任意後見制度

 任意後見制度とは、新しい制度であり、本人の判断能力が健常な時に、将来の痴呆症状等に備えて、判断能力が低下した場合での任意後見人や支援の範囲等を公正証書により契約を締結し、家庭裁判所による任意後見監督人の選任によってその契約の効力が生じる制度のことである。

1.任意後見制度の特徴
 任意後見制度の特徴は「自己決定権の尊重」であるとともに、委任者本人、代理人及び取引の相手方、いずれに対しても制度に対する信頼性が確保される機能にある。
(1)自己決定権の尊重
 老人性痴呆の発症や危険な手術に備え、自らの意思で信頼のおける親族や専門家を後見人役として支援の範囲(本人の生活、療養監護、財産の管理等の事務・代理権の範囲)を決め、必ず法務省令で定める様式により公正証書を作成し、その契約内容(任意後見契約)を登記することとなっている。
 登記することによって、任意後見監督人の選任も家庭裁判所に請求することができる。
(2)信頼性の確保
 任意後見契約は、任意後見監督人の選任が効力発生の条件となっており、家庭裁判所が任意後見監督人から定期報告を徴することや、必要に応じて同監督人に報告を求めること、あるいは調査を命じることなどのチェックシステムが配慮されている。また、任意後見契約の登記により、取引相手は本人の判断能力の有無を確認することが可能となる。

2.任意後見契約の締結
(1)公正証書の作成
任意後見契約は法務省令で定める様式の公正証書によって作成しなければならない(任意後見3条)。
イ.原則として、本人が直接公証人に任意後見契約を委任しなければならない。
 これにより委任者の判断能力等が確認できる。
ロ.任意後見契約は登記されることから、その前段階として任意後見人の代理権の範囲等を明確にする必要がある。
(2)契約の内容
イ.任意後見監督人の選任を効力発生の条件とする(任意後見2条)。
ロ.絶対的記載事項として、本人が後見を必要とする状況になった場合の具体的な委任事務と代理権の範囲を決める(任意後見2条)。
ハ.代理権の対象となる委任事務の内容
 本人の自由裁量が基本であるが、法務省令の代理権目録(第1号、第2号様式・・・資料編に掲載)を参考として作成する。なお、委任事務は法律行為を対象としており、介護労働のような事実行為は含まれない。
ニ.知的障害者・精神障害者等の「親なき後」(親の老後・死後)の保護のために任意後見契約を活用する場合、親権者が未成年の子に代わって締結することも可能である。
 親が自己を本人とする任意後見契約を締結するとともに個々の事案に応じて次の契約を適宜組み合わせる。
i 遺言執行者と遺産の管理方法を指定する遺言
ii 親の死後の財産管理を受託者に委託する信託
iii 親の死後における子の介護等の事実行為を第三者に委託する準委任契約
 以上により、「親なき後」における子の保護及びそのための財産管理等についてあらかじめ定めておくことが可能となる。
(3)その他の留意点
 任意後見契約は民法上の委任の一種であり、報酬の定めがないと報酬を請求することができない(民648条1項)。支払時期、方法を含め定めておくことが必要と思われる。任意後見人が事務処理に要した実費は本人負担である旨を確認しつつ、その精算方法をあらかじめ定めておくことがトラブル発生の未然防止となる。任意後見人には任意後見監督人の選任や法定後見の申立てができるが、当初の契約に本人に対する積極的な義務として規定しておくこともできる。
 任意後見制度では、法定後見と異なり、重要事項について任意後見監督人や家庭裁判所の同意を必要としないが、任意後見人が行う重要事項には任意後見監督人等の同意を必要とする特約をおくことは、代理権の濫用を自制し、本人あるいは親族の不安を払拭し、取引の相手方にも注意を喚起させるのに有用な方策といえる。

