消費者契約法と免責同意書


 2000年春、消費者契約法という法律が成立しました。これは2001年4月1日から施行されます。
 皆さんも私の書いた本や論文「ダイビングの事故と問題」などでご存知のことと思いますが、あらためて簡単にまとめます。一般ダイバーや講習生にとっては重要なことなので、よく考えてください。
 なお、以下は私見です。

 現在、免責同意書のことを、多くの指導団体では契約書として規定しています。
 消費者契約法は、そのような契約行為に対して、特に勉強していない「普通の消費者」と事業者(個人のインストラクターであっても)の間で交わされる契約において、消費者側が不当に不利な立場に置かれないように、また置かれた時の契約の取消権や、業者の債務不履行や不法行為に基づく損害賠償責任を免責する行為は無効にするために制定されました。これは直接に消費者を保護する法律です。
 私の論文「ダイビングの事故と問題」にも詳しく書いていますが、これまでイギリス・フランス・ドイツ・イタリア・アメリカ・韓国では消費者を無責任な事業者から保護するための法律があり、ヨーロッパ連合そのものでも、EU指令として消費者を保護するために行動しています。しかしこれまで、日本にだけなかったのです。それでも、非常に残念ながら今回の法律の制定仮定で、重要な部分が抜け穴として骨抜けにされてはいますが、それでも、ついに日本人の消費者を保護する法律ができたのです。これは2001年4月1日から施行されます。
 分かりやすく書きますと、一般的に、ダイビングの講習やファンダイビングにおいて「いちおう書いてください」とか「儀式みたいなものですから」とか言って書かせている「免責同意書」の内容が、これまでのように、民法上、公序良俗に反したものとして無効になる、というだけでなく、今後は明確に違法となることになります。つまり、「事故が起きてもインストラクター・ショップ・指導団体は全て免責にする」とか「インストラクター・ショップ・指導団体に対して訴訟することは認めない」とか、「事故などで講習生やダイバーが死亡しても代理人を認めない」(代理人とは基本的に弁護士)というような内容のことです。
 これは、例えば、極論すれば、インストラクター・ショップ・指導団体が共謀して、講習生やダイバーに対してダイビング中に水中で殺人を行なっても、その責任は殺された側にあるので、自分達は一切責任は取らない、ということで、このこれまでの免責同意書の内容(私個人には、この文書をまともに読むとそう思えます)が、やっと法律で禁止されるということです。
 つまり、インストラクターやガイドが水中で注意義務(安全配慮義務)を怠って事故が起きた時には、ちゃんと業者にその責任を取ってもらうよ、ということが、法律の目的の一つです。また「ダイビングは自己責任」だからという言葉で事業者責任を逃げようとすることはいけないよ、という意味もあります。
 そのほかにも、「ダイビングで事故なんて起きませんよ」などどいうような言葉で契約(講習やファンダイビングの勧誘)したら、後から誰かに、「本当は事故も起きてるよ」、と聞いて、そのようないいかげんな勧誘をしたショップやフリーのインストラクターに申し込みの取り消しをしたいとき、来年の4月1日からは、消費者にその取り消しをできる権利が認められることになります。つまり来年の4月1日からは、「ダイビングで事故なんて起きませんよ」などど言う業者は、これまでのように大手を振って営業することはできなくなり、それでもそのような勧誘を行なう業者は地下にもぐって事業を行なわねばなくなるでしょう。

 皆さん、ここからが重要です。
 消費者契約法ができた背景は、これまでさまざまな業界の業者が、このような、「責任を被害者に押し付けて逃げる」ような行為を行って、これまで消費者に大きな損害を与えつづけてきたからです。ダイビングにおける免責同意書の内容はそのもっとも典型的なものでありました。
 ここで注目すべきは、来年以降、指導団体やショップ・インストラクターが、現在用いている免責同意書の内容を変更するかどうかです。これは、これまでの免責同意書が、このまま使ていくと違法文書なることから逃げ切れない、と、やっとあきらめたからであり、つまり、ついに免責同意書に込められたダイビングの事業形態の根幹にある、「責任を被害者に押し付けて逃げる」ような事業スタイルがこれ以上行なえない、ということを自ら認めることになるからです。
 しかしながら、もし、彼らが免責同意書の内容を変えないとしたら、それはあえて法律違反をしながら事業をつづけていくという強い意思表示になります。この業者の意思表示は、人命にかかわる事業に対しての意思表示になります。つまり、「講習生や一般ダイバーの命を、強い意志をもって軽視していく」、ということです。
 どちらにしても、免責同意書の内容が人命にかかわる事柄でありながら、敢えてこれまで自主的な改革をしてこなかったダイビング業界(一部の優良業者は除きます)が、法律の制定を受けてどのように対応するのか、私は大いに興味があります。
 皆さんも、彼らの動向と発言に十分注意してください。もしかしたら「我々はこのような免責同意書の改正を以前から考えてきました」とか「この時代の変化に対応するために」とか「法律の意思を生かして消費者の保護のために積極的に対応した」とかいう、奇麗事で自分達のこれまでのやり方を”なかったこと”にして正当化してくるかもしれません。
 「これまで私達はひどいことをやってきました。その責任を痛感し、被害者の方々に謝罪をし、今後このようなことをなくして、責任をきちんと取れるような指導団体や業界を目指します」というような意見をきちんと表明する団体や会社が現れたら、私はその団体に対して深い尊敬を捧げ、希望の光として仰ぎ見ることでしょう。


●何故、私が偉そうにこの文章を書いているかについて
 あらかじめ申し上げますが、この文を書いている私は、別に人格高潔な立派な人物ではありません。くれぐれも勘違いをされないようにお願い致します。そんな者がなぜこのように偉そうに書いているかといえば、ことが人命に関することであり、自分自身がダイビングの事故で死にかけて、その時のダイビング業界(ショップ、インストラクター、日本の指導団体、指導団体のアメリカ本部、指導団体の保険システム、ダイビングマスコミなど)から、力ずくで泣き寝入りさせられた経験があり、同様のことに遭っている人達と、これから遭う人達のことがとても無視できないからです。つまり被害者の肉体的・精神的・経済的苦痛がひとごとではないのです。そして、この免責同意書の内容こそが、私の実体験から、ダイビング業界の事業理念の根幹だと思っているからなのです。
 そのような訳で、この事業理念に対して、特にりっぱな人物ではないこの私でさえ問題にしなくてはならないと考え、偉そうに法律がどうのこうのと言っている訳です。(自分の言葉では説得力がないので、法律という、説得力のあるものの「虎の衣を借りる」ことをしているのです)


平成12年8月30日  

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