委託された商品スポーツ事故の責


 今回は、学校の野外授業で行われるスポーツの授業について書いてみます。
 学校の授業では、体育で行われる各種スポーツの他に、野外スポーツとしてスクーバダイビング、登山、カヌーなども行われています。
 その授業を外部の商品スポーツ業者に委託したときに事故が発生する場合があります。

★学校教育と商品スポーツの関係
 野外スポーツの授業を安全に主催するためには、プロレベルの専門家が必要となることがあります。しかし必ずしも学校に野外スポーツを主催・運営できる専門家がいるとは限りません。
 学内に専門家がいない場合には、学校はその授業の実行を外部の専門家に委託して、商品スポーツを授業に取り入れることになります。この外部の専門家とは一般に商品スポーツ業者、あるいはそれと同質の受託者となります。

事例1→事故後の法的責任が問われたかどうかについては公表されておらず不明。
 2009年5月午後、鹿児島湾で行われたT中学校のカヌー体験学習( 実施者は上記事業者 )に参加したカヌー19隻のうち多くが転覆、4人が一時行方不明になった事故がありました。これはT中学校が 「国立大隅青少年自然の家」 の行っている野外スポーツのプログラム(有料)に委託して行われたものでした。
 当時のカヌー参加者は、利用者数 107人名(活動人数54 人名)/導入指導者 職員  1人/監視艇 (監視艇1号)職員1人、指導員1人でした。行方不明となった4人は、海上保安庁のヘリと巡視艇によって捜索され、巡視艇が沖合3.5 キロ付近でこの遭難者4人を発見、救助しました。
 この授業では、多人数の生徒を少数の指導員で監視するというものでしたが、当時、海上強風警報が発令中であったにもかかわらず体験学習を実施しています。さらに強風によって、強風と潮の流れによる漂流事故発生も予見可能であったであろうにもかかわらず、精神的にも体力的にも未熟な未成年が漂流した際に昼夜間を問わずその早期発見の確率を確実に高める、漁船のレーダーでも海面捜索を可能とするような装備(レーダーが感知できる携帯型ダイビング用フロートなど)を参加者に装着させていた形跡はありませんでした。この事故の後もレーダー感知型のフロートは装備されていないようです。

事例2→事故後の法的責任が問われたかどうかと警察の捜査状況については公表されておらず不明。
 2009年7月、千葉県内の高校がスクーバダイビングの講習を授業として行うため、民間の商品スポーツ業者にこれを委託した海洋実習(講習)の最中に同校の生徒が死亡しました。事故後、警察は業務上過失致死の疑いで捜査を開始しましたが、その後の経過についてなどは一般に知る機会がありません。。
 この講習は、ダイビングスクール所属のインストラクター(能力の程度は不明)の指導という委託された商品スポーツの実行に引率教員も加わって行われていました。しかし受講生が未成年であるにもかかわらず、潜水指導における常時動静監視義務(法的義務)を成すための人数比(指導者対受講生比率が原則1以上対1)をとってはいませんでした。
 他にこの事故の背景にはいくつか重要な問題もあるようです。
 これまでも学校での事故事例は外部に知られることが非常に少なく、これは、事故の原因を多くの教育関係者や一般の方々で共有して事故を予防するために生かすということにつながりにくい状況になっているように感じます。

★商品スポーツとは 
 商品スポーツとは、企業、グループないしは個人が、営利を目的として、室内や屋外におけるスポーツの体験や、その実行技能の習得に至る過程をレジャー商品として販売する役務及びその関連行為のことです。
 商品スポーツの産業には、商品スポーツの販売に関連した各種民間(自主・任意)資格販売事業を含みます。
 商品スポーツは、特別な訓練や適性を要するようなピッケル登山、同山壁登山、大深度減圧潜水、地下水脈探検潜水、未整備地でのグライダー飛行などという、実行者が「致死性」を引き受けた上で行うことが社会通念となっている「冒険スポーツ」や、観客を消費者とする興行スポーツ(通常これは「商業スポーツ」と言う)とは本質的に異なるものです。
 商品スポーツは、消費者がその実行後に、支障なく日常に復帰できることを前提とした一般向けの役務商品であす。
 したがって商品スポーツの製造・流通・販売者には、消費者に対して商品の安全性を、明示的及び黙示的に保証する義務があります。
 (■中田 誠「商品スポーツ事故の法的責任」(2008年 信山社)F、2ページ他参照のこと)

事例3 魚野川カヌー転覆事件
 2005年(平成17年)、千葉県立の高校のスポーツ健康コースの2年生男子生徒25人及び女子生徒4人は、2人の教員に引率されて3泊4日の日程で野外実習を行いました。そして地元の商品スポーツ業者に委託され、新潟県の魚野川で行われた川下りカヌーの実習中(各艇2人が乗船)に生徒のカヌー3隻が転覆し、6人が川に投げ出され、うち1人が溺死しました。この実習には引率した教師も参加していました。

