本当に泳げない人でも大丈夫か?


※以下は、あくまでも個人的意見です。


 ダイビングショップの広告宣伝やダイビング雑誌などで、ダイビングは泳げなくても大丈夫、としているところがあります。
 これについての業界の本音については、拙著「新版 誰も教えてくれなかったダイビング安全マニュアル」(太田出版)に紹介していますので、参考にして下さい。
 
 ダイビングの指導団体のテキストには、団体のテキストによって距離は異なりますが、それぞれ泳げることを講習合格の条件に含めてますね。したがって、泳げなくても大丈夫としているショップでは、その講習の内容いかんによっては債務不履行の疑いが強くなると思いますし、そのようなところで講習を受けた者に対して、指導団体という民間会社が、講習において、自ら定めた泳力の条件に合致しないのにかからず、その講習生から申請料を受け取って「認定」していたら、ここにも、債務不履行の疑いがあるのではないでしょうか。
 ダイバーの技量が低いと嘆いたり、あるいは書籍などの覆面座談会などで、こういったダイバーを非難している業界関係者がいるようですが、何故彼らは、ダイビングとは「泳げなくてもできる」として集客して、講習中に必要な泳力をつけさせるのならともかく、その水泳の訓練をしないままに「合格」として「認定」している業者の存在を黙認しているのでしょうか。業者の「自己責任」はどこにいってしまったのでしょうか。
 ダイビングに関する本でよく見かけますが、Q&A形式で、「ダイビングは泳げなくてもできますか」という質問を出して、「ハイたいじょうぶです。専用の器材がありますから、泳げなくてもできます。溺れる心配もありません」などとしているのも見かけます。
 本当でしょうか?
 
 例えば、月刊ダイバー誌の2002年9月号の151ページでは、「高圧ホース回収のお願い」として、あるメーカーが、不具合品によってホースの破れの恐れがあるとして、その回収と交換を行う告知を出しています。(基本的にレギュレーターに関する問題)
 そして、このタンク側のホース口金部分からの急激なエア漏れや、ホース外面のゴムの膨れや破れの可能性を示しています。
 またここでは、「潜水中にエア漏れや外面ゴムの破れが起こった場合でも、実際のエア漏出はわずかで、十分安全に浮上できますので、落ち着いて行動してください」と書いてあります。この文章は、エア漏れによる不安からのパニックを予想して、それを防止するための呼びかけと思いますが、このような状況が、泳げない人に起こったらどうなるでしょうか?少なくともパニックの確率は泳げる人よりずっと高いと思います。そして水中でのパニックは、死の危険を否定できません。
 さらにこのメーカーは、これ以外のホースでも、経年劣化によるエア漏れの可能性の告知もしています。
 以上のように、ここでは、メーカーは誠実に危険の事実を告げて、その注意を促し、また対策を講じています。これはPL法の効果とも思いますが、製造業者の社会的責任を果たそうという努力が感じられます。
 また、あるメーカーは、レギュレーターの不良を指摘して、その部品を交換するようお願いをするページをネット上に公開しています。(http://www.apsystems.co.jp/news/recall.html)
 ここではレギュレーターの問題箇所を明示して、セカンドステージの当該箇所が破損する可能性を示し、その場合、最悪、流量調整ができずにフリーフロー状態になることを示しています。そして部品交換をするまでは、当該商品を使用しないように告知しています。
 この状況も、もし泳げない人に起こったら致死的な要因となる確率が高いものと思います。
 この業者も、製品の欠陥と、そこから起き得る危険を告知して、その対策を講ずることで、PL法の主旨に沿った対策を行っていると思います。
 
 上記の2社の製品は、いずれも水中での命綱となる空気に関するもので、非常に重要な問題です。そしてこれがさらに重要なのは、ダイビングが、器材に頼って水中で生命を維持して行うものだからです。当然ながら、泳げない人もこれに頼っているわけです。
 ここで考えられる危険の問題は、もし、水中や海面で、機材に故障があった場合、泳げない人はどのような危機に立ち向かうことになるのか、ということです。泳げなくても安全、あるいは平気、ということでダイビングを行って、このような予定外の状況になって、もし、最悪の結果となってしまったら(そのような例はあります)、やはり、「海では自己責任」と言われてしまうのでしょうか?そしてそれを社会は受け入れなくてはならないのでしょうか?
 ダイビング機材関係の業者には、その製品の欠陥によって起きた事故には、PL法によって責任が問われるけれども、ダイビングの役務商品(サービス商品としてのファンダイビングや講習、体験ダイビング)を販売した業者が、その商品の欠陥や誇大広告によって重大事故が起きた場合に責任を問われないというのは、法の下の平等に反すると言えないでしょうか? そして現在、ダイビングの事業に関する適切な法による規制がないことは、ダイビングの事故のときに、業者に一方的な免責を保証しているとでも言うのでしょうか?
 私は個人的に、これはとても不自然なように感じます。
 本来、海の男や女は、PL法のような、法による規制がなくても、致死性の高いレジャー商品を販売する以上、いざというときの責任を負うだけの、責任感と覚悟を持った、尊敬すべきプロであるべきなのではないでしょうか? 少なくとも私は、そうあって欲しいと思っています。
 したがって、ダイビングは器材があるから、泳げなくても安全、あるいは平気でできる、という宣伝文句は、器材の故障や不良品の可能性が一切あるはずがないという、非現実的な前提に立っているのではないかと思わせます。
 
 ダイバーが十分に泳げれば(バディシステムがきちんと機能していることが前提です)、器材トラブルが致死的な事故になる可能性はずいぶんと減るのではと思います。
 私は、ダイバー自身の安全のために、また、インストラクターやガイドのリスクマネジメントのために、「泳げなくてはいけない」と、何故言えないのかわかりません。
 確かに、最近の優秀な器材があれば、事実として多くの場合は、泳げなくてもダイビングができているようです。しかしこのような器材のトラブルが皆無ではなく、そして起きてしまったら人命にかかわるものである以上、「泳げなくてもできる」とか、泳げないままに「合格」や「認定」するというのは、商売として、いかがなものかと思うのは、私だけでしょうか?

 このような状況を踏まえて、講習生や一般ダイバーが自己防衛をするためには、泳げなくても大丈夫というショップや、またそのような情報を流す媒体、そして実際に、講習の条件に泳力が必要としながら、泳げなくても大丈夫という宣伝で客を集めて、講習に合格させているショップから認定申請されたものを拒否していない指導団体には、警戒を怠らない必要性があると思います。

 多くのダイバーやプロの方々にも、「泳げないことのリスク」を考えていただければと思って、このテーマについて論じてみました。


平成14年8月28日

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