ブルックナーの交響曲

2006年 12月 2日作成New


 横浜フィルハーモニー管弦楽団の次回第57回定期演奏会で、ブルックナー(1824〜1896)の交響曲第7番を取り上げます。この曲にまつわる話題をいくつか。



1.ブルックナーの交響曲は何曲?

 ブルックナーは、番号付きの交響曲を9曲作曲しました。このうち、最後の第9番は未完成で、第3楽章までが完成され、フィナーレは未完成のままです。
 これに、習作とされる第0番(ブルックナー自身が「nullte」と記したことからこう呼ばれるが、「nullte」には「抹消」という意味もあるらしい。つまり破棄するつもりだった・・・)、および更にさかのぼる習作へ短調(別名第00番)というのもあります。
 従って、習作も含めて11曲というのが正解です。
 通常の交響曲全集は番号付きが対象で、第0番、第00番は特別なことがないと含まれません。

2.楽譜の「版」の問題

 ブルックナーの交響曲には、楽譜の「版」の問題が付きまといます。
 これは、曲が長大すぎ、かつ客受けしそうもなかったことからなかなか演奏機会に恵まれず、このため弟子の意見や自分自身の考えで何度も大幅な改訂をしていること、および出版時には弟子が大幅に手を入れた(カットやオーケストレーションの変更)という経緯があることに起因します。ブルックナー自身の自主的な改訂であれば、他の作曲家にもよくあることですが、そこに「他人の意見による不本意な改訂」や「他人の手による(本人のあずかり知らぬ)改変」が入ることで、問題を一層複雑にしました。

 ブルックナーの死後、演奏され続けたのは弟子たち(シャルク兄弟(フランツとヨーゼフ)、レーヴェ、モットル、ニキシュなど)の功績ですが、出版譜はその弟子たちが改変したものでした。この初版楽譜は「改訂版」と呼ばれています(批判を込めて「改ざん版」と呼ぶこともあるようです。ただし、弟子たちの改変は芸術的かつ演奏上の観点でなされたもので、当然善意からなされたものでした)。1950年以前の録音はこの版によっているものが多いようです(フルトヴェングラー、クナッパーツブッシュなど。ちなみに、つい最近まで(今でも?)第4番「ロマンティック」のオイレンブルク版ポケットスコアはこの「改訂版」でした)。

 これらの出版譜が、ブルックナー本人の意思をどの程度反映していたか(弟子の改変を承認していたか)が不明のため、早い時期からこれら出版譜の問題点が指摘されていたようです。このため、1934年から1940年代前半にかけて、1929年にウィーンに設立された国際ブルックナー協会の事業として、ロベルト・ハースが校訂・編集した原典版の出版が行われました。これがいわゆる「ハース版」です。
 ハース版では、ブルックナーの意志に基づく最終決定稿を確定することを編集方針とし、ブルックナー自身の改訂であっても、弟子の意見が強く入っていると思われる部分は元に戻しているとのことです。このため、ブルックナー自筆のどの稿にも一致しない折衷的な版となったものもあり(2番、8番など)、それが批判の対象ともなっています。
 ハース版の出版時期から分かるように、戦前からのブルックナー指揮者には、ハース版使用者が多いようです。(ヴァント、朝比奈など。カラヤンも。新しいところではバレンボイムもハース版使用)

 同じくハース版の出版時期から分かるように、この時期のウィーンを支配していたのはナチスドイツでした(1938年にドイツによるオーストリア併合)。ナチスのドイツ精神高揚のためにワーグナーが利用されたのは有名な話ですが、ブルックナーも同じ路線上にあったらしく、戦後になってハースはナチス協力者とみなされたようで、国際ブルックナー協会から解任されました。そのため、ハース版は交響曲全曲の出版までには到りませんでした。
 また、経緯はよく分かりませんが、ハース版の版権はライプツィヒのブライトコップフ&ヘルテル社に移り、東西冷戦の歴史の中で、結果として「東側」が版権を持つことになりました。

 このような、半ば「政治的」な背景もあって、国際ブルックナー協会は、1950年ごろからレオポルト・ノーヴァクの校訂・編集で新しい「原典版」の出版を始めました。いわゆる「ノーヴァク版」です。(注:日本語的には、「ノヴァーク」の方が言いやすいのですが、原語的にはアクセント位置から「ノーヴァク」となるようです)
 この辺の政治的・ビジネス的な背景はよく分かりませんが、ナチス色に染まった「ハース版」に対し、音楽界・実業界に影響の大きいユダヤ人の存在も影響しているのかもしれません。また、主導権を「西側」に取り戻すという意図もあったのでしょう。
 このような観点から、指揮者がどちらの版を選択しているかを見てみるのも面白いと思います。(後述のように、純音楽的な理由が主なものとは思いますが・・・)

