沖縄県の琉球新報に掲載された意見について


 以下で紹介するものはあくまでも個人の感想や意見に過ぎません。また調査についても個人でできるレベルにすぎません。至らない点についてご指導などをいただければ幸いです。


 今年はダイビングの事故が多くなってきています。これは重要なことです。
 ダイビングの事故(危険な作業ダイビングや軍事ダイビングを除く)が、この十数年で数百人も死亡していて、その何倍もの遺族の悲しみを背景とした事態(重度障害者となった事故者やその家族なども含む)が現実にいるのにもかかわらず、その実態を隠さないと成り立たないと思われる現在のダイビングのビジネスシステムは、ダイバーの生命身体の安全にとって有効ではない可能性が危機的に高まっていることを想像させます。
 この危機感を多くの人々が共有しない限り、今日もどこかで誰かが悲惨な事態になっていくのではないでしょうか。
 私は自分が初心者の時に事故にあって、その責任を事故当時はインストラクターやショップのオーナーが認めていながら、その後、その業者がその責任を無視し、事故の苦痛と入院費用やその他も含めた事故の事実を無視され、泣き寝入りさせられた体験があります。当時は、ダイビング事故の事実の抹殺には、ダイビングのビジネスシステムが極めて有効に働いていました。
 当時私はこのようなビジネスシステムが存在していることと、そのビジネスシステムの本質が社会に知られていないことに、ある意味、恐怖すら覚えたものです。そのため事故防止につながるようにとの願いからダイビング事故の問題を研究してきました。私はまだ本質的には変わっていないと思っています。

 しかし以上は私の個人的感想にすぎませんので、皆さんには違った意見がある方もたくさんおられると思います。ただ、どのような立場の方であっても、ダイビングという楽しいことの背景には、簡単に人が死ぬという事実があることだけば忘れないで欲しいと思います。

 楽しく素晴らしいダイビングが、安全という要素を高めてより発展していくためには、問題を直視する勇気が必要だと思います。

 以下は、今年に入って沖縄県でダイビングの事故が多発(スノーケリングの事故も多発している)していることから、沖縄県の地元紙、琉球新報に、平成15年7月25日、26日、28日号に分けて掲載していただいた個人的意見です。今回、琉球新報社の許可を得ましたのでここに掲載します。ただし今年の事故の増加を踏まえて、今回、大幅に加筆訂正を行なっています。


『ダイビングの楽しみとリスクの問題』

 スクーバ(スキューバ)ダイビングは私たちに素晴らしい感動を与えてくれます。またダイビングは安全で泳げなくてもできるという宣伝もされています。しかし見逃されがちですがそこには確かなリスクが存在し、それは最も不幸な場合、ダイバーの「死」という形であらわれます。

1.ダイビングの事故の実態
 記録に残っているだけで、日本国内で1989年から2002年までの14年間で728人のダイバーが事故に遭い、うち336人が死亡・行方不明となっています。今年流行して世界的に騒がれた新型肺炎SARSの致死率が10%程度だったということから考えれば、この数字の意味が軽くないことが分かります。
 ダイビングで遭遇するかもしれないリスクとは、毒があったり噛みつくという水中生物の正当防衛の他に、ビーチでのエントリーやエキジットの時に波に倒されての骨折や溺水、水面での溺水、浮上ミスなどによる肺の破裂、高圧環境にさらされることによる心筋梗塞や脳梗塞などの誘発、水中での突然の意識喪失、魚網に絡んでの溺水、潜水器材の故障、波消しポットにはさまれて溺水、空気欠乏、スクリューによる四肢の切断、急激な潮の変化による水中への引き込み、窒素酔い、さまざまな原因によって起る減圧症、そして漂流などがあります。
 沖縄県ではこの半年だけで5人が死亡しました(スクーバ・ダイビングに限る8月上旬まで)。もし県内で行われた野球やサッカーなどで、半年あまりで5人も死亡していたら、それはまちがいなく大きな社会問題となることでしょう。
 では海を軽視しない文化のある沖縄県や、日本の一般社会がこの事実を重く捉えないのは何故でしょうか。私は、ダイビングがある意味無条件に安全だという誤った固定観念が作られ、ダイビング業界がそれを前提として作ったビジネスシステムに頼っているからではないかとも思っています。
 だからこそ水中世界の感動を得たいと考えている消費者側には、今、自らの積極的なリスクマネジメントが求められているのです。それはダイビング業者の質をしっかり見るということです。

2.ダイビングビジネス
 ダイビングは現在レジャー商品化され、雇用も生み出しています。
 商業ダイビングの世界では、ダイビングプログラムを販売したり、Cカード(認定証)と呼ばれている民間資格を販売して利益を上げることを目的とした事業会社が、自らを「指導団体」と称してビジネスを行っています。
 彼らはダイビングの普及のため、その環境整備の努力を行なってきました。もちろんそれは彼らが自らの事業の発展のために行ったものですが、結果的にダイバーたちにも大きな利益をもたらしました。この彼らの労苦と貢献は忘れてはならないものです。

