潜水事故についての医学的見地の論文からの抜粋
(ダンジャパン会報Vol.14 1998.12より。(財)日本レジャー安全・振興協会より転載の許可あり)
※抜粋及び編集の責任はHP作成者。また文字の着色もHP作成者。


スキューバ潜水事故統計 都立荏原病院 脳神経外科 杉山弘之氏論文より
(ダンジャパン会報Vol.14 1998.12)

表1 潜水事故に於ける病気

   平成5年 平成6年 平成7年 平成8年 平成9年
体調不良    20・50代女性    50代男性   
気管支喘息 ?男性       20代男性 20代男性
クモ膜下出血    40代男性 50代男性    50代男性
脳内出血 ?男性3名            
急性心不全    50代男性 50代男性      
心臓病    30代男性         
肺破裂          20代男性   
不明 ?男性 50代男性    40-60代女性 30代男性

討論

スキューバによる潜水事故統計をここでは扱ってきたが、果たして、この統計は現実の日本のスキューバ潜水事故の実態を表しているのだろうか。問題点としては、二つある。一つは統計の取り方の問題であり、一つは地域の問題がある。潜水事故の概念の統一が行われないと他の統計との比較が困難である。ここでは海上保安庁が作成した資料であるために、行政的観点から潜水事故がまとめられている。スキューバダイビングによる潜水事故とは溺水、漂流、病気.負傷、潜水病、船舶との接触、その他である。
潜水事故をその診断面から見ると、溺水と漂流は確かに誰もが診断できる。しかし、その原因は医者あるいは司法解剖までやらないと分からない。病気とは喘息、心臓病、脳出血などを意味するが、これらは表面的には診断がなかなか困難で、これも医者の診断を必要としている。負傷は一見分かりやすいが、海生物による場合は分かりにくい。
船舶との接触は、誰もが判断可能である。また、潜水障害には潜水病だけでなく、減圧外傷もあり、それが入れられていない。このように、この潜水事故内容は、海上保安庁の係員が決められる場合と、専門家の判断が必要な場合に分かれる。つまり、行政分類と医学分類が入り交じったものである。これに対して、DANアメリカは、毎年レクリェーションによるスキューバダイビングの事故と死亡例を報告している。そこでの定義をみると、治療を行った高圧酸素治療担当医によって最終的に、減圧障害の診断が行われる必要があるとしている。それによると、600〜800例の報告が寄せられるが、減圧障害と認定されるのは400〜500人前後、その他に減圧障害による死亡者は一OO人前後と報告されている。上記日本の潜水事故統計とは大幅に異なった統計となっている。その理由はDANアメリカは減圧症治療を行った施設あるいは治療を受けた本人からデータを集めている点で、日本のそれが海上保安庁という医療機関でないところのデータの差となっている。
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潜水事故内容

