沖縄県で放送された、ダイビング事故の防止を考える番組について


2012年(平成24年)4月20日(金)、沖縄県のNHK総合の午後7時30分〜7時55分のワクで、4月に体験ダイビングでの死亡事故の刑事判決が出たことをきっかけとした番組が放送されました。


番組名は「きんくる」。公開生放送の番組で、この回のタイトルは、「ダイビング事故をなくせ〜安全をどう確保するのか〜」でした。

■「きんくる」ブログ  http://www.nhk.or.jp/kinkuru-blog/100/117282.html#comment

■「きんくる」放送後  http://www.nhk.or.jp/kinkuru-blog/200/118022.html


放送が沖縄県ローカルであったことから、これを見ることができた方は少ないと思います。しかしこの番組は、私が知る限りにおいてですが、この18年間で、唯一、事故の背景に、ダイビングビジネスそのものに何かの問題があるのではないかという視点を消さずに放送された番組でした。(なぜこの種の番組がこれまで放送されなかったか、ということ自体を深く取材してドキュメントリー番組を制作すれば、個人的には、確実に放送関係の賞が取れると思いますが、どうでしょう。)
 

この番組には、放送されるきっかけとなった事件とその判決がありました。
2010年8月26日、沖縄県南城市のビーチ沖で、1人のインストラクターが7人の客を案内する体験ダイビングを行い、客の一人を見失って死亡させた事件です。
今年4月、当時のインストラクターに有罪判決(執行猶予付き)が出ました。インストラクターは控訴しないそうです。

この番組には、地元のダイビング業界団体の事務局長の方が出演され、体験ダイビングの人数比については、「僕の体験では1対1が理想」と語っていました。 私はこの方がごく当然の認識を失っていなかったことにホッとしました。
人命に対する理想(つまり、最も安全が確保できる可能性が高いということ)が1対1であれば、初心者に対してその理想を下回る人数比(1対複数人)で対処することはさけるべきことは当然 でし、プロにとってはそれは法的義務です。もしあなたの家族が、命にかかわる安全に関することで、「1対1が理想だけど 倍の1対2にするね」と言われたらどう考えますか? そして1対2で不幸にも事故があったら、それは「自己責任」だと納得できますか。

また事務局長の方は、ダイビング業界の実情について、「ダイビング業界の常識は世間の非常識」「この業界は上から下まででたらめなんですよ、な部分が多いんですよね。」 (発言のママ)と語っていました。
「上」と「下」がどこを指すのかについては説明されていませんでしたが。

沖縄では長年に渡って、地元業者の方々が中心となり、海保と力を合わせて(税金が投入されて)、事故者救助の訓練をするなどの努力をしてきました。 これは高く評価すべきです。しかし残念ながら、事故はいつまでたっても減らず、しかも全体として 高止まりの傾向がなくならず、最近はダイバー数が減少しても事故者数が減らないという、かえってダイバーあたりの致死的リスクが高まっていることを示す現象を見るに至りました。
私から見た事故発生の原因は、一般ダイバー、つまり消費者の立場での事故防止対策を行わない(そのようなアプローチには、これまで地元が“積極的に”興味を示さなかった)ことにあると思っています。
地元の海保自体も努力し、かつ長年地元業者に対して真摯に協力していますが、消費者の立場に立っての深いアプローチは取っていません。これは 組織の仕組み上、できないのではと思います。それは、業界は団体を組織しますので団体を支援するというスタンスはとれますが、一般ダイバーという消費者は組合などを作らないため、 問題を懸念する個人がどんなに対策の必要性を訴えても、個人や小グループには協力できないという内規があるのかもしれません。 ここでは“数”が価値であるということなのでしょう。
これが、結果的に業者の利益に寄与する活動(営利事業にかかわる事故対策訓練などは、業者自身の予算で行うべき事では?税金を投入することは無条件でいいことなのか?)とも言えなくない部分が発生している理由と思われます。
ぜひ、一般ダイバーのための事故予防対策を、たとえそれが業界利益に反することとして、関係諸団体などからどんなに強く反発を受けようとも、消費者である、組織 を持たずとも、本当は圧倒的な“数”が存在する一般国民の安全のために、海保が協力できる法なり規約を作っていただきたいものと願っています。

事故が起きたときの、海保や警察、自衛隊などによる捜索活動には、業者の手抜きや業界のビジネスモデルの問題から発生した事故であっても、ほとんどがダイビング事業と無関係の人々から徴収した莫大な税金が費やされています。この現状を踏まえれば、そもそも手抜きや業務遂行能力の低い業者にこのような事態を起こさせないためにはどうしたらいういいかという視点での事故防止策が必要 なのではないでしょうか。現在決定的に不足している事故防止対策はこれです。
海保は、現在でも、その可能な範囲内で努力し、チラシや広報パンフで安全を訴えてはいますが、多くの手抜き業者や、業界システムに起因する問題については、今のところ 効果的な対策は打てないようです。

