人身事故多発ビジネスモデルに法規制は不要なのか


 今年の7月9日の読売新聞夕刊(大阪本社版)に次のような記事が出ました。
 表題は、「ダイビングで娘亡くした母 潜水ガイド法整備訴え ずさん業者憤る」という記事です。
 電子版でも公開されている記事ですので、ダイビングの事故を考えている方の多くは、すでにこの記事を読まれたと思います。さて、この記事の中に気になる業界筋からの発言がありました。
 その部分を紹介します。それは、「ある認定団体の担当者は「きちんとしたプログラムでガイドらを管理しており、国の関与は必要ない。規制があると、レジャーとして伸びない」」と発言したという部分です。
 ここには大きな問題が4つ示唆されています。

 一つ目は、日頃自分たちを「指導団体」や「教育機関」と自称し、客の命の安全にかかわる任意資格の販売や申請料等の金銭を徴収を行っている業者たちが、営利目的の事業をあたかも公的な事業かのような印象を与える振る舞いをしている組織についてです。このインタビューに答えている業者が、私の見方が間違っているのなら、わざわざ「ある認定団体」などと、発言者を特定できないように必要がないと思うのですがどうでしょうか。
 これは自らそうしてくれと言ったのか、あるいは取材時に記者からそうするからと言われてから取材に応じたのか、これは推定の域を出ませんが、こういう発言で発言者を隠すとイメージが悪くなるという理由と、もとより何ら後ろめたいことがないから実名(あるいは団体名)をどうぞ、とはせずに、個人ではない団体名すら匿名とすることはいかがなものかと思います。
 これが業務外の個人的な発言なのかもしれないですが、私個人としては、この発言の背景には、発言者を匿名にしなければならないと思うほどの、何か後ろめたさがあるのではないかと邪推してしまいます。
 高い社会的地位にあるような名称を自称し、しかも人命の安全にかかわる商売をしていながら、堂々と自分の組織名称(個人名はさておき)すら名乗れないというのは、あらあら、という感じにならざるを得ませんね。ただし、事故の実態と悲惨さを見すぎた私の個人的な感想にすぎないですが。(異論は当然あると思います。)

 二つ目は、「ガイドらを管理しており、国の関与は必要ない。」という部分です。
 東京大学の潜水事故調査委員会の報告でも、ダイビング業界は階層的事業構造をとってその下で働く者を指導・支配していると認めています。だからこそ報告書では、「指導団体」には、その資格販売の最終的責任があるのだとしていますが、この発言は、まさしく「指導団体」がその事業構造の頂点で支配している実態を物語っています。しかも「指導団体」は、「管理」の対価として年会費などをガイドから徴収しているのであり、やはり「指導団体」には階層的事業構造の下層に位置する業者の方々の法的責任の最終的責任があることが分かりますね。

 三つ目は、「きちんとしたプログラム」という部分ですが、これは拙著でも詳しく述べている最高裁の二原則を見ても、特に人数比の問題についてはとても「きちんと」はしていないと思います。多くの裁判の判決内容を見ればその思いは確信に変わりますね。もっとも明らかに最高裁を始めとした司法全体が間違っているというのであれば、ダイビングマスコミは大キャンペーンを行ってその判決批判を行えばいいと思いますが、そのような様子は見えませんので、実は裁判所の判断を苦々しく思っていて無視しているだけなのでしょう。反論すると、そういった判決がたくさんあることを社会が知ってしまうので、無視による沈黙を選んでいるのでしょう。

 四つ目は、「規制があると、レジャーとして伸びない」という面ですが、もう何年も事実上の無法状態(ダイビングのビジネスモデルを厳しく規制する業法が存在しないという点で。)が続いている中で、ダイビング市場は縮小してきたと嘆くプロが多いことと、この発言は矛盾しています。彼らが求める無法状態で何年も伸びていないのだから(これは各種のデータからもわかる。)も、無法状態が、レジャーとしてのダイビングが健全に伸びるための必要不可欠な要素ではないことが分かります。、少なくとも罰則付きの厳格な規制がない状態が、消費者の安全性向上には全く結びついていないと考えられます。これはサービス業(役務提供業)として致命的な欠陥ではないでしょうか。
 いろいろ問題が指摘される利益至上主義を貫いていることが、かえって利益を損なう状態をもたらしている現状は、皮肉とも見えます。利益至上主義の危険性を避けて、真面目に良質な事業を行っているプロダイバーやインストラクターにはいい迷惑でしょうね。
 私は、現在のダイビングビジネスシステムで死亡・行方不明者、受傷者が絶えない理由を探るために裁判の判決文を読み、裁判所がダイビングビジネスの何を問題としているかを考えます。これはなおさらに、現在のダイビングビジネスの欠陥を徹底的に規制する法が、重い罰則付きで施行されなければならない状況のあることを思わせます。それはこの業界の、消費者契約法や消費者基本法に対する違反が目に余るように見えるからです。つまり罰則がなければこれらの重要な法律に違反することを躊躇しないケースが見られ続けているからです。
 先日も三菱ふそうの事件で、会社と当時の経営責任者に対して、消費者に危険が及ぶ状況を知っていて対策を打たなかったということで有罪が申し渡され、少なくとも会社側はそれを受け入れる姿勢を見せていますが、ダイビング業界とそのマスコミが裁判所の判断の蓄積を知らん振り(消費者の犠牲と自分のビジネスモデルの致命的欠陥の無視。)をするかのような対応を取り続けていることはいかがなものかと思います。
 最近は新しいベテランインストラクターの認定を行うということで、業界が公益法人などを作って資格を普及させようとしていますが、そもそも自分たちが最初から欠陥インストラクターが生じるような商売をしているから低品質や欠陥のあるインストラクターが生まれてきているという事実を、なぜ無視するのでしょうか。任意に作って販売している人命にかかわる資格で、致死的なまでに品質にばらつきのあるようなビジネスは、その存在自体が重大な問題ですし、そのビジネスの頂点で支配している側が消費者の致死的損害の長期にわたる続発状況を知っていながら品質向上をしないで利益至上主義に走っているということで自浄作用が働かないことは重大な問題です。また社会常識から彼らのビジネスを評価して、自分たちの現状の変更を迫る可能性のある第三者の関与を拒否する閉鎖性もまた重大な問題です。少なくとも消費者にとっては。

 優良ショップや優良インストラクターは、レジャーとしてのダイビングの安全性を高めるために、事実上の自己規制を行って安全性を向上させています。彼らはダイビングのリスクを含めた説明責任を果たすことに努め、自分の潜水技量の維持・向上のための努力を惜しまず、安全な人数比でのダイビングを実施しようとしています。こういう彼らには、厳格な安全確保のための法規制がなされても、それはもう自分でやっていることの追認にしか過ぎないので、きっとどうってことはないと思います。
 こういうプロが報われるビジネスモデルこそが、現在のビジネスモデルに代わってほしいと願うばかりです。

 以上、ある新聞記事を読んでの感想でした。


平成20年7月30日

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