 講習を終えると、その証明を「指導団体」に「申請」するという理由で、数千円から1万円程度の「申請料」が半ば強制的に徴収されます。これを拒否すると講習を修了した事実の証明が拒否されます。そしてその証明がないと、各地でダイビングが非常にしにくくなるという不利益を被ります。
 Cカード(認定証)とは当然ながら公的免許の類ではありません。それは「指導団体」の名で発行される、彼らの作った任意の「基準」の講習を正しく修了したと「指導団体」が認定した証です。
 しかし報酬(「申請料」)を受け取って認定する側には、私の知る限りにおいて、人命にかかわる技能全般の習得を確認する作業を行わずにCカードを発行しているという問題があります。「申請料」には、原価数百円と思われるCカード発行費用の他に、認定作業も債務として含められていると考えることは不自然でしょうか。
 ダイビングのビジネスを日本にもたらしたアメリカでは、一般の講習時の事故の裁判で、「指導団体」にインストラクターと連帯責任があるという判断がされています。したがって、日本でも今後、講習時の事故や、講習生が技術的に未熟のままで認定されたことによって何らかの損害(事故など)が発生した場合には、「指導団体」には法的責任が問われるかもしれません。そして同じく"インストラクター"資格も認定責任を問われることになる可能性が完全には否定できないと思います。

3.インストラクターの技量
 "インストラクター"の資格はもちろん楽に取れるものではありません。しかし合格率は100%近いそうです。この資格が、真に講習生が命を預けるに足るだけの体力、知力を持つ人でなければ合格できないものだとしたら、100%近い人たちが合格するという数字に違和感を感じる人もいるのではないでしょうか。
 現在の状況は、野球で言えば多数の草野球のエースと少数のプロのエースが、同じ「エース」と書いたカードを持って混在しているという状況に近いと思います。したがって講習生や一般ダイバーは、インストラクターをその個人の能力で判断する努力をするべきです。それこそが自分の身を守るリスクマネジメントとなるのです。またやっと出会うことができた素晴らしいインストラクターたちを応援することも忘れてはなりません。
 個人差はあると思いますが、インストラクターが、講習生や50本以下程度の経験しかない初級者に対するガイドを行なうときに、ある程度の安全レベルが確保できる能力があると思われる経験値は、その目安として、プロとしての経験が最低2000本程度だと思います。これは週4日ダイビングを行って5年程度の経験のレベルです。人命を預かる職業にこの程度の経験を求めることは不自然ではないでしょう。

 一人前と言えるインストラクターの経験値とはどの程度でしょうか。
 私はかつてある有名なインストラクターから、「5000本になって、やっと自分も一人前になれた」と聞いたことがあります。私もこれに賛成です。
 インストラクターの技量の差によるリスクは、極端に言えば、それは紙一重の差にすぎないかもしれません。しかしあなたやあなたの家族が紙一重の差で死亡したとしたら悔やみきれますか。

4.免責同意書問題
 講習やファンダイビングのときに、業者が客に署名を求める免責同意書などの文書は消費者契約法に違反する疑いがあります。もとより免責同意書は、重大事故が発生したときには公序良俗に反するものだとして裁判でも無効となっています。したがって免責同意書などにリスク管理を依存する業者には、消費者側の立場から見れば、そこにこそリスクがあると言えるのかもしれません。

5.人数費の問題
 講習生や初級ダイバーの安全をより確かにするためには、インストラクターやガイドと客の人数比は1対1というのが理想です。1人前のインストラクターで、海況が良ければせいぜい2人までというのが限度でしょう。夏場の海辺で毎日水難事故者の救助訓練に明け暮れているライフガードでさえ、1人が一度に救助できる人数を1人としている事実を忘れてはなりません。

6.沖縄県の水上安全条例の問題点
 最高裁は、インストラクターは「常時」講習生を監視し続けなくてはならない安全配慮義務があるという判断を行っています。したがってインストラクターが一度に3人も4人も担当してこの義務が果たすにはかなりの無理があります。
 同じく最高裁では、プロとプロレベルの客のダイバー複数が死亡した事件では、ガイドを請け負って潜水計画を立案した業者がたとえそのパーティに直接に参加していないときに発生した事故でも、業務上の安全配慮義務があるという判断がなされています。
 これらを見れば、現在の沖縄県の水上安全条例における人数比に関する規定は、最高裁の判断と相容れない可能性が高いのではないでしょうか。これは大きな問題です。
 したがってこの条例を早期に改正しなかった場合、事故被害者やその遺族が県に対して行政訴訟を行う可能性も否定できなくなります。
 行政もマスコミも、事故防止のための十分な安全配慮こそが、ダイビング業者にとっても最高のビジネスのリスクマネジメントとなることを知ってもらえるようにするべきではないでしょうか。そしてそれは結果的に消費者に安全という利益をもたらすことになり、また沖縄県の観光産業の質を、今以上に上げることになるでしょう。

7.ダイバーたちの側のリスクマネジメント
 現在、教わる相手を選ぶ努力を惜しんで、とにかく簡単で楽しく、ただ安いだけの講習を求めるという傾向が見られます。それでいざというときに自分の命にかかわるリスクを回避ないしは軽減できる技量が身につくと考えるのは安易です。こんな講習によって技量不足のまま"認定"されたダイバーには、一人前のインストラクターに適切な費用を支払って再度不足分を習うことをお勧めします。
 また若者は自らの精神的脆弱性を、年配者は自らの肉体的脆弱性を決して忘れず、調子に乗って無理なダイビングをしないという勇気(リスクマネジメント)を持ちましょう。


平成15年8月24日
 
 このページの内容の無断転載をお断りします。
 このページへの直接のリンクを貼ることはご遠慮ください。
 当ホームページへのリンクに関してはトップページの注意事項をお読みください。


 home.gif (2588 バイト)