安全対策の不備と正常化の偏見
1.業者が生徒らに着用させた救命胴衣は予定の耐久年数を超え、そのサイズも成人男性用のワンサイズのみでした。事故後、発見された女生徒はこれが脱げていました。
2.事故に遭った女生徒たちは業者に事前に泳げないことを申告していました。それでも業者は泳げない二人を同じカヌーに乗せ、同行していた教諭もそれを問題視しませんでした。
3.参加した女生徒に対し、まず流れのない湖水などで十分な訓練を行い、転覆時にパニックにならないように事前にリスクの内容の説明を行って、さらに適切な救命胴衣を装着させてその使い方を実際に全員に体験・訓練させておくべきでしたが、これらはなされていませんでした。

⇒「大丈夫だろう」という正常化の偏見は品質上の欠陥となります。
⇒品質上の欠陥がなければ、重大な結果は回避できた可能性が高い。

魚野川事件で問われた責任

○海難審判 2007年6月に横浜地方海難審判庁は、指定海難関係人としてA社(業者)、Aの代表取締役B、指定海難関係人Cとして主任インストラクター、指定海難関係人Dとして引率した学校の教諭に対し次のように採決を行った。「本件転覆は,初心者2人が乗ったカヌーが,川下り中,消波ブロックに衝突したことによって発生したものである。カヌー関連業者が,初心者に対するカヌー実習実施水域を適切に選定しなかったことは,本件発生の原因となる。主任インストラクターが,カヌー実習生に対し,川下りの安全なコース取りを十分に説明しなかったことは,本件発生の原因となる。引率団長である教諭が,カヌー実習実施水域の安全を十分に確認しなかったことは,本件発生の原因となる。カヌー実習生が死亡したのは,救命胴衣が脱げたことによるものである。」

○刑事 
指導員(インストラクター)ら3人が業務上過失致死傷容疑で書類送検され、2007年8月、指導員1人が罰金50万円を科せられた。

○民事( 東京地裁 2008年10月判決 控訴棄却) 
  遺族を原告として、千葉県とカヌー業者に対し損害賠償訴訟が起こされました。
  被告、千葉県の主張:カヌー実習は業者に委託していたのであるから、その責任は限定される。
  判決:県と業者に約4170万円の賠償を命じた。 
  理由:「カヌー実習を企画、立案した学校側が、第一次的な安全配慮義務を負う。 指導を委託した業者に過失がある以上、県にも賠償責任はあり、外部業者に委託すれば責任は限定されるという県の主張は身勝手で無責任だ」
  ただしこの判決では他に、「生徒の能力に応じて危険性を含む課題を生徒に課すことは学校教育上、容認される」ともしています。 (以上、新聞報道などから。判決は判例集に掲載)

商品スポーツの債務、責任、義務の整理
1.債務 商品スポーツという役務提供契約では、安全にそのスポーツを終了させ、消費者(実行者)を滞りなく日常生活に復帰させることが最優先の債務として求められています。
2.責任 商品スポーツ業者は、その品質の結果(事故・損害)に責任がある。また業者に一方的に有利な免責要求は認められません。
3.義務 商品スポーツ業者は、その品質の欠陥の結果生じた消費者の損害に対して賠償義務があります。

委託者の義務と責任
1.学校が委託者となる場合、その商品スポーツの品質(役務全過程において)と結果に対する責任は、委託先業者と共有することになります。
2.委託者の責任の程度は、委託の経緯、品質管理の状況や過程などによって変化します。
3.委託者は、委託に至る情報を生徒と保護者に開示する義務があり、委託先の品質の程度を説明する義務がります。
4.委託者は、生徒や保護者に対して、危険の内容に関する説明義務があります。
5.委託者は、常に委託先での事故を予見し、その際の責任の履行を遅滞なく行えるよう準備をしておかなければなりません。

提言
 生徒たちの経験を積む機会のために、「生徒の能力に応じて危険性を含む課題を生徒に課すことは学校教育上、容認される」ことを生かすためにも、学校関係者には、商品スポーツ業者の提供役務品質を事前に慎重に調査を行い、事故は起きないという"伝説"に依存せずに良質の教育を野外スポーツおいて実現していただきたいと希望しています。また事故は起きるということを前提に、万が一の対処法の構築や、賠償責任を支障なく行えるような準備をする必要があると思います。そして事故が起きた時は、生徒の個人情報に注意しつつも、事故の原因と対策案を多数の人々の間で共有化する必要があると思います。今後の同様の事故を防止するために知恵を出し合うためにも、どうか関係者は情報の公開を通じて今後の防止策を検討して、その結果を公表していただけるようお願いしたいと希望します。 


平成22年1月3日

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