潜水事故のうち、一番多いケースが溺水である。溺水の原因を知りたいところだが、日本では溺水を分析したような統計がない。スキューバダイビング中におこる病態としては、パニック、ガス欠、減圧外傷、ガス中毒(一酸化炭素、炭酸ガス、酸素、窒素、その他)、減圧障害、外傷、飲酒など実に様々である。これらの結果として、溺水となる。この中で、飲酒はダイビング中窒素酔いを悪化させるとの報告もあぴ、ダイビング前の飲酒は厳禁する必要がある。スキューバダイビングによる溺水の病態分析を行った報告例は外国例にはあるが、日本では行われていない。
溺水の発生をみると、インストラクターがいる講習でも発生しているし、その発生率はここ数年変化がみられない。このことは、インストラクターの質の向上が図られていないことを意味する。今後とも、このような溺水が起こらないよう、各指導団体の取り組みを期待する。
我々が最も気にしている減圧障害であるが、我々の統計では年間-例ぐらいしか見られていない。二つの原因が考えられる。一つは減圧障害が発生しても重症であり、皆溺れとなり、単独で減圧障害として、取り上げられることがない。この溺れて死亡した例に対する司法解剖結果あるいは、溺れて死亡にいたらなかったケースに対する医療機関での正確な診断などが必要となる。どちらの場合も、減圧障害とくに空気塞栓症が含まれている可能性について、医学的な啓蒙が必要である。もう一つはこの我々の統計は救急車など公の救急医療体制に乗った患者データであり、それにのらない軽症例は省かれている。
空気塞栓症は浮上中あるいは浮上後10分以内に発生すると規定されている。大抵は肺圧外傷性の肺気腫あるいは縦隔気腫等に合併し、症状としては中枢神経症状である意識障害を伴うことが多い。この結果、スキューバの場合はマウスピースを噛み締めているために、意識障害後マウスピースが外れ、海水を誤飲し、溺水となる。これを防ぐためには、バディがダイバーの状態に気が付き、マウスピースを再度咬ませ、それをバディが抑えつつ、浮上させなければならない。
減圧症は浮上後数時間以内に発生するために、必ずしもダイビング現場で発生するとは限らない。ダイビング後急激な運動、熱い風呂、車などでの山越え、飛行機移動などで減圧症が発生すると言われている。
潜水事故を起こす疾患としては、気管支喘息を中心とした慢性閉塞性肺障害、クモ膜下出血、脳出血などの脳卒中、急性心不全などの心臓病がその主なものであるが、原因不明の体調不良という診断名もある。これらはいずれも、ダイビング前に持病あるいは治療中であることを確認することにより、防げる可能性が大である。既往歴、現在の服用薬物、現在の症状などを聴取する必要がある。
肺障害、心臓病などは若年者に多く、その他は中高年者に多くみられる。気管支喘息のうち、運動誘発喘息あるいは冷温誘発喘息などはダイビング禁忌であり、気道状態が正常に戻らない限り、喘息発作後はダイビングは禁忌である。てんかん発作がある、あるいはあったダイバーに関しては、5年間発作がなく、服薬がない場合はダイビング中過呼吸や酸素分圧上昇により発作が誘発されることを十分に承諾した上で、ダイビングを可能とする。以前、頭部外傷あるいは脳腫瘍などで関頭術を受けたダイバーに関しても、てんかん発作ダイバーと同様の扱いとする。高血圧のために降圧剤を服用中のダイバーの場合は、降圧剤による副作用と共に、脳出血あるいは脳梗塞をおこす可能性のあることを十分に承諾した上で、ダイビングを可能とする。ダイビング中は溺れ等により酸欠状態が起こりやすく、血圧を上げる方向に作用すると考えられる。クモ膜下出血に関しては、必ずしも血圧などとの関係はないために、予防対策としては40才以上のクモ膜下出血好発年齢のダイバーには、頭部MRIによる未破裂脳動脈瘤診断を受けた方がよいと考えられる。糖尿病薬を服用中のダイバーは低血糖が起こりうることを十分に承諾した上で、ダイビングを許可することになる。不整脈がある場合は、あらかじめ精密検査を受け、致死的な変動が起きない可能性を確認しておく。狭心症などがある場合は、ダイビングは禁忌である。
潜水病と談断された症例は、呼吸困難例、意識不明例、両足の痺れ2例、半身麻痺例、体調の不良例などいずれも空気塞栓症2例、減圧症(タイプ2)4例である。つまり、ここで言う潜水病は減圧障害に当たる。いずれも、一般病院に収容後、減圧障害と診断され、酸素再圧治療が可能な専門病院に移されている。5年間で6例と言うにはあまりに少ない潜水障害例であるが、これは溺水などを扱ったダイビングポイント周辺の医療機関での、減圧障害認識の低さも大いに関係していると同時に、我々の病院に減圧障害で訪れるダイバーはいずれも症状が軽く、現場では救急車を使用していない事実もある。

結論

DAN・JAPAN発行のスキューバダイビングの潜水事故統計を概観した。これによると、潜水事故が減少傾向にない。この原因としてインストラクターの指導問題とダイバーのダイビングに対するモラル欠如の問題である。減圧障害を中心とした潜水事故統計が日本にはなく、潜水事故を減らすためには、DAN・JAPANを中心として、早急に対策を立てる必要がある。


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