スポーツダイビング業界における「免責同意書」の実態
(平成7年12月16日、日本スポーツ法学会総会にて発表したもの。一部修正)
〜この論文は日本スポーツ法学会年報第3号「スポーツにおける契約の諸問題」(早稲田大学出版部刊4500円)に掲載されています〜

 現在、危険を内包するスボーツを実施するにあたり、それが商業的・非商業的であるにかかわらず、それを指導する、または販売する(商業的レクリエーション)にあたって、予期し得る、または予期し得ない事故責任を未然に回避することを目的として広く用いられているものに、総称して「免責同意書」というものがあります。これは一般的に、スボーツの実施期間において生じる事故について、その主催者側を、理由の如何を問わず一方的かつ全面的に「責任」から開放することを旨とした内容をもった文書が一般的であります。
 今回、私はこの免責同意書を、スクーバダイビング業界をひとつの例として、業界内でのそれに対する意識(たてまえ)と、運用の実際について研究してみたいと思います。

 なお、ここでPADIについて数多く言及していますが、これはPADIの講習のカリキュラムが優秀であることを否定するものではありません。この素晴らしいものが、実際の現場で生かされていないし、PADIもそれを放置していると、私自身の個人的体験という事実を出発点として感じているから言及が多くなっています。また、PADI関係のショップでも、その、なんとかスターのランクに拘わりなく、責任感が強く、かつ優秀なスタッフを揃えているところが多くあることを否定するものではありません。それらの人々の名誉のためにここではっきりとお断りしておきます。


内 容

 
(1)免責同意書の分類

(2)責任回避のための組織形態

(3)業界を構成する諸団体の意識

(4)その運用上の実際

(5)今後の方向性への提言



(1)免責同意書の分類

  私が入手した免責同意書の文面を見ると、大別して以下の2つのパターンに分類されます。

  [T]PADI型

  [U]その他型

 いくつかのダイビング指導団体(ライセンスを認定する営利組織)の免責同意書の内容で、事故の時の責任について、それを記入する人との責任の所在についての確認事項で「全ての責任は」「一切の責任は」いかなる状況下での事故であっても記入した側にあり、その結果生じる記入者の権利全般(全ての請求権)の放棄を、話し合いの余地無く、一方的かつ全面的にに強制しているのを、[T]PADI型免責同意書と私は分類しました。
 そして、その他の、同意書の前の確認事項の内容の完全なる実行を前提としてダイビングを行い、そのことに記入者のみが全面的に責任を負うとしているものを、[U]その他型としました。

(2)責任回避のための組織形態

 @強制指導組織

wpe22.jpg (15567 バイト)

 

 A組織の仕組みそのものを「免責体制」にしている組織のケース

wpe10.jpg (14777 バイト)

 

(3)業界を構成する諸団体の意識

 現在スクーバダイビング業界を構成する指導団体(各種の私的資格を認定する団体)の数は、私が今年(平成7年)の春に調べた段階で35ありました。
 私はこの9月に免責同意書とそれがもたらす事故買任の回避の効果についての認識の内容を調べるために、これらの団体に対してアンケートを依頼しました、以下の項で、回答を寄せてくれた6つの団体の意識についてについて紹介・分析をしてみます。
 なお、このアンケートの目的は、社会的に問題を起こしている現場のショップそのものの上に立つ、いわゆる「指導団体」として、ダイビングビジネスのフランチャイズの”支配層”の表向きの意識を調査するものであります。

<アンケートの設問とそれに対する回答>…回収率17%
*1つの設間に重複する回答を寄せた団体や、回答のない団体もあり、その総計は必ずしも団体数と一致はしません。

(a)貴団体では「免責に関する書類(以後免責同意書とする)」を相手側と交わしていますか?

@講習時 は い→5
いいえ→0
Aファンダイビング時 は い→3
いいえ→2
<コメント>
※1 (自分のところは)「免責同意書」と言えるかどうか疑間。
※2 FC(フランチャイズ)の各自の対応である。
※3 基本的には交わすように指示しているが(実際の運用は)所属ショップにまかせている。


(b)貴団体では「免責同意書」の内容について、担当者が事前に相手側に詳しく説明して合意を得るよう指導していますか?

