指輪物語の世界へようこそ


Contents

I.小説”指輪物語”
II.交響曲”指輪物語”
III.各楽章について
IV.作曲家ヨハン・デ=メイ
V.データオブ交響曲”指輪物語”
VI.あとがき


I.小説”指輪物語”

 この曲はJ.R.R.トルーキンの同名の小説を元に作曲された標題音楽である。下に、ごく簡単にストーリーをまとめてみた。
 中心となるテーマは、世界の平和か破滅かを左右するほど強い魔力を持った指輪である。数十年間、ゴラムによってその指輪はひそかに守られていた。その“すべてを統べる一つの指輪”の製作者であり、全世界の征服を企むモルドール国のサウロン魔王が指輪を捜して動きだした。父ビルボがゴラムから奪った指輪を譲り受けたホビット(小人)族のフロドは、ビルボの良き友である魔法使いガンダルフに導かれ、平和な故郷を後にした。旅の途中で様々な仲間と出会い、彼らの助けを借りながらついにサウロンを打ち倒し、指輪を炎によって破壊し世界に平和をもたらしたのであった。

J.R.Rトールキン『指輪物語』A5版・全7巻/文庫版・全9刊(評論社)
II.交響曲”指輪物語”

 この曲は交響曲という衣を着てはいるが、実際交響曲たる所以はどこにもない。つまり、どの楽章を見てもスケルッオ楽章やロンドフィナーレはおろか、ソナタ形式注1 )さえも見当たらないのである。唯一の交響曲としての存在意味を挙げるとするならば、プログラムの中で述べたように、この曲の統一性によるものであろう。ヴァーグナーの楽劇注2)における指導動機=ライトモティーフに模範を採るような、モティーフ=主題がこの交響曲には見受けられる。これらのモティーフは様々に姿を変えながら、一つの楽章だけでなく、曲全体をも支配している。このモティーフについては、楽章ごとの解説の中で取り上げることにして、次に、楽章それぞれに付けられたタイトルを見ていただこう。

第1楽章 魔法使い”ガンダルフ”
第2楽章 エルヴェンの森”ロスロリアン”
第3楽章 ゴラム(スメアゴル)
第4楽章 暗闇の旅ーモリアの森、カザド=デュムの橋
第5楽章 ホビットたち

 ”ガンダルフ””ゴラム(スメアゴル)”は登場人物の名前、ホビットとは小人族の名である。また、”ロスロリアン””モリア””カザド=デュム”などは地名であるし、”暗黒の旅”は場面の一つである。さらに物語の流れから言えば、”ロスロリエン”は”暗黒の旅”の後であり、このことは完全に無視されたことになる。これらのことから、楽章間においてストーリーのつながりは無く、交響曲全体で小説の物語を描いているわけではないことが伺える。それぞれの楽章は個々のタイトルの、キャラクターなり情景なりを標題として、独立した内容を展回しているのである。その内容は標題の音画的・性格的描写であり、ストーリーの展開と言ったものはほとんど無いと言っていい。
 演奏形態は、スタンダードな大編成吹奏楽で書かれており、特種楽器と言えるものはほとんど使用されていない。あえて挙げるとすれば、フリューゲルホルン注3),ソプラノサックス、そしてピアノであろうが、どの楽器も現代の吹奏楽楽曲においては常識的に使用されているものばかりで、そういった意味では”頭数”さえ集まれば演奏可能だということになる。しかしクラリネット、トランペットやトロンボーンなどは4パートで書かれている上、作曲者の考えている人数の配分が、トランペット各パート2人づつを希望していることから推測すると、相当の大編成を要求されていることになる。この事は、それだけ個々の楽器をフルに活用した結果であると言えるだろう。演奏時間も40分を越え、吹奏楽作品中では編成・演奏時間ともに稀に見る大曲である。


注1 )ソナタ・交響曲において用いられる楽曲形式で、主題の呈示、展開、再現の3部分から構成される。
注2 )オペラの様式の一つで、人物などを表した指導動機によって全体の統一感を助長している。
注3 )トランペットの管を太くしたような楽器で、コルネットよりさらに幅と深みを持った音色である。


III.各楽章について

 先にも述べたようにこの交響曲は、各楽章に付けられたテーマ(キャラクターやシーン)にモティーフを与えて、そのモティーフを基に曲が進行して行く。この事を中心に話を進めて行くことにしよう。

