ダイビング事故関連裁判について


※本ページの内容・その他については、あくまでも個人的な研究や見解に過ぎません。当然ながら何ら公的な意味はありません。


 ダイビング事故についての裁判の情報は極めて限られています。そのような状況で裁判が行われると、それは事故被害者の講習生や一般ダイバー、あるいは真摯にダイビング事業を行っている業者の方など、それぞれにとって不幸な判決が出る可能性があります。

 ここでは、実際にどのような裁判例があるかについて、その概略を紹介してみます。

 このうちの多くは、拙著「ダイビングの事故・法的責任と問題」(杏林書院)に、詳しく、またその内容を検討しながら掲載されています(この本は、判例タイムスにダイビングの事故について論文を書いた大阪の判事補の方も、参考図書として紹介しています)。
 よって、さらに詳しく知りたい方は、そちらをご覧下さい。
 また、年内に出版予定の専門書では、多くの事故例の紹介と、いくつかの事故の検証を行っています。また前掲書の出版以後の判決例について、詳しくその分析を行っています。加えて、本年12月に出版される、日本スポーツ法学会年報第9号にも、これらに関しての論文が掲載されますので、そちらを見ていただいてもお役に立てるのではと思います。

 なお、ここで紹介している判決例の事件番号は、本ホームページの性質上、掲示致しません。
 
 ダイビングの事業者の方々が、これらの判決例から、充実した安全対策こそが、最高のリスクマネジメントになるのだということを知っていただければ幸いです。


刑事・民事裁判例


※○の印は、「ダイビングの事故・法的責任と問題」(杏林書院)に詳しく載っているものを示し、◇の印は、今秋出版予定の本に掲載される予定です。


A.刑事

@アドバンスコース講習時における講習生死亡事件 ○
概要:この判決において初めて、ダイビングの指導者に求められる注意義務として、その客の動静を「注視」することが義務であるという概念が示された。またアシスタントには責任能力はなく、インストラクターに全体の責任があるとされた。

Aサバチ洞窟事件 ○
概要:客がたとえプロレベルのダイバーであっても、ダイビングを行う場所が不慣れなダイバーを案内する場合には、ガイドには安全にダイビングが終了できるような潜水計画と準備が必要とされた。

Bカスミ根事件 ○
概要:ダイビング業者には、専門家としての高い注意義務があるとされた。

Cアドバンスコース講習生死亡事件 ◇
概要:インストラクターが講習生を見失ったことが過失を構成するされた。

コメント

 現在、ダイビングの刑事事件の判決について、社会的に知られることはほとんどない。ここでも@以外は、現時点で判例集にも載っていない。しかしそれぞれは大事な事例であり、実際にダイビングの事件を審理するときには、こういった判決例も参考とされているらしい。
 Aの@からCの判断は、業者の注意義務について一貫した見方をしている。
 なお、Cの判決と前後して、別の地方で起こった同様の事故について行われていた裁判で出された判決では、その量刑がCと同じであった。


B.民事

@ダイバー漂流事故 ○
概要:インストラクターが講習生を見失い、その結果講習生が漂流したことによる「死の恐怖」が損害として認められた。

Aダイビングツアー中ボンベ(タンク)爆発事故 ○
概要:使用者責任なども問われた。

Bダイビングツアー参加者が海洋に転落して溺死した事故 ○
概要:女性が死亡する直前に主催者が出した指示と、安全のための事前の準備がなされていなかったことが過失とされた。

C越前沖沈船ダイビング事故 ○◇
概要:業者が書かせた免責同意書は「公序良俗に反し、無効である」とされた。さらに業者の注意義務について、「参加者との間の契約上の債務であると同時に、一定の危険を伴うダイビングツアーを営業として行い、これにより利益を得ている者として負うべき不法行為上の注意義務でもある」とされた。

D水面移動中溺水障害事故 ◇
概要:最高裁決定の「注視」義務の基準に、初めて時間的数値に言及した判断を示した。

E講習生肺破裂死亡事故 ◇
概要:講習中に講習生が死亡した事故。事故当時のショップ側の安全配慮義務履行を十分として免責した。しかしこの判決は、極めて大きな問題がある判決であった。

Fファンダイビング中の初級ダイバー死亡事故 ◇
概要:業者側に責任が認められないとして免責された。この判決は、前述のEと同じか、あるいはもっと根源的な問題を含んでいる裁判であった。

