「カルメン」を聴いてみませんか?
〜オペラへのお誘い:その1〜

1997年12月13日 作成
  1999年 7月31日 一部修正
  2004年 8月20日 お奨めDVD追記


 第39回の定演で「カルメン」組曲を演奏しましたので、これを機会にオペラ「カルメン」そしてオペラ一般に親しんではいかが、ということで簡単なオペラへのお誘いを書いてみました。

 オペラを聴くにあたっては、「オペラは娯楽(エンターテインメント)」ということをまず第一に心得ておきましょう。ワーグナーあたりが「総合芸術」とか、いかにも高尚なゲイジュツというイメージを作りましたが、何のことはない、しょせんは観て聴いて楽しむ娯楽です。どちらかといえば「シンフォニー」などよりずっとリラックスして聴ける音楽です。だからこそ、ベートーヴェンとかブラームスといったマジメな作曲家はオペラを苦手としたのでしょう。

 オペラへのとっかかりとして、ビゼーの「カルメン」は絶好です。ビゼーって「アルルの女」の作曲者として、二流・三流と思っているあなた、是非「カルメン」を全曲聴いてみて下さい。これを聴けば、ビゼーは天才だったのだ、ということが実感できます。組曲を演奏するにあたり、それが何の曲なのかを知る意味でも、是非オペラ全曲を聴く、またはレーザーディスクなどで観ることをお勧めします。この駄文が、そのきっかけになれば幸いです。

1.組曲について

 「カルメン」はオペラなので、もともとビゼー自身が作った組曲はありません。ただ、前奏曲・間奏曲はビゼーオリジナルのオーケストラ曲ですので、これを集めた「第1組曲」はビゼーのオリジナルといっても間違いではないでしょう。
 第1組曲は、

(1)前奏曲(前半の「闘牛士の行進」と後半の第1幕への導入部「運命の動機」とから成る)
(2)アルカラの龍騎兵(第2幕への前奏曲)
(3)間奏曲(第2幕と第3幕の間に演奏される)
(4)アラゴネーズ(第4幕への前奏曲)

から成り、曲順は別として、曲目は演奏によらずほぼ同じです。

 問題なのは「第2組曲」です。これなビゼーオリジナルの組曲ではなく、原曲は歌であることから、歌の部分をオーケストラの楽器に移した編曲版です。有名な「闘牛士の歌」などは、歌の部分がラッパで演奏されると、おもわず「ニニ・ロッソだ!」と思ってしまうのは、世代が古いのでしょうか。曲目、曲順は演奏によってまちまちです。おおむね次のものがマキシマムのようです。

(1)衛兵の交代
(2)ハバネラ
(3)ジプシーの歌
(4)セギディーリア
(5)闘牛士の歌
(6)密輸団の行進
(7)ノクチュルヌ(ミカエラのアリア「何も恐くない」)

 これらの歌がオペラの中のどの辺に出てきてどのような歌なのかを、簡単に見てみましょう。興味があれば、是非全曲を聴いてみて下さい。

2.あらすじ

 ご存じのように、「カルメン」はメリメの原作で、スペインのセヴィリアを舞台とした、浮気っぽいジプシー女カルメンと、マジメなマザコン男ドン・ホセの悲劇的な恋(カルメンにとっては単なる遊び、ドン・ホセにとっては仕事も婚約者も捨てた命がけの恋)の物語。
 ちなみに、「ジプシー」というのは差別用語だそうですので、これ以降使いません。(「ロマ」と呼ぶのが正式のようです)

第1幕

 まずは、第1組曲の「前奏曲」で開始。
 セヴィリアの町のタバコ工場の前。暇そうな「兵士の合唱」で始まります。第2組曲に出てくる「衛兵の交代」で伍長ドン・ホセが登場します。この曲は、オペラでは少年合唱で歌われますが、「天使の声」というよりは「悪ガキども」の合唱。警備にあたるホセの前に、タバコ工場で働くカルメンが出てきて、「恋は野の鳥」と艶っぽく「ハバネラ」(第2組曲)を歌い、流し目でホセに花を投げてよこします。これでホセはすっかりのぼせてしまいます。そこにホセの許嫁ミカエラが登場し、ホセの母からの手紙を渡し、「お母さんからのキス」の二重唱を歌います。
 工場内でけんかが始まり、刃傷沙汰でカルメンが逮捕されます。隊長の尋問に、「トラララ・・・」としらをきるカルメンは、なかなかのしたたかさです。カルメンは、見張りのホセを「酒場で一緒にマンザニアを飲んでセギディーリアを踊りましょう」と色仕掛けで誘惑し(この時の歌が第2組曲の「セギディーリア」)、護送途中でまんまと逃げてしまいます。このせいで、ホセは禁固刑をくらうことになります。

第2幕

 第2幕への前奏曲は、この幕の途中でホセが無伴奏で歌いながら登場する時に歌う「アルカラの龍騎兵」のメロディーを使ったもの。
 第1幕から3ヶ月後、カルメンが仲間と酒場で歌っていると(第2組曲の「ジプシーの歌」)、闘牛士エスカミーリョがやって来て(第2組曲「闘牛士の歌」)、カルメンにほれてしまいます。
 その後、酒場では密輸業者の悪だくみの相談(五重唱)。そこへ営倉から釈放されたホセが「アルカラの龍騎兵」を歌いながら登場。カルメンはカスタネットを打ちながら「ラララ・・」と歌って踊りでもてなします。この音楽に、兵営の帰営ラッパがからむところはなかなか気のきいた音楽です。「帰らなくっちゃ」というホセに、「あっ、そう」と愛想をつかすカルメン。ホセは、しおれた花を取り出して、3ヶ月前に投げつけられた花をずっと大事に持っていたのだと告白(花の歌)。「一緒に逃げてよ」「だめだ」とやっているところに、折り悪くやってきた上官と鉢合せになり、結局ホセは兵営を脱走することとなってしまいます。