第1楽章  魔法使い”ガンダルフ” "GANDALF"-The Wizard

 第1楽章は、魔法使い”ガンダルフ”の音楽的描写である。ガンダルフは主人公フロド達を導いて行く良き指導者である。
 曲はファンファーレの様な主題(譜例1)で幕を明けるが、この主題の構成音がモティーフとして、この楽章全体を支配していくことになる。続くテーマ(譜例2)は彼の知性や、高貴な家柄を表現しているが、この旋律はモティーフに五度音程を組み合わせて作られている。突然始まるアレグロ・ヴィヴァーチェは、灰色の美しい馬「飛陰」を野生的に乗りこなす灰色の魔法使い、ガンダルフを暗示している。この騎乗は次第に盛り上がりをみせマエストーソへとなだれ込むが、ここで使われている主題(譜例4)も、モティーフを拡大したものと考えられる。そのモティーフに、騎乗のシーンで用いられていたフレーズ(譜例3)が、木管群によってオーバーラップされる。このことから、騎乗のフレーズが、マエストーソの主題に16分音符で装飾したものであることが明確になる。最後は冒頭のファンファーレが再現されて華やかに締めくくる。なおこの楽章は、序曲的要素を持った楽章であり、そういったことから単独で取り上げられ演奏されることがある。

第2楽章 エルヴェンの森”ロスロリアン” "LOTHLORIEN"-The Elvenwood

 美しい植物や、エキゾチックな鳥、そしてエルフ(妖精)の美しい女王ガラドリエルの住むエルヴェンの森”ロスロリアン”。フロド達は旅の途中この森に立ち寄り、ガラドリエルと出会う。彼女は彼らに銀の水盤でできた魔法の鏡で、様々な幻想を垣間見せる。
 第2楽章は、美しい森ロスロリアンを表現豊かに描写している。神秘的な低音のロングトーンの上に、ソロによって、エキゾチックな鳥の鳴き声や、森に吹く様々な風が音画的に描写される。そこへ、半音を基調とした揺れるような、優雅なガラドリエルの鏡のテーマ(譜例5)が聞こえてくる。つづいてフロド達が鏡の中に見た幻想が、次々と具体的に描かれる。彼が最初に見た、「暗闇の旅」で生死不明になったガンダルフの白い姿が、ミステリアスなコラールによって表現される。このコラールは1楽章で現われたテーマ(譜例4)そのものである。そして敵サウロンの大きな険悪な目が、迫り来るような半音階的な上行形で、そして、それを見て茫然とするフロドの眼下で渦巻く、鏡の水面が木管のアルペジォで描かれる。作曲者の言によるところの”困難や悪魔を表すティンパニ”と低音によるオルゲルプンクトに支えられ、鏡に残った波紋を表現する木管の重々しいppで、消えるように終わる。

第3楽章 ゴラム(スメアゴル) "GOLLUM"-"Smeagol"

 「彼はからだの小さないまわしい生き物だった」これが小説の中で初めてゴラムが登場するときの描写である。第3楽章は彼の音楽による描写である。突然始まる冒頭の鋭い音型(譜例6)の最初の4音をモティーフに、この楽章は展開される。この不気味なモンスターを担当するのはソプラノサックスである。モティーフの半音進行とアルペジォを組み合わして作られたカデンツァ風のソロは、指輪に取り付かれ、外見だけでなく性格まで醜く変わってしまい、すすり泣くように舌もつれで独り言をいうゴラムを描写している。やがて、びっこを引いて歩く彼を表す特徴的なリズムに誘導されて、テーマ(譜例7)が現われる。このテーマはびっこのリズムと、モティーフが組み合わされたものである。突如として始まるトランペットの16分音符の刻みは、彼がフロドの父ビルボに奪われた愛しい指輪を、臭いを勾ぎながら捜し回っている様子を描いている。その後のソプラノサックスとトロンボーンによるソロは、失意に陥ったゴラムのぼやきを表しているのだろうか。テーマがさらに勢いを増して再現されるが、これは、指輪の奪回をもくろむゴラムの逆襲なのかもしれない。最後は全楽器によるモティーフ(譜例6の最初の4音)のfffで、この楽章を締めくくる。

第4楽章 暗闇の旅−モリアの森、カザド=デュムの橋
"JOURNEY IN THE DARK" a.The mines of Moria b.The Bridge of Khazad-Dum

 フロド一行は旅の途中、モリアの森という地底の呪われた道を通ることになった。不安でゆっくりと歩く場面は、低音域のブラスと、ピアノ、パーカッションの単調なリズムで、はっきり聞き取ることができる。ピュウ・モッソに入ると突然、敵の太鼓や角笛の音が響き渡り、その道の途中でモンスター達に襲われる。アレグロにはフロド達の必至の逃走が描かれる。カザド=デュムという橋で敵に追い詰められた彼らは、激しい炎の中に恐ろしい妖魔を目の当たりにする(激しい半音階によってこの炎が表現されている)。そこへ、1楽章で出てきたガンダルフのモティーフ(譜例2)が高らかに鳴り響き、ガンダルフによってフロド達は敵から逃れることが出来たのだが、彼は地底深くに落ち込み生死不明となってしまう。長い沈黙の後の重く憂鬱な音色は、ガンダルフを失ったフロド達が、涙を流しながらモリアの東門から脱出する様子を表している。ここでも”困難を表すティンパニ”を見い出すことが出来る。

第5楽章 ホビットたち "HOBBITS"