は い→4
いいえ→1


(c)貴団体では「免買同意書」によって何の免責をめざしていますか?

@ダイビングの前後を含めたトラプル・事故の全責任 →1
Aダイビングの前後を含めたトラブル・事故の部分的責任 →0
Bダイビング中に限定したトラブル・事故の全責任 →2
Cダイビング中に限定した1ラプル・事故の部分的責任 →2
D一切免責はされない →1


(d)貴団体では「免責同意書」によって実際はどこまで免責されるとお考えですか?

@ダイビングの前後を含めたトラプル・事故の全責任 →0
Aダイビングの前後を含めたトラブル・事故の部分的責任 →0
Bダイビング中に限定したトラブル・事故の全責任 →1
Cダイビング中に限定した1ラプル・事故の部分的責任 →2
D一切免責はされない →3


(e)前述の(3)(4)でお答えになった理由についてご自由に記入して下さい。

コメント>
※1 (実際のところ)法的に免責はない。
※2 前後についてはダイビング保険とは別の対象となる。
※3 免責同意書があっても、指導者の管理責任の全ての回避は困難な場合も考えられる。
※4 法的には一切免責されをくても、「イチャモン」「ユスリ・タカリ」を心理的に抑止するために免責同意書は必要。


(f)貴団体では現在の「免責同意書」の申に、記入者が相手側を理由のいかんを問わず免責するものではないことを明記した留保事項を、この1年以内に付け加える用意はありますか?

@用意している →2
付け加える時期 →未定
A用意していない →3
理由
※1 免責同意書自体が日本において有効なものとは考えていない。
※2 用意しても法的に責任から逃れられない。
※3 賠償責任保険の説明をさせている。
B既に明記している →0


(g)貴団体では配下のショッブ等で重大な事故があった場合、何らかの罰則を科していますか?

@科している →2
内容
※1 FC店契約解除。
※2 事故の内容により除名もありうる。
A科していない →3
理由
※1 自由(放置)にしている。
※2 罰則を科す科さないの関係ではない。
※3 今までそのような重大な事故はなかった。


(h)貴団体では配下のショップ等で重大な事故があった場合、何らかの責任を責任を取る用意がありますか?

@ある →3
内容
※1 できる限りの手助け。
※2 賠償責任保険によって対応。
※3 是々非々で。
Aない →1

   
(i)貴団体では、今後、必ずしもダイバーや自然現象が原因でない場合の事故情報を積極的に公開していく用意はありますか?

@ある →3
Aない →2
理由
※1 公開すべき理由はない。


(j)貴団体で考える安全対策、事故の防止、講習とダイバーの技術水準の向上、インストラクター・ガイドの技術的・人格的「質」の向上について自由に記して下さい。

※1 啓蒙活動を行う。(年3回インフォメーション誌を発行して)
※2 トレーニングを欠かさない。
※3 技術・人格も全て経験である。
※4 団体としての安全対策および事故防止の最重要点はカリキュラムの充実と厳正なるITC(インストラクター・トレーニングコース)にあると考える。
※5 障害者へのダイビングの普及活動によって共に学んでいく。

 このアンケートの回答をふまえて、PADIという世界最大の商業ダイビング組織(会社)が自社の配下のダイビングショッブやインストラクター向けに出版した、一般の書籍ルートに流通していない本、「The Law and the Daiving Professional」から「内向き」の意識を見てみましょう。
 この本は、PADIが組織内部の構成団体・員に対して、事故が発生した時、どのような場合ならその責任を回避でき、あるいはダメなのか、そして、責任の回避が困難な時はどうすればその責任の割合を低下させ得るか、について詳しく書いてあるものです。原文はアメリカのものですが、日本版の翻訳は、日本の弁護士の方がしています。
 まず、ダイビング中の義務と法的関係の項で、インストラクターには「注意義務」があるとしています、そしてその注意義務を守らなかった場合には「重大な法的結果が引き起こされるかも知れない」と注意を喚起しています。そして、「免責証書(同意書のこと)はインストラクターの法的地位を良くするよう意図されているが、インストラクターは、免責証書が自己の注意義務を縮小したり、責任を回避したりするものと思ってはならない」としています。これはまさしく「内向き」の注意ですが、この本には「外向き」用に次の文が入っています、「インストラクターは免責の法的影響及び緒果を決して説明しようとしてはならない
 相手に「知らせない」ことによって何を得ようとしているかは、免責同意書の文面を素直に読めばそこにはっきりと表現されています。
 では、PADI型ではなぜそこまで「責任回避」にこだわるか、というとそれはPADIのインストラクターの資格が「金で買える」と言っている人さえいる(PADIのインストラクター自身が匿名を条件に指摘している)ことに起因していると思います。つまり、

