某誌の「編集方針」についての私の対応


 本来、こういうところに書き込むべきことではないのですが、非常に重要なことで、私の研究方針の根幹にかかわることなので敢えて私の考えを書き込みます。

 私の研究の目的は、「ダイビングの事故と業界の実態の情報公開を行なって、それが事故の犠牲者の救済と事故そのものの防止に役立てる」というものです。
 ところがある、日本を代表する雑誌がダイビングの事故の実態に興味を持ってくれたのですが、それは近日中に悲惨な事故が起きるのを待って、それをもと(いわゆるネタ)にしてルポ記事を作る、というものでした。
 過去の事例を参考にフィクションとして小説を書くというのなら、読む方も最初からフィクションであると分かるので、過去に多くの小説がそうであったように、いわゆる「社会の了解事項」だと思うのですが、これはフィクションとして扱うのものではないのです。
 ただ、競争が激烈な雑誌業界において、その販売部数を確保するための商売としての編集方針としては、これはある意味当然のことではないかと思います。彼らはボランティアではないのですから。毎週毎週スクープのようなトピックを書きつづけなくてはならない、というのを仕事としている方々で、またそれを求める市場があるのです。
 もし私がダイビングの事故の実態について知らない編集長だったら同じようにする可能性が高いと思います。
 しかし、ダイビング事故の実態を、自分自身がその体験者として、そしてさらに悲惨な事例を見て、また知ってしまった私にはそれを受け入れる事はできませんでした。
 私にとって、この編集方針は「事故の防止のために」ではなく、季節ネタとしての記事を書くために、ダイビングシーズンが到来したので、そろそろ起きるであろう、誰かが悲惨な事故に遭う好機(!)を待って、起きたらそれを取材し、そして指導団体の不透明さや、これまでの事故の実態について、ダイビング専門雑誌の論調と違う味をだすためにスパイスとして使うことが編集方針の狙いのようだと受け取れました。誤解を恐れずに言えば、目先を変えた一過性のスキャンダル扱いだと考えざるを得ませんでした。
 そんな訳で、私は先方からの協力の依頼を全て辞退しました。そうしないと、これまで私に対して、苦痛の中、調査に協力してくださった事故の犠牲者の方々やご遺族の方々に申し訳がたたなくなります。
 この雑誌の編集方針は、当初は「事故防止のためにダイビングの事故の実態に光をあてる」というもので、それに基づいた原稿の依頼があったので、私も全力で原稿を書き、資料も用意して提供したのですが、その後に方針が180度変わってしまいました。そのため私は以後の協力を全て辞退したのです。
 もちろん、先方には、これまで書いたものの原稿料や、私が負担して先方に提供した資料の実費の受け取りなども一切辞退しました。(貧乏人にはつらいところですが)
 今まで隠されてきたダイビングの事故の実態を知らせるせっかくの機会なのに、「何とまぬけで、ある意味傲慢ですらないか」という批判はもちろんあると思います。それをあえて受けとめる覚悟で今後の協力を辞退しました。
 また私のホームページや書籍を読まれた方の中には、「おまえも同じ穴のムジナじゃないか」と思われる方もおられると思います。
 確かに、私の研究スタイルには調査や分析のために取材するということが多いので否定できません。
 ただ、私個人の中で、「この一線」だけは超えられないと、勝手に決めていることがあります。私の中でこの一線を超えた時、私の研究は、私がよしとしていないダイビングマスコミと「同じ形をした小さな影」に過ぎなくなってしまうものと思っています。
 いい年をして青臭いかもしれませんが。

 あらためて書きますが、私は普通の、何のとりえもない、ただの非力な貧乏なおっさんに過ぎません。人格が高潔なわけでもありません。恥ずかしい事ですが、最低の親孝行すらできていません。つまり、単なるうだつの上がらない俗物のおっさんです。
 ただ、この研究だけは、自分が死にかけた経験からも、あくまでも愚直に取り組みたいと思っています。


 この夏、このような雑誌の記事のネタになるのは、もしかしたら、今、これを読んでいるあなたかもしれません。そして世の中には、あなたが悲惨な、"商品価値のある事故"に遭うことを心待ちにしている人たちがいるかもしれません。そしてそういう状況に遭った人がいたら、待ってました、とばかりに取材が来ると思います。
 もしあなたがこのような取材対象になることがイヤでしたら、不適切な表現を使って申し訳ないですが、事故に遭う時は、できるだけ"商品価値のない事故"にしてください。


 2〜3年前に、女性ダイバーがダイビングボートのスクリューに巻き込まれて死亡した事件があり、それが珍しくテレビや写真週刊誌で取り上げられたことがありました。しかし、この事故はその時のスキャンダラスな扱いがあっただけの、一過性の出来事としてもう忘れられて、後に何の教訓も残さず(教訓を残すべき人々が敢えて残さなかったかもしれませんが)に、昨年もダイバーをスクリューで死に至らしめ、しかも業者が賠償保険に入っていなかったため、あたら若い命を海の藻屑としてしまった事件がありました。
 残念な事は、その2〜3年前の事故は、2000年6月になっても、いまだに事件として裁判を行なう事すら決まっていないということです。

 ダイビングの事故の実態と業界の実態を一過性のスキャンダルと扱うことは、またこのテツを踏む危険があるのです。それは避けなければなりませんでした。

 以上を今回の私の対応としてご報告します。


 なお、上記の理由により、今年のダイビングシーズン中は、よほどの例外的なことがない場合を除いて、上記の問題のネタ元としてこのホームページが使われないよう、最新の国内の事故の情報は原則として公開しないことにします。海外の事例についてもこれに準ずることにします。例外として公開する場合は、事故の内容の情報を公開することが、即事故防止に役立つことを基準とします。ただし、それでも詳しい発生日時と場所についてはダイビングシーズンが終わるまで明記しないようにします。
 もし皆さんの中で、事故を目撃したり、事故に遭った方がいらっしゃいましたら、直接私あてにメールを下さいますよう、お願いします。プライバシーは守ります。ただし匿名での情報はご遠慮ください。
 ダイビングの事故防止と情報公開のために、ぜひともご協力とお力添えをお願いします。


平成12年7月14日  

このページの内容の無断転載、およびこのページへの直接のリンクはお断りします。