 ノーヴァクの編集方針は、ハース版がブルックナー本人の当初の意図を重視して過剰な改訂を元に戻そうとする傾向が強く、結果としてどの自筆稿とも一致しない折衷版もあるのに対して、徹底して自筆稿にこだわったようです。その結果(ハース版への対抗もあり?)、ブルックナー自筆であればできる限り改訂後を採用する傾向が強いものとなっているようです。
 さらに、一通り全曲の決定稿を出版した後、ブルックナーの意志に基づく異稿も全て出版する、という徹底ぶりでした。従って、最終的には、同じ曲でも「第1稿」「第2稿」「第3稿」などが全て出版され、演奏する側が選択できるようになりました。このうち、最終稿が、ブルックナー自身の最終決定稿とみなしうるわけで、通常「ノーヴァク版」と言えばそれを指します。
 CDなどを買う場合「ノーヴァク版」第●稿(あるいは18**年稿)と書いてある場合には、最終稿でないものを使用している可能性もあるので、注意が必要です。

 通常演奏される最終稿については、本来ならノーヴァク版はハース版と一致するはずですが、上述のハースとノーヴァクの校訂方針の相違から、若干の相違が発生しています。その違いは、一般にノーヴァク版の方が
 (1)ややカットが多い(小節数が少ない)
 (2)演奏効果が派手(シンバル、トライアングルといった金属打楽器が多い)
という傾向のようです。
 前述の政治的・ビジネス的な背景以外に、純音楽的に金属打楽器の効果をブルックナー自身が望んだのか否か、というあたりが、どちらの版を選択するかの分かれ目にもなっているようです。

 ドイツの古い指揮者では、ヨッフム、ベームなどがノーヴァク版を使用しています(ヨッフムは、戦後国際ブルックナー協会の会長でしたから当然でしょう)。その他、ジュリーニ、ショルティ、スクロヴァチェフスキーなどがノーヴァク版。基本的に、新しい録音はノーヴァク版と考えてよいようですが、ここ数年に限っては、「第1稿」やら昔に戻って「改訂版」だとか、奇をてらった録音も出ているようなので要注意。

3.横フィルが使用する楽譜

 横フィルが、次回第57回の第7番で使用するのはハース版とのことです。
 第7番に関しては、ブルックナー自身は改訂を行っていないので、ハース版とノーヴァク版の違いは大きくはないようですが、2楽章のクライマックスで(練習番号「W」、そう、ワーグナーの「W」です!)、ノーヴァク版ではティンパニ、トライアングルやシンバルが鳴り響くのに対して、ハース版では打楽器が全く入りません。
 ブルックナーの自筆譜にはこの3打楽器が記載されていましたが、「Gilt Nicht」(無効)との書き込みがあり、ブルックナーの真意はどちらか、という解釈が、ハース版とノーヴァク版の違いとなっているようです。(下記のドーヴァー版のスコアには、この部分の自筆譜の写真が載っており、自筆スコアに糊付けされていたと書いてあります)

 スコアは、音友から出ているのはノーヴァク版です。

OGTー207 ブルックナー 交響曲第七番 ホ長調(ブルックナー、 L.ノーヴァク)音楽之友社 (1998/12/10) ¥1,785

 ハース版にこだわるのであれば、ドーヴァー社から出ているフルサイズ版がハース版です。ただし、第4番「ロマンティック」との合本版です。価格的には、音友版の第4番+第7番を2冊買うことを考えればお買い得。
 このドーヴァー版のスコアには、ハースの1944年付けの序文があり、上記の打楽器に関する記述と自筆譜の写真が載っています。

Bruckner: Symphonies Nos. 4 and 7 in Full Score; Anton Bruckner / Robert Haas, Dover Pubns; Reprint版 (1990/04)  \.2,372(外貨参考価格: $22.95 )

4.第7番のお勧めCD

 調査中です。

 第4番「ロマンティック」と並ぶ人気曲なので、CDはかなりの種類が出ています。
 ハース版での最右翼は、 ギュンター・ヴァント/ベルリン・フィルでしょうか。

 私は、全集盤で ヨッフム/ドレスデン・シュターツカペレ、7番単独では ジュリーニ/ウィーン・フィルを持っており、どちらもお勧めですが、ノーヴァク版による演奏です。ちなみに、ヨッフムの全集は、最近オランダのBrilliantレーベルから、 スクロヴァチェフスキー/ザールブリュッケン放送響の0番も付いて、10枚組\3,299で出ています。安くなったものです。

(このBrilliantレーベルは、他のレーベルのライセンスでセット物廉価版を出しており、なかなか気に入っています。 ハイドン交響曲全集:CD33枚組で\8,024 などというのもあります)

 ブルックナーといえば、ウィーン・フィルが最もお似合いなのですが、意外なことに、1人の指揮者がウィーン・フィルと録音した交響曲全集は存在しません。(複数の指揮者とウィーン・フィルでの全集はあるようですが)



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