名古屋港で初めて採集されたチチュウカイミドリガニ
保田 章*

 


Akira YASUDA :  (Carcinus mediterraneus) collected for the first time from nagoyabay  


はじめに

チチュウカイミドリガニ(Carcinus mediterraneus)は地中海に分布するワタリガニ科のカニで(池田, 1989)、1958年Holthuis&Gottliebにより別種とされるまで近縁種のミドリガニ(Carcinus maenas)と混同されていた(鍋島, 1997)。甲殻の形状が近縁種のミドリガニやイシガニに比べ甲殻がやや狭く、5角形に近い印象を受け、後鰓域の隆起が強いため、前側縁の5歯は反り出た印象を受けるほか、雄の交尾器の形状がミドリガニの交尾器ほど湾曲せず、左右の後尾器の基部から1/3から先がほぼまっすぐ平行(酒井, 1986)に位置する。名古屋港で採集された個体もこの特徴と一致している。

また、ワタリガニ科に属しているが、ガザミやイシガニのように第4歩脚がオール状の遊泳脚になっておらず、他の歩脚とほぼ同型状であることや、甲殻には顆粒が少なく、鋏脚や歩脚は緑褐色で黒い斑点が点在すること、甲殻の後縁は直線的になっていることからも相違の特徴がみられる。

これまでの記録

 チチュウカイミドリガニ(Carcinus mediterraneus)の最初の報告は1984年3月に池田により(池田, 1989)採集された後に酒井によって査定され(酒井, 1986)、最初に報告された。その後、池田が1985年7月に、武田・堀越が1985年12月に多摩川河口での採集(武田, 1993)を報告している。

   
   図 1 .    交 尾 器
   Fig..2..  (Carcinus mediterraneus),copulatory orban.

 
 さらに、1995年に渡邊が東京都港区東京水産大学係船場付近で同種が大発生したことを報告(渡邊,1995)しているほか、1996〜1997年にかけて、鍋島らが大阪湾堺泉北港奧部や堺市出島漁港で9個体が、1996年10月に淀川河口より6km上流で脱皮殻が採集され、さらに1997年5月に漁業者が堺泉北港に入れた刺し網に漁獲された同種を報告している(鍋島, 1997)。

名古屋港での出現

今回名古屋港内でチチュウカイミドリガニが発見されたのは名古屋港内に流入する堀川と中川運河(図1)で、1997年7月より1998年5月まで四季に付着生物調査を行った際、1998年5月18日に中川運河「東海橋」右岸、堀川「国道23号線港新橋」付近右岸で数個体を採集した。中川運河で採集された個体は甲幅18.0〜21.0mm雄2個体、堀川で採集された個体は24.0〜28.0mm雄2個体であった。中川運河での採集地点は水深が1.8mであり、河口部に閘門が設けられているため干満による水位の変動は少ない。底質は岸寄りが砂泥の上に浮泥が堆積して流心部に近づくにつれてヘドロ状の浮泥が堆積し、四季を通じて硫化水素臭が強い。

    
   図 1     チチュウカイミドリガニ採集場所
  Fig.2.  Map showing the locality of collection
 堀川での採集地点の水深については、護岸直下付近において朔望平均干満で水深0.5〜3.0mであり流心部付近6.8mと深くなる。護岸から3〜4m離れた底部で大量のチチュウカイミドリガニの蝟集がみられ、0.25uに10個体程度がみられた。この調査地点では清掃船や燃料運搬船の出入りがあるため、スクリューの攪拌流によって浮泥の堆積が比較的少なく泥混じり砂底であるが、流心部に近づくとヘドロ浮泥が堆積しており、両地点とも夏季には貧酸素水塊が発生し極端に環境は悪化すると思れ、東京湾での大発生の報告場所(渡邊,1995 ;武田,1993)とよく似た環境にあるものと思われる。

 堀川ではイソギンチャク目などの花虫類、ケフサイソガニ、テナガエビ科等の甲殻類、ハゼ科等の魚類もみられた。他に5地点の付着生物調査を行ったが、イッカククモガニ、ケフサイソガニ、イシガニ、イワガニ等のカニ類は目視観察されるが、チチュウカイミドリガニは観察されなかった。
  

生態的特徴

 スキューバを用いた水中観察でのチチュウカイミドリガニの生態的特徴は、ワタリガニ科にみられる遊泳脚を用いた水中を横っ飛びに逃避するような行動はみられないが、外部からの進入に非常に敏速な逃避行動を示した。また、追いつめて手を近づけてもイシガニやガザミのように攻撃的な鋏行動や威嚇姿勢をとらず、逃げ回るだけの比較的温和な行動をとったり、押さえつけると擬死行動をとる個体もみられた。水中での観察では雄が圧倒的に多くみられ、雄よりもひとまわり小型の雌を抱きかかえて移動する雄個体もみられた。

 まとめ

 チチュウカイミドリガニの正確な分布域は不明であるが、ミドリガニを含めた分布域は、原産地の地中海をはじめ、アフリカ西北部、ナバスコシア〜バージニア・パナマ湾などの大西洋西部、紅海、マダガスカル、スリランカ、オーストラリアとされている。

これまで日本に移入してきた外来種としては、ムラサキイガイ、ミドリイガイ、ヨーロッパフジツボ、アメリカフジツボ、イッカククモガニ(風呂田, 1988)など内湾に生息する種が多くみられる。いずれも船舶のバラスト水などに幼生がまぎれ、次第に分布を拡大していったものと思われる。

 チチュウカイミドリガニにおいても湾奧の河口付近や運河の護岸などに生息していることから、環境に対する許容範囲が非常に広いと思われ、本種の東京湾や大阪湾の分布拡大傾向などを考慮にいれると、名古屋港においても湾奧部を中心として、分布が拡大されていくものと予測される。他の港湾などと合わせ名古屋港での今後の動向に注目したい。 


 謝 辞

 最後に、本報作成にあたり文献の収集や有益な助言をいただいた大阪府立水産試験場主任研究員鍋島靖信氏ならびに原稿の校閲をいただいた大阪市立自然史博物館主任学芸員山西良平氏に心から感謝します。

 引用文献

池田 等.1989:東京湾のチチュウカイミドリガニ
奈川県立博物館、神奈川自然誌資料(10),   83-85                                                  

酒井 恒.1986:珍奇なる日本産蟹類の属と種について 
Researches on Crustacea 15, 1-10. 

村岡健作.1969:チチュウカイミドリガニが東京湾で発見されたのはいつか
CANCER 5 29-30.

武田正倫.1993:東京湾に定着したチチュウカイミドリガニ
海洋と生物
15(2),121-124

渡邊精一.1995:外来種のチチュウカイミドリガニが東京湾に大発生
CANCER 4 9-10.

萩原清司.1991:横浜市野島周辺で得られた蟹類2稀種の記録
神奈川県立博物館、神奈川自然誌資料

  (12),45-47
日経夕刊.1995.11.27:外国産ミドリガニとイガイ東京湾に大量繁殖

千葉日報.1995.11.29:東京湾の生態系に異変?チチュウカイミドリガニなど外国産カニとカイが大量繁

風呂田利夫.1988:移入種イッカククモガニの生態(予報)
日本ベントス研究会誌、
3334,79-89

風呂田利夫・古瀬浩志.1988:移入種イッカククモガニの日本沿岸における分布
日本ベントス研究会誌、

  3334,75-78

鍋島靖信・日下部敬之・大美博昭・山下隆司.1997:大阪湾で見つかったチチュウカイミドリガニ
Nature Study 43 (7),75-78