「見えましたかー?」 「いやー、ぜんぜんです」 私が隣人と交わした初めての会話。ちょっと不自然な気はしたがお互い微笑みあった。 アパートの窓から夜空を見上げていると隣室の窓からも顔を突き出す人物に気が付いた。 今まで一体どんな人物なのだろうと思いをめぐらすことはあったが会うのはこれが初めてだ。 (悪い人ではなさそうだ) 30年に一度と言われた獅子座大流星群。それを見るためにこんな夜中まで起きていて、流れ星はなかなか見えないが隣人を見ることは出来た。 小柄ながらがっちりとした体躯に日に焼けた肌。闇夜に溶け込んでしまいそうだった。 交わした言葉はたったそれだけだったが私は隣人への想像は広がっていた。 隣人への想像は広がる。 (アウトドア好きのサラリーマン? 外回りの多い営業? 飛び回るサービスエンジニア?) お隣さんはいつも夜の帰りが遅い。宅急便がこの荷物を私に託したのも理由が分かる気がする。きっと何度届けに来ても決まって不在だったのだろう。 「何回来てもお留守なんです。なんとかお願いできませんでしょうか」 「ああ、いいですよ」 気安く引き受けたものの、私にとっても、お隣さんにその荷物を渡すチャンスは無かった。 何しろずっと不在だった。新聞は取っていないようだがダイレクトメールやチラシで郵便受けが溢れ返っている。 一週間になると言うのにお隣あてのこの荷物は私の部屋の中だ。 いや、その表現は正しいようで正確さが足りないかもしれない。 言い直せば、お隣あてのその荷物は、荷を解かれ、私の右手の中にあるのだ。 なぜそんなことをしでかしてしまったのだろう。魔が差したとしか思えない。 その箱は、その中身が一目で分かった。「30倍高級双眼鏡」と書かれ、写真がプリントされた綺麗な箱。 それに今日の獅子座大流星群。この双眼鏡を使えばさぞや流れ星もきれいに見えることだろう。 この双眼鏡も今使われずにいつ使われる、今日私が使ってあげればこの双眼鏡も双眼鏡として生まれた価値が現れる、と言ったもんだ。ちょっと借りるだけ、きちんとしまい直せばバレないだろう。 そんな誘惑に勝てず、私は中身を出した。何という間の悪さだろう。 >この辺に何か穴埋めエピソードでも入れたい(おのくん) それが理由で千載一遇のこのチャンスに私は宅急便の事を切り出せなかったのだ。 私は右手に持っていた双眼鏡をそっと室内に放り投げ、隣人に悟られないようにした。 (荷を解いちまった以上、いま渡す訳にはいかないぞ。どうやって誤魔化そう) ぎこちない隣人との会話の中にそれを探る私だった。 「思ったほど星は流れませんね。私の目が悪いのかなあ」 「いいえ、でも本当に。実はこの日のために双眼鏡を買っておいたのですがあいにくまだ届いていません。これじゃあ、あっても無くてもいっしょですがね...」 (まずい...こうなったらこのまま頂いちまおうか) 「ははは...全くです」 この隣人への荷物はますます渡しずらい状況になってしまった。 (そうだ、いいことを考えた。明日こっそり宅急便で送り直そう) 「いつもお留守のようですが、お仕事忙しいんですか?」 「ええ、貧乏ヒマ無し、と言うんでしょうか。良く出張に飛ばされるもので...」 「この不景気に忙しいのはいいことです」 (...同じ差出人と同じ受取人を書き直してだ。それが気づかれない最良の方法だろう。そして願わくば、配達人が替わっていることと、今度は隣人が出張していないことを祈るばかりだ) 「それにしても、見えませんねー」 「ええー、ぜんぜんですねえ」 「となりの宅急便」完 >「会話」の合間に(心境)を差し込んでいくのはおもしろいと思う。でもストーリー自体がおもしろくないっす(おのくん) |
添削用例: | 前回までの文 |
今回追加分の文 | |
前回から思い切って削除 | |
>おのくんコメント |