている点が重要なのです。

 「商品スポーツ」という、役務を商品として(サービス業となる)販売するビジネスは、日本国民の将来にとって、より身近なスポーツを行う機会を得る手段となって行くものです。それが何であるかを知り、その安全な実行のために、業者と消費者が共に大切な情報を知ることは極めて重要です。
 双方がこれを知ることで、業者の方々と消費者の方々の、それぞれの安全と幸せが確保されるよう祈ります。


平成21年12月9日

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