第3幕

 第2幕と第3幕の間に、「間奏曲」(第1組曲)が入ります。
 山の中の密輸団のアジト。兵営を脱走したホセはここにいます。幕が開くと、まず「密輸団の合唱」(第2組曲)。続いて、カルメンを含むジプシー女3人で「トランプ占いの三重唱」。何回やっても、カルメンの札は「死」・・・。
 ここにホセを探しに来た許婚ミカエラが山の中に登場し、あまりの心細さに「何も恐くない」(第2組曲。題名が付いているわけではないが、組曲版では「ノクチュルヌ」と呼ばれることが多い)を歌います。
 闘牛士エスカミーリョがカルメンを訪ねてきて、ホセとの間に火花が散ります。カルメンの取り持ちで何とかおさまり、エスカミーリョは皆を闘牛に招待して帰っていきます。
 ものかげに隠れていたミカエラが見つかり、母が危篤との知らせにホセは後ろ髪を引かれながら故郷に帰っていくのでありました。

第4幕(または第3幕第2場)

 前奏曲「アラゴネーズ」(第1組曲)で幕を開けます。セヴィリアの闘牛場の前。  カルメンがエスミーリョといちゃいちゃしながら登場。仲間が、ドン・ホセがいるから気を付けろと忠告しますが、カルメンは気にもしません。
 闘牛が始まりカルメンが1人になると、やつれ果てたホセが出てきて、よりを戻せと迫ります。カルメンの心はとっくの昔にホセにはなく、「もうとっくに終わったのよ」。未練がましいホセに、強情なカルメン。2人のやりとりと、闘牛場の中の喝采とが交錯して、このオペラのクライマックスとなります。エスカミーリョの勝利を讃える観衆の歌が聞こえる中、昔ホセからもらった指輪を投げ捨てたカルメンを、ホセのナイフが貫くのでありました。

3.オペラのお勧め盤

 オペラの歌詞は、当然フランス語です。でも、物語はスペインです。この辺の食い違いはあまり気にしない・・・。ですから、演奏も必ずしもフランスものにこだわる必要はないと思います。

 一昔前(60年代頃)までは、グランド・オペラ・スタイルの演奏(ビゼーのオリジナルのオペラ・コミック版のセリフ部分をエルネスト・ギローがレシタティーヴにしたもの)が一般的で、カラヤンの旧版、マリア・カラスが歌っているプレートル盤もこれによっています。(グランド・オペラ版が普及したのは、どうも、オペラ劇場で、歌手が下手なフランス語のセリフをしゃべるよりは歌わせてしまった方がかっこうがつく、というのが最大の理由のようです。現に、カラヤンの新盤のセリフ部分は歌手ではなくフランスの俳優がしゃべっている)
 その後、70年代以降の録音は、ビゼーのオリジナルであるアルコーア版(1964年出版だそうです)による演奏が主流です。前述のへたなフランス語の理由から、最近の生の演奏ではどちらが主流なのか、私には情報がないので分かりません。

 録音としては、一般に、カラヤンの新盤(アグネス・バルツァがカルメンを、ホセ・カレーラスがホセを歌ったもの)が良いようです。アルコーア版による演奏。この前後(1985年頃)に、ほぼ同じキャスト、カラヤン自身の演出で、ザルツブルク音楽祭でも上演されています。(ただし、録音はベルリン・フィル、ザルツブルクはウィーン・フィル)
 カラヤンの旧盤(60年代にウィーン・フィルと録音したもの)、プレートル盤(というより「マリア・カラス盤」)が一昔前の歴史的名盤(従って古いグランド・オペラ版)。その他、カタログを見るとアバド、ショルティ、小澤、バーンスタイン、トマス・ビーチャム、クリュイタンスといったところが並んでおり、レーザーディスクでもカラヤン、メータ、レヴァイン、マゼールなどが出ています。
 私は、何故かマゼール盤でずっと聴いていました(ベルリン・ドイツ・オペラの演奏。何でフランスものをこんな演奏で聴く必要があるのでしょうか・・・。でも、アルコーア版の最初の全曲録音なのでした)。意表を突いた相当に変な演奏なので、それなりに楽しめます。

 多分、どれを聴いてもそれなりに満足のいく演奏だと思いますので、何か一つ聴き込んでみてはいかがでしょうか。

 2004/8/20追記:DVDがかなり安く手に入るようになりました。カラヤン盤と同じアグネス・バルツァのカルメン、ホセ・カレーラスのドン・ホセで、レヴァイン指揮のメトロポリタン歌劇場の映像(1987年のライブ)が\2,940で入手できます(ここから直接注文できます)。今のところこれが最大のお奨めです。

 蛇足ですが、オペラは聴くのが半分、観るのが半分、だと思います。でも、レーザーディスクなどで、アップで観