このような状況で、平成だけで500人近くが死亡・行方不明者として累積しつつある中、この番組では初めて、業者の有罪判決を題材として、今まで触れられてこなかったような問題が現実に存在することを示唆しました。 これは画期的なことです。

(何年も前に、沖縄のNHKで、ダイビングの安全に関わる番組が流されました。当時は画期的な番組でした。しかしそこでは司会の方がCカードのことを「ライセンス」と連呼して いたこともあり、かえって地元の業界の方が、自分の発言の時は「認定証」と言い直していました。こうしたこともあり、当時の認識の限界が感じられた番組でした。)

さて、 沖縄県以外に住んでいて、ダイビングの事故の問題を真剣に考えている方々で、この沖縄の番組を見られなかったことは残念なことと思います。

私は、この番組をきかっけとして、特にダイビング事故が多い、静岡、東京、和歌山、福井、鹿児島、三重、千葉、神奈川、宮崎、北海道、新潟、京都などで、ダイビング事故防止に役立つ、消費者目線での番組がたくさん制作されて放送されることを希望しています。そしてダイビングビジネスの問題と事故の関連性を一般社会に知って貰うようにし、消費者が優良業者と、そうではない業者を見分ける情報を手にできるようになればと願っています。


この「きんくる」は、上記のように優れた番組でありましたが、若干、改善しなくてはならない点もあるように思いました。
番組にケチをつけるつもりはありませんが、今後の番組制作者の参考に成ることもあるかも知れないので、取り上げてみたいと思います。

まず、番組冒頭で触れられた沖縄県での事故者の人数ですが、そのデータを海保のデータだけに頼っていたという問題です。
海保には、事故があっても、自分たちが管轄として扱うか、正式に届けられなければ(警察や消防等から)認知できないという手続き的な制約があります。日本で起きる事故の全てがその手続きを取るわけではなりません。そのため、その統計数は実数より少なくなります。
番組でも問題としていた2010年の沖縄県の事故者ですが、死亡・行方不明という重要事故で、私が個人で調べられた数より2名少なく出ていました。その差は22%以上です。誤差としては大きすぎる数字です。そしてその2名の 数は人の命です。彼らの命はカウントするに値しないとの判断がなされたのではないだろうと思いますが、残念です。
私ごときでさえ、これまで20年近く繰り返し、論文や専門書、実用書、また事故調査委員会報告、そして自分のホームページや学会発表、講演などの場を通じて、事故を過小評価することの危険 を訴えてきました 。沖縄でも、複数の行政機関や国家機関、そして財団などに意見や資料を届けてきました。しかし今回もまた、それらの訴えが無駄であった、あるいは効果がなかったということを突きつけられたようで す。強い無力さを感じました。
先の震災での津波被害や原発の事故でも、それまで何年にも渡って、何人もの専門家から警告や注意、及び提言がなされてきたようですが、これらを軽視して取り上げなかったことが、津波被害や原発事故を防げなかったり、その被害の拡大を招 くことにつながったことは、震災後、これまでさんざんに、あらゆるマスコミを通じて語られてきたのに、今回も変わらないのか、と感じ、残念でなりませんでした。
今年もきっとまた、残念ですが、全国で何人ものダイバー(全くの初心者を含む)が亡くなったり、後遺障害を負うことになるのでしょう。
この中には、 今は元気に日常を過ごしていながら、今年のいつか、ダイビングビジネス上の手抜きを原因として亡くなったり被害を受ける方がきっといると考えられます。防げるのに。
またこれから出てくる事故者の中には、事故の過小評価 や軽視を、より多くの利益を得たり自己保身に役立てようとすることを許す文化の犠牲者とも言えなくもない方がいるかも知れません。「自己責任」と言われながら。
以上はあくまでも趣味の悪い個人的推定に過ぎませんので、外れることを願うのみです。

