判例研究1


ここでは、ダイビングの事故に関連した裁判の判例から、それについて簡単に研究・紹介をしていきたいと思います。


民事判決 不法行為が認められた件

[東京地裁 昭六〇(ワ)第二二六〇号、損害賠償請求事件、昭61.4.30 民事第二四部判決、一部容認・確定]

一、ダイビングの指導者兼バディとして講習を行っていたインストラクターの過失責任が認められた。
二、インストラクターの過失により漂流した講習生が被った死の恐怖に対して慰謝料が認められた。

内容:
スクーバダイビングの講習(海洋実習)の開始とともに、全員でエントリー地点から沖合い50m(水深4m)の潜水開始地点のブイまで泳ぎ、インストラクターAは、講習生Bがこのブイに向かって泳いでいるのを確認した後に潜水を開始し、5〜6分後に受講生の先頭が海底に落ち着くのを見届けた後に、Bの姿が見当たらないのに気づき浮上したが、Bを発見できなかった。Bは講習生の最後に海に入り、ブイまで泳いでいたが、ブイの位置を見失い、かつ泳力不足に怖さも手伝ってもがくうちに潮に流された。約1時間20分あまりの漂流の後に、岸から沖合い約100mの地点で、Aら捜索に当たっていた者に発見救助された。

判決文から:筆者が重要と判断した部分だけを記述
理由
(被告の不法行為)
「被告は、原告の指導員を兼ねたバディとして、原告が海に入る時点から絶えず原告の位置、動静に気を配り、危険な状態に陥っていないことを確認すべき注意義務があるにもかかわらず、当日被告の講習に参加した他の受講生の指導に気をとられてこれを怠った過失により、原告が潜水予定地点に設置されたブイにたどりつく前に潮流に流されたことに気づかず、原告を漂流させたものというべきである。」
「そもそも被告は、受講生の安全を確保しながら海洋実習を行う責務のある指導員の立場を兼ねていたことを考え合わせると、前記の注意義務は免ぜられないというべきである。」
(過失相殺の抗弁について)
概略(筆者による):講習で手信号を教えられていた、また岸にいた講習補助者がいたので、手信号や声を発すれば早期に救助措置をとることは可能であると認められたが、Bは100m程度の泳力しかなく、また器材を装着しての海洋実技が2回目ということから、被告Aの側の抗弁は認められず、過失相殺部分はゼロと判断された。
(損害)
1.
「原告が本件状況のもと死の恐怖の中で1時間以上も漂流したことによって受けた精神的苦痛が多大なものであったことは推認に難くなく、その他本件口頭弁論に顕れた諸般の事情を参酌すれば、これに対する慰謝料としては、金25万円が相当である。」
2.
「弁護士費用としては、金5万円をもって本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。」
(むすび)
「原告の請求は、不法行為に基づき、被告に対し、前項1、2の合計金30万円(後略)」


●わかりやくすく解説

これは、海洋実習の講習で、インストラクターがバディを組むことにしていた講習生Bのそばにいず、つまりバディとしての動きをしていず、またインストラクターとして、講習生Bの動静(今どういう状況にあるか)をきちんと監視していなかったことによってBが漂流し、死の恐怖を味わったことに対して、裁判所がインストラクターの責任を認め慰謝料の支払いを命じたものです。
ここでの問題は、講習中にはインストラクターが講習生の安全に対して重大な注意義務があるということが明記され、学科講習などにおいて緊急時の対処法を習っていたとしても、初心者に対してはそれがただちにできなくても当然という一般的な常識が認められた裁判です。ここでは、講習生Bの過失はまったく認められず、この事故の責任が全面的にインストラクターの過失にあると判断されました。また、「死の恐怖」という精神的苦痛が認められたという点で、ダイビングの判例という事例を超えた意味をもって見られている判例です。

この判例は、インストラクターには、講習生に対して重大な責任があるということが確認された事例ですが、この他の裁判の事例でも、例えオープンウォーターの講習を修了していても、それをもってダイビングの技術が充分に習得されているとは認められず、インストラクターの側に、初心者に対しての配慮が必要と判断された判例があります。「オープンウォーター取得後はすべて自己責任のもとにダイビングができるはずだから、事故が起きても自分たちには全く責任はない」という指導団体側の一般的な考えが全面的に否定された判例です。これについては後日あらためて紹介するつもりです。

今年も講習中の事故が多いようです。その中に、あの悪名高き「免責同意書」という法的に無効な文書に署名したものを見せられて、正確な情報を与えられないまま、ただ泣き寝入りさせられている遺族の方々がいないことを心から祈るものです。

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参考文献:判例タイムズNo.629 これ以外にもこの判例の紹介書籍あり。
平成11年10月23日