 神秘的なガンダルフのファンファーレで幕を明ける第5楽章は、主人公フロド達、ホビット族の描写である。軽快なリズムにのって、テーマ(譜例8)がトランペットのユニゾンによって提示される。これは、陽気なホビット達が凱旋したフロドたちを祝ってダンスを踊っている場面の描写である。ここで使われているテーマは、彼らホビット族の賛歌(譜例9)を展開したものである。ダンスが一段落するとその賛歌が聞こえてくる。その賛歌は始めは静かに、やがて高らかに、平和を愛する彼らが邪悪なサウロン王を倒しやっとよみがえった平和を賛える。やがてガンダルフのテーマ(譜例2)が再現され、勝利のファンファーレ(譜例1)を迎える。しかし、最後はフロドとガンダルフが白い船を漕ぎだし、新たなる旅へと旅立ち、ゆっくりと地平線の彼方に消えていくのである。


IV.作曲家ヨハン・デ=メイ

ヨハン・デ=メイ経歴

 1953年11月23日オランダ・ヴォールブルグ生まれ。ハーグ王立音楽院でトロンボーンと作曲、そして吹奏楽の指揮を学ぶ。卒業後、徴兵によってオランダ軍入隊。軍楽隊においてトランペット/トロンボーン奏者を勤めるかたわら、編曲などを手懸ける。退役後も「アムステルダム・トロンボーン・カルテット」や「アムステルダム・ウインド・オーケストラ」のトロンボーン/ユーフォニューム奏者として活躍する。1989年、初の吹奏楽作品である「指輪物語」で、シカゴにおいて行われた「サドラー吹奏楽作曲賞」を獲得し、作曲家としての地位を確立する。その後も「水族館」「ネス湖」などの吹奏楽オリジナル作品の他、クラシック、ミュージカルのアレンジ作品など次々と発表している。今年の3月に初来日を果たしている。

ヨハン・デ=メイの作品
オリジナル作品

1979年

Patchwork

パッチワーク

金管六重奏

m

1984〜1988年

Symphony No.1 "The Load of the Rings"

交響曲第1番「指輪物語」

吹奏楽

a

1988年

Loch Ness-a Scottish Fantasy

ネス湖

吹奏楽

a

1989年

Pentagram

ペンタグラム

ファンファーレバンド

a

1991年

Aquarium

水族館

吹奏楽

a

1994年

Symphony No.2 "The Big Apple"

交響曲第2番「ビッグ・アップル」

吹奏楽

クラシックアレンジ

1989年

Jupiter Hymn

ジュピター賛歌(ホルスト;組曲「惑星」木星より)

a

1990年

Pavane pour une Infante Daunte

亡き王女のためのパヴァーヌ(ラヴェル)

m

1991年

Romeo and Juliet

ロメオとジュリエット(プロコフィエフ;バレエ組曲)

m

1991年

Jig

ジーグ(ホルスト;聖パウロ組曲より)

a

1991年

Aladdin Suite

アラジン組曲(ニールセン)

a

*その他ミュージカル、ポップス、映画音楽のアレンジ多数

☆出版:[a]はAMSTEL MUSIC[m]はMOLENAAR MUSIC PUBLISHERS


V.データオブ交響曲”指輪物語”

吹奏楽のための交響曲第1番”指輪物語”ヨハン・デ=メイ作曲
Symphony No.1 "The Load of the Rings" Johan de Meij
1989年 サドラー国際吹奏楽作曲賞受賞
初演:1988年3月15日ブリュセル
出版:AMSTEL MUSIC,Amsterdam-The Netherlands(第3版)

演奏時間(演奏時間はスコアに記載されているものです)

第1楽章

魔法使い”ガンダルフ”

6'25"

第2楽章

エルヴェンの森”ロスロリアン”

7'40"

第3楽章

ゴラム(スメアゴル)

9'40"

第4楽章

暗闇の旅ーモリアの森、カザド=デュムの橋

9'00"

第5楽章

ホビットたち

9'30"

トータル

42'00"
CD案内

@

指揮:Pierre Kuijpers
演奏:Dutch Royal Military Band

KMK001

A

演奏:The Amsterdam Wind Orchestra

JE Classic 900101 CD


VI.あとがき

 新進作曲家ヨハン・デ=メイ氏のこの出世作は、我が国で紹介されて間もないために、日本語の資料はもちろんのこと、CDさえもごく僅かしか手に入れることが出来ない。この楽曲解説は、入手可能なかぎりの資料(これには、松田氏が作曲者自身から得ることの出来た貴重な証言も含まれる)を基に、常識的な音楽的観点から解釈したものである。この仕事が、今後国内においてこの曲が取り挙げられる際の、せめてものヒントとなることを希望してやまない。最後になったが、この原稿を執筆するに当たって松田浩則氏に資料・情報提供などで多大なるご協力をいただいたことに対して、感謝の意を表したい。


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