  1. インストラクター試験を受けるほとんど全てが、人名を預かるインストラクターに簡単になれてしまう事実。
  2. ダイビング講習生やファンダイバーが事故にあった際に、例えば海辺から浜にタンクや重りなどの器材を身につけたダイバーを引きずり上げるだけの体力が、どう見てもないような小柄な女性(女性であることを言っているのではない)でも簡単にとれてしまう事実。

 ダイビングで長年商売をして、数多くの事故を見聞きしている彼らがこの危険性を知らないはずはないので、この高すぎる、自ら生み出すリスクの責任の転嫁を目的として、リスクマネジメントを一方的な免責を目的とした同意書にのみ依存しているのだと思います。
 さて、私が行った、ダイビング指導団体へのアンケートによると、各団体は「免責同意書」をダイバーに強制的に記入させる時、本音のところでは、その内容が法的に効果のあるものではないことを承知しています。それは、ダイビングが巷で彼らが宣伝しているような完全に安全なものではなく、実際には死亡事故が多発しているのを知っている事から来ていることによりますが、しかし、そこから生じる責任問題にいちいち誠実に対応していたら組織の保存と利益の確保に重大な支障をきたすという認識が染み付いているため、「一方的な免責のみを承認する書類としての免責同意書」の強制的な記入、という「伝統的」な責任回避の手法にすがっているものと思われます。
 現在はリスクマネジメントとしての手法は保険をはじめとして他にもあると思いますが、業界側は「自己責任に於いてダイビングを行う」という「常識」を拡大解釈することによって「自己の責任」をも相手側に押しつけるという単一的な手法から抜け出せないでいるのです。そのために事故の正確な情報を公開できないでいるとも思われます。
 これは実際にダイビング業界で働いているプロのインストラクター達の中の良心的な人々も大きく問題視している事項で、彼らに言わせると、「一部の、昔からダイビングをやっている少数の人たちがこの業界を支配している構造があるためにその古い体質から抜け出せないのだ」だそうです。なお、この、プロのダイバー達からの見解は、太田出版から出版した私の「誰も教えてくれなかったダイビング安全マニュァル」という本に対する感想の手紙や、バソコン通信のダイビングフォーラムを通じて知り合った方々との通信・面談による取材の内容とも合致します。出版された本の内容は、論文ではなく、一般の実用書として、私の実際の体験や海上保安庁によるダイビング事故の統計的数宇などが紹介されていますので、ご興昧のある方はそちらをご参照下さい。

(4)その運用上の実態(ここでは、一般的傾向について記しています。全ての指導団体がこうだと言っているわけではありません)

  @対外的理論付け

wpe1B.jpg (17031 バイト)

→この現実とのズレがかえって事故を誘因する原因となっていないだろうか?

  A「免責同意書」が実際の運用上で目指しているもの

wpe1C.jpg (20917 バイト)

(5)今後の方向性への提言

 以上の結果から、ダイビング業界で使用している免責同意書が、今後目指すべき内容として以下のものを提言したいと思います。
 @業者側に対する、理由のいかんを問わない免責の条項(文)を削除する。
 Aそれに代わって、免責されるののとされないものを区別して明記する。
 Bその他の事項についても、留保事項を設けて、起こった事故について、その責任の所在について協議できるようにする。
 C損害賠償については、保険の積極的救済が受けられるようにしたり、業界内での共済会などの組織を作って被害者を救済出来る体制を構築する。


(平成10年秋掲載)


home.gif (2588 バイト)