3.任意後見契約の開始−任意後見監督人の選任
 契約締結以後、本人が「事理弁識能力が不十分な状態になった」ときに、家庭裁判所は、申立権者の請求により任意後見監督人を選任し(任意後見4条1項)、任意後見人による任意後見契約が開始される。
(1)任意後見監督人選任の手続き
 本人の住所地を管轄する家庭裁判所(支部を含む)に対して通常は書面にて審判の申立てを行う。「申立ての実情」欄には、申立てが必要になった事情、本人の生活状況を具体的かつ簡潔に記載するとともに、任意後見監督人の候補がいる場合にはその旨を記載する。
 「任意後見契約」、「任意後見受任者」の欄は登記事項証明書の記載に従って記入する。申立てができるのは、本人のほか、配偶者、四親等内の親族又は任意後見受任者で、検察官や市町村長には申立権はない。
 なお、本人以外の申立てにより任意後見監督人を選任する場合には本人の同意が必要となるが、本人の判断能力の低下が著しいために意思を表示することができないときは本人の同意は不要となる。
 添付書類としては次のものが必要となる。
イ.申立人の戸籍謄本
ロ.任意後見契約公正証書の写し・任意後見契約の登記事項証明書 ハ.本人の戸籍謄本・戸籍附票・法定後見の登記事項証明書(又は登記されてないことの証明書)・診断書(成年後見用診断書)
ニ.任意後見監督人の候補者(候補がある場合)の戸籍謄本・住民票・身分証明書・登記事項証明書(又は登記されていないことの証明書)
 また、申立ての際に次の費用がかかる。
イ.申立手数料 ・・・・・・ 1件600円(収入印紙)
ロ.郵便切手 ・・・・・・ 実費
ハ.登記手数料 ・・・・・・ 2,000円(登記印紙)
(2)任意後見監督人選任の基準と留意点
 任意後見監督人の選任にあたっては、成年後見人選任と同様に、本人の心身の状態並びに生活及び財産の状況や監督人となる者の職業、経歴や本人との利害関係の有無など一切の事情が考慮される(任意後見7条4項・民843条4項)。ただし、一.本人が未成年者であるとき、二.すでに「後見」、「保佐」又は「補助」が開始していて、これを継続することが本人の利益のために特に必要であると認めるとき、三.任意後見受任者が成年後見人の欠格事由である破産者、あるいは著しい不行跡、その他任意後見人の任務に適しない事由がある者に該当する場合には、任意後見監督人は選任されない(任意後見4条ただし書)。また、任意後見受任者又は任意後見人の配偶者、直系血族及び兄弟姉妹は、任意後見監督人になることができない(任意後見5条)。
 なお、任意後見監督人の人数には制限がなく、法人も選任可能である(任意後見4条4項、7条4項・民859条の2)。従って任意後見人が親族である場合には一定の専門家を、法人・団体の職員である場合には当該法人・団体を選任するというケースが多くなる傾向と思われる。

4.任意後見人の職務内容(権限と義務)
(1)任意後見人の職務内容  任意後見受任者は、任意後見監督人が選任されることにより、任意後見契約の効力が生じ、任意後見人となる。任意後見人は、任意後見契約で受任した後見事務(以下「事務」という。)を行うことになる。主な事務の内容は、「身上監護」と「財産管理」に大別されるが具体的内容については個々の契約により異なる。
例示:
a. 銀行取引事務 ・・・・・・ 預金の出し入れ、必要資金の借入等
b. 不動産等事務 ・・・・・・ 賃貸契約の締結、賃貸料の集金及び管理等
c. 介護保険事務 ・・・・・・ 介護認定申請、審査請求、介護サービス契約の締結、介護保険費用の支払等
(2)任意後見人の義務
 任意後見人の義務は、次のとおりであり、特約で免除したり、軽減することはできない。
a. 身上監護について
 本人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない義務(任意後見6条)。
b. 財産管理について
 財産管理の専門家として最善の注意をもって職務を行う義務(任意後見7条C・民644条「善良な管理者の注意義務」)。

5.任意後見監督人の役割
(1)任意後見監督人の職務
 任意後見監督人の職務については、次のとおりである(任意後見7条1項)。
イ.任意後見人の事務の監督であり、代理権行使に対するチェック、検証、確認等である。
ロ.任意後見人の事務に関し、家庭裁判所へ定期的な報告を行うことである。具体的な報告の時期・内容は、家庭裁判所が指示することになっている。
ハ.急迫の事情がある場合に、任意後見人の代理権の範囲において必要な処分をすることである。
ニ.任意後見人又はその代表する者と本人との利益が相反する行為について本人を代表することがある。
ホ.任意後見契約が終了した場合(任意後見人の解任以外の事由による終了)、終了の登記を申請しなけれぱならないこと。
(2)任意後見監督人の権限
 任意後見監督人には、上記職務の他に、次の権限が与えられている。
イ.任意後見監督人は、いつでも、任意後見人に対し事務の報告を求め、又は任意後見人の事務若しくは本人の財産状況を自ら調査することができる(任意後見7条2項)。
ロ.任意後見監督人は、任意後見人に不正な行為、著しい不行跡その他その任務に適しない事由があるとき、家庭裁判所に対し、任意後見人の解任を請求することができる(任意後見8条)。

6.家庭裁判所の役割
 家庭裁判所は、任意後見人を直接監督することはない。あくまでも、任意後見監督人から任意後見人の事務について定期的な報告を受けることにより、間接的に任意後見人を監督することになる。また、家庭裁判所は、必要があると認められるときは、任意後見監督人に対し、任意後見人の事務に関する報告を求め、任意後見人の事務若しくは本人の財産状況の調査を命じ、その他任意後見監督人の職務について必要な処分を命ずることができる(任意後見7条3項)。
 上記の報告結果により、任意後見人に不正な行為、著しい不行跡その他その任務に適しない事由があるとき、家庭裁判所は、任意後見監督人、本人、その親族(四親等以内)又は検察官の請求により、任意後見人を解任することができる(任意後見8条)。

