『教育以前 あいりん小中学校物語』

981013−981124

『教育以前 あいりん小中学校物語』

(小柳伸顕、田畑書店、1978年)

「美しい明日」のために、
「人格の独立」の条件。「財政独立」。
その経済的課題を、最も基本的な形で示す、典型、基本書として、この本『教育以前 あいりん小中学校物語』を取り上げる。
この本の概要は、後述し、先に経済的課題の基本的な要素を列挙する。

<1>《基本的な要素》

〔1〕<労働の安定>

(1) 日雇い労働は、朝5時から、寄せ場と呼ぶ特定の場所で、求職が始まる。その場で、仕事を決め、作業現場まで車で運ばれて働く。今日の現場が、近いのか遠いのか、そのときにならないと分からない。つまり、夜、寝るときに、明日の仕事が決まっていない。まだ夜が明けない寒さの中を、その日の仕事を探しに出掛ける。不況や高齢、病弱により、雇ってもらえず、日雇い仕事を得られなかったときの落胆。落胆を抱えたままの長い昼間。この繰り返し。繰り返しが精神に与える打撃。仕事にアブレ。野宿(アオカン)。体力・精神の消耗。病気。

(2) パ−ト、派遣労働。全く無いか、わずかの昇給。仕事を始めたばかりの者も、世帯形成期の者も、同じ賃金。ボ−ナスが無い。会社の都合で、いつ解雇されるかわからない。退職金が無い。長期の生活設計が立たない。有給休暇が増えない。病気になると、収入が途絶える。
常勤職への年齢制限。職種の制限、職種による賃金格差。ロ−ン借入れでの不利益。
(注)例えば、パ−トの収支の試算。
(収入)パートで時給1000円だと、「1000円/時間×8時間/日×22日/月×12月=2,112,000円/年収」
(支出)「パートの月収176000円」に対して、「アパート5万円、食費(200円+600円+1250円)× 30日=61500円、電話3500円、光熱水費9000円、交通費320円×30日=9600円、雑貨、衣類 42400円、支出計176000円」という生活は、実際には、無理だろう。

(3) 派遣労働。解雇のしやすさ、低賃金が、従前は常勤職だった仕事へ拡がる。高齢(40歳以上?)者だけでなく、若年、壮年者も、派遣労働かパ−トしか就けない人が増える。
→ 例えば、日雇い労働の当日雇い禁止(前日契約の義務づけ)。パ−ト、派遣労働を充てる職の期間制限。最低賃金を引き上げる。派遣労働は、同等の仕事をする常勤と同一賃金にする(年収の月割額)。労働基本法の再確立。


〔2〕<住宅環境>

(1) 狭くないこと。日が当たること。暑さ寒さを防ぐこと。

(2) 貧しいから、住宅が狭い。日が当たらない。寒さを防げない。健康に悪い。病気になる。ますます貧しくなる。
→ 安定した労働・収入(解雇禁止、最低賃金等)。賃貸公営住宅、高齢者住宅、福祉住宅。地価抑制。cf.路上生活者
(注)日雇い労働者が多く住む、簡易宿泊所(ドヤ)は、狭く、日払いで、月に換算すると、アパ−トより割高。職業、収入が不安定で、保証人を立てられず、一般のアパ−トは契約できないことがある。


〔3〕<生活を支える単位である家族>

労働の安定、良好な住宅環境の上で、家族が安定する。不安定、不安定。不安定の上で、家族が崩壊する。そのきっかけは、貧困、病気、いさかい(争い)、他。少子化は、住宅の狭さ、子供を育てる経済的余裕が無いことが原因。
→ 働いて子供を育てられる条件の整備。委託保育(行政から受託して自宅で2〜3人の乳児を保育する)、保育所、学童クラブ。母子寮、父子寮。児童手当。


〔4〕<事故をバックアップする社会資源>

不安定な労働の下で、病気になったら。労働災害で、障害を負ったら。
常勤ならともかく、日雇いや、パ−ト、派遣労働で、保障は無い。では、どうする?ジリ貧。
→ 有給休暇の保証。医療保険。労働災害保険。年金。生活保護。

<2>《この本の概要》

この本は、大阪の釜ケ崎で、1968年から1975年まで、あいりん小中学校(旧称)のケ−スワ−カ−として勤めた著者による記録。
この学校は、(ア)学籍、住民登録が無い、(イ)長期に不就学、を入学基準にする。「特殊学級の集まった一般学校」という位置づけだった。経済的理由による不就学を考慮し、給食、教材等、全額無償。
釜ケ崎は、日本の中で、横浜の寿町、東京の山谷と同じく、不安定な日雇い労働に就く人の多い町。親の職業が不安定であれば、その子供、総じて、家族の生活が不安定になる。

(1)<「教育以前」の意味>
不安定な就労、経済的、家族構成的(注)理由による不登校、不就学。どこにも、学籍がない。学校に登校してから、授業(=教育)が始まるとしたら、それ以前に解決すべき障害、諸課題のこと。
どこかの学校に学籍があれば、長期欠席、不登校だが、どこにも入学手続をしないまま推移していると、無学籍、不就学だ。ケ−スワ−カ−は、それらの子供を訪問し、探し出し、諸機関の間を繋いで障害を解決して、就学させる。
(注)父子家庭、母子家庭で、日雇い労働だと朝が早いため、子供が寝ている間に出掛け、そのまま急に、遠隔地の飯場(工事現場の宿舎)に泊まることもある。小さい子供の場合、登校させるよう起こしたり、朝食を食べさせたり世話をする者がいなければ、食事抜きのまま、家でゴロゴロ親の帰りを待つことになる。

(2)<無戸籍>
子が生まれたとき、前夫、前妻との離婚が未成立。管轄地が決まっている家庭裁判所などの複雑な手続きができない。父子家庭で、日雇い仕事で、ぎりぎりの生活。病気や、生活に追われて、出生届を出さずに来たなど。出生時の助産婦を訪ね、出生証明を書いてもらい、戸籍を作る。

(3)<家族状況>
父子家庭、母子家庭。家族の誰かが病気。日雇い、パ−ト、不安定な労働。乳幼児の子守を子供がする。子供が病気でも一人で寝かせておく。狭く、日が当たらない、寒い住居。
(注)母子寮、公営住宅への優先入居他は、母子家庭の生活再建、向上に役立つが、父子家庭は適用外。

<3>《再発見する「何のためにやるか?」》

高度成長期以後の中流意識。世の中の関心は、報道の関心は、政治の関心は、中流以上に集まる。しかし、今(1998)でも、若い人が綺麗なマンションに住んだりするのは、一部の富裕層と、トレンディドラマの中だけ。仮想現実が、一人歩きする。

実際は、密集地域の木賃アパ−トが、いっぱいあるのに。日雇い、パ−ト、町工場、下請けなど、不安定な労働があるのに。
表通りは、つるつる、ピカピカ光り、裏通り、いや、生活の実相が、見えにくくなった。
今、中流意識に浸っていても、それは保障の無い不安定なもの。無くなったと錯覚する貧困は、相対的貧困として続いている。

敢えて、意識して、基本になる経済的課題を、再発見する必要がある。
「財政独立」の内容、重要さを認識することが、<世界史の変革の「究極の目標」である「人格の独立」>への出発点。


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