東北から教訓を生かすには、ここは遠すぎたのでしょうか。


次に、今回の事件の背景への考察がもっとあっても良かったのではないか、という点について触れてみます。

当初、この事件では、業務上過失致死罪容疑で現場責任者【A】、業務上過失致死罪と労働安全衛生法違反容疑で現場インストラクター(潜水士免許を持っていなかった)【B】、労働安全衛生法違反容疑でダイビング会社の代表取締役【C】(潜水士免許を持たない者をダイビングのビジネスに従事させた)、そしてダイビング会社自体【D】が労働安全衛生法違反容疑で送致されていました。
さて、この事件は、判決のように本当に【B】一人の責任なのでしょうか。
潜水士免許を持っていなかった【B】が、現場スタッフとして働かされていなかったら、せめて【A】が監督して、現場で1対1での業務に就かされていたら、【C】がそもそも潜水士免許を持っていない者を現場の仕事に就かせないようにしていたら、最悪でも 【C】が【A】と【B】に、体験ダイビングは1対1で行うようにと業務上の指示を出していたら、などと考えると、大きな疑問が生まれます。 すべてが客の命にかかわっているからです。つまり今回の客の死亡と止められる機会を持っていながら、全てを行使していなかったからです。彼らの不作為がたくさんあって、客が死亡したのです。たった一つでも不作為がなかったら助かったかも知れないのに。ということは、全員が、この客の死にかかわっていると言えるのです。もちろん、民事裁判が起きれば、その訴訟の対象は全員となって審理されるでしょうが、それだけでいいのか、と思ってしまいます。

死亡事故を防ぐためには、ざっと考えても、前述のような予防策があった訳で、これらは全て人為的に、余裕を持ってとれた予防策です。
この判決が、いわゆる現場の一人に全責任を押しつける「トカゲの尻尾切り」のようなものになったことは残念です。


三つ目に、沖縄の県条例の深刻な問題です。人の命が失い続けていることにつながっているとも言える重大な問題です。
それは人数比の問題です。
番組で紹介した、有罪となった判決の理由は、「無謀にも1人で客7人に対し指導を行った過失は重大だ」でした。
沖縄県の条例による規定では、体験ダイビングのような初心者の場合は、「おおむね6人」と人数比を規定しています。事故は、「7人」で起きました、これは「おおむね6人」です。
このホームページでも私が書いた各種の出版物でも、沖縄県の人数比の問題は10年以上前から訴えている重大な問題です。
ダイビング事故に関する 最高裁判決では、「常時監視義務」が規定されています。私も何度か沖縄県や他行政に対してこの点を取り上げ、条例がこれに反していることを訴え、条例の改正 (施行規則の人数比規定を含めて)をと訴えてきました。
もし10年前にこの問題が取り上げられ、そのとき直ちに条例の欠陥が正されていたら、二つ目で示した事故防止策より、さらに根っこの部分での防止策ができていたはずです。 すると、その後の沖縄での数十人の死亡・行方不明者の何人かは、今も笑顔で人生を楽しんでいたかも知れません。

番組では、この条例の重大な問題については全く触れていませんでした。しかしこれこそが本質的かつ根幹的な問題です。
※報道によると、容疑者を送検した地元海保は、「1人で監視するには、客の人数が多すぎた」としていたようです。(2011年6月1日 産経電子版)
これも、条例が正しいことを前提に考えるのであれば、コメントできない内容ではないかと思います。

四つ目に、遺族が、体験ダイビングの前に受けた説明を「講習」と誤解していたこと(これ自体はやむを得ないこと)を、番組では、商品スポーツとして販売されている「講習」と誤認していた ように見えたことです。そのため、重要な人数比に関する部分で、某団体のマニュアルで示した資料のページが、「講習」のページになっていたことにつながっていたのではと考えます。
きっとVTRの部分を作成するときに、このあたりを知っている専門家に監修を受けていなかったのでしょう。

五つ目に、業者の品質の差は、消費者の致死的なリスクに直結しているということをはっきりと示して欲しかったという点です。
この、説明に関することは、消費者基本法で触れられています。
情報の開示の必要性を通じて消費者への警告とし、自分で業者の役務履行品質を見極めて選ぶ努力をする重要性を訴えて欲しかったのです。
実は、業者の品質の差を見極めるための情報こそが、一般的にダイビング業界が大いに嫌う情報なのです。なぜなら、優良業者の数はとても少なく、業界の収益優先の育成システムから生まれて“プロ活動を許可された”多くの非優良業者の活動からのアガリにも頼っているとも言えるダイビング業界では、非優良業者と優良業者を、消費者に同列に扱われると、 スムーズに利益を確保することの障害になると考えている可能性があるからです(推定ですが)。


以上、長々と記してきましたが、もちろん僅か25分程度の番組で、かつ、この18年間で初めて放送された、まともにダイビングの安全を語る番組に、一度に全てを期待することは過剰な期待と思います。
放送関係者の方々には、この大切な一歩を育んで、上記のような諸問題を厳しく追及する社会的な番組を、手抜き事故がなくなるまで作成し続けて欲しいと、強く願います。
事態の 放置は被害の放置となるのです。この20年間はそうでした。


平成24年5月4日
             5月5日一部修正

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