コメント

 Dの判断は、判決文を読むと、ダイビングの安全にかわる問題を良く勉強して審理した経過が見られたことで、十分な審理によって出された適切な判断であったと思われる。しかし、EとFには、Dと正反対の問題があった。それは人命にかかわる民間の指導団体が任意に作った「基準」が、人命の安全確保にとって適切なのかどうかの詳細な検証は行われないままに採用されたことである。
 これらの判決文を読むと、裁判関係者が、水中では一瞬の判断ミスなどによって、簡単に人命が失われている実態を知らないままに、そして知る努力もなしに審理を進めたのではないかという疑いが禁じえないのである。
 
 これらの判決では、2つの問題が提示された。
 一つ目は、この判決に至るパターンの恐ろしさとして、もし事故の際にインストラクターに過失がなかった場合、担当した弁護士や、それを審理する裁判官に問題の核心を捉える努力がなかったり、あるいは気づかなかった場合には、本来あるべき判断と正反対の判断が出される可能性を示したことである。
 これは、指導団体の商売上の基準の問題点を知って、より安全な対策を打っているような善良な業者(安全管理にコストをかけていれば、おのずと"やり手"の弁護士に依頼できるほどの資力がない可能性も高くなる)に不利な審理パターンが生まれたことを示している。
 こういった判決は、優良業者が業界で占めるべき場所を、さらに狭めるものになる可能性が高い。
 2つ目は、このように、裁判に指導団体の基準(人命を左右する極めて重要なもの)が採用された結果、今後の事故の際に、このような「基準」を作った責任者としての指導団体に、科学的かつ合理的な(収益性ではなく)説明と証拠の提示を求める根拠を生じせしめただけでなく、「基準」作成責任者としての指導団体に、法的な責任を追求する訴訟の可能性を開いたことが考えられる。
 遺族などの弁護士としても、零細中小企業が多いダイビング業者に対してよりも、支払能力のある指導団体に対して訴訟を起こした方が得策であると考えるのは自然である。実際にダイビングビジネスを日本に持ち込んだ、アメリカ系のダイビング会社は、アメリカの判例(アメリカは判例法であるため、このような事例の影響力は強い)において、指導団体に、事故の際の連帯責任を認めている事例を知っているはずであるので(「ダイビングの事故・法的責任と問題」に簡単に紹介してある。また今秋出版の専門書では、より詳しく紹介している)、今後のこの2つの判決例に対する対応が興味深い。
 なお、免責同意書(およびそれに類した書類)には、最初から指導団体名が印刷されているが、これも事故の際の法的責任を知っているからと考えることができるのではないだろうか。

 保険について考えてみる。
 もし大きな事故が起きて、保険会社が何人ものダイバーやその遺族に、莫大な額の保険金を支払ったときのことを考えてみる。この場合、指導団体の定めた「基準」によって司法判断が下されるならば、それだけ大事な「基準」に間違いや、あるいは安全を保障する根拠を科学的に証明できないとしたら、保険会社は、それを過失として、指導団体に損害賠償を請求するようになるかもしれない。これは、理論的には可能ではないだろうか。
 指導団体の私的な「基準」、特に人数比や、人命を預かる人々の資格販売行為が、これからも裁判での判断基準となるのなら、説明責任を果たさない(果たす指導団体もあろうが)指導団体には、それ自体が大きな事業リスクとなってくる可能性が否定できないのである。

 EとFの司法判断によって、かえって指導団体の将来にとって、無視できない問題が提示されたのではないだろうか。

 

余談

 先日、ある自治体の行政関係者(自分もダイビングを行う人)と、個人的に話をさせていただく機会がありました。その時、あくまでも個人のレベルですが、10年程度で数百人が死亡しているダイビングの事故の実態や、指導団体の商売上の基準の問題について、深く憂慮していました。
 また、このままビジネススタイルに劇的な変化がない場合、いつかマスコミが単なる好奇心によって事故を煽り立てる可能性があることと、その時に、これまでがんばって安全に尽くし、素晴らしい水中世界への扉を開いていた優良業者が、まっさきにその被害を受けるのではないか、という私の危惧に、基本的に同意してくれました。
 どうしたら、優良業者の繁栄がかなうのか、難しい問題です。


 次回は、ショップやインストラクターが、講習生や一般ダイバーに書かせている免責同意書やその類の書類が、ショップやインストラクターにとっては、事故が起きて賠償責任を負ったときに、かえって不利な文書になるのでは、という可能性について考察してみる予定です。


平成14年8月5日 

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