7.任意後見の終了
任意後見契約は、以下の事由の発生によって終了する。
(1)解除
イ.任意後見監督人選任前においては、いつでも、公証人の認証を受けた書面によって、任意後見契約を解除できる(任意後見9条1項)。
ロ.任意後見監督人選任後においては、正当な理由がある場合に限り、家庭裁判所の許可を得て、任意後見契約を解除することができる(任意後見9条2項)。
(2)任意後見人の解任
 任意後見人に不正な行為、著しい不行跡その他その任務に適しない事由があるとき、家庭裁判所は、任意後見監督人、本人、その親族(四親等以内)又は検察官の請求により、任意後見人を解任することができる(任意後見8条)。このように任意後見人が解任されると、任意後見契約は自動的に終了する。任意後見制度は委任者が自ら後見人を選ぶ制度のため、家庭裁判所が後任者を選任する仕組みになっていないので、任意後見契約は終了せざるを得ない。
(3)任意後見終了の登記
 任意後見人は、その付与された代理権の範囲で、第三者と契約を結ぶ場合がある。その代理権の消滅を知らずに契約等を行った場合には、第三者が思わぬ損害を被る恐れが生ずる。従って、善意の第三者への対抗要件として、任意後見の終了は登記をしなければならないこととされている(任意後見11条)。
(4)民法上の委任の終了原因
 任意後見契約は委任契約の一種であるため、民法が定める委任の終了原因の発生によっても契約は終了する。その終了原因は以下のとおりである。
イ.委任者の死亡・破産
ロ.受任者の死亡・破産
ハ.受任者が後見開始の審判を受けたとき

8.任意後見人及び任意後見監督人の報酬及び費用
 任意後見契約は、民法の委任契約の一種であり、任意後見人と任意後見監督人の報酬及び費用については、任意後見契約において特約のない限り、民法の委任規定に準ずることとなる。
(1)任意後見人の報酬
 民法上、受任者が報酬を受けるには、その旨の特約が必要であると規定している(民648条1項)。つまり、この規定は受任者の報酬は原則無報酬であるということを意味しており、任意後見契約を締結する際に報酬額を決めておかないと、任意後見人は無報酬で事務を行わなければならないこととなる。
 また、民法上、報酬は特約のない限り後払いであるとされている(民648条2項)。
しかし、特約により月額又は年額を決定し、着手金の定めをすることも可能である。
(2)任意後見人の費用
 任意後見人の職務遂行に要する費用に関しては、任意後見契約の有償・無償を問わず、特約のない限り、次のような民法の一般原則に従うことになる。
イ.本人は、任意後見人の請求があり次第、事務処理に要する費用を支払わなければならない(民649条)。
ロ.任意後見人が事務処理に要する費用を立て替えた場合には、本人から、その費用を支出日以降の利息を含めて償還することができる(民650条1項)。
ハ.任意後見人は、本人のために自己の名で債務を負担した場合には、本人に対し、その債務の弁済又は担保の提供を求めることができる(民650条2項)。
(3)任意後見監督人の報酬
 任意後見監督人の報酬については、後見監督人に関する民法852条の規定と同様、民法の後見人の報酬・費用及び辞任・解任の手続に関する規定が準用されており(任意後見7条4項)、後見監督人と同様の規則に従うことになり、家庭裁判所が審判により任意後見人及び本人の資力その他の事情によって、相当な額を定めることとなる。
(4)任意後見監督人の費用
 任意後見監督人の職務遂行に要する費用に関しては、任意後見人と同様に、本人に対し請求することができる。

9.任意後見制度の利用形態
 任意後見制度の利用形態には、次のものがある。
(1)本来型(任意後見契約単独利用将来型)
 本人が健常時に任意後見契約を締結し、判断能力が低下し任意後見開始の申立てにより、任意後見監督人が選任ざれ、任意後見契約が発効する基本的形態。
(2)即効型(任意後見契約単独利用即効型)
 判断能力の相当低下した者が、任意後見契約を締結と同時又は直近に、任意後見監督人を選任し、契約を直ちに発効させる形態。
(3)移行型(委任契約・任意後見契約併用移行型)
 任意後見契約と同時に民法上の委任契約・代理権授与契約による財産管理等に関する契約を締結し、任意後見受任者にそれらの事務を委託する。その後本人の判断能力が低下し、任意後見開始の申立てにより、任意後見監督人が選任され、民法上の財産契約等の契約から任意後見契約の発効へと移行させる形態。

[法律の略号]
 民法 → 民
 任意後見契約に関する法律 → 任意後見
 老人福祉法 → 老福
 知的障害者福祉法 → 知的障害
 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律 → 精神
 家事審判規則 → 家審規

「税理士のための成年後見制度テキスト」 より
発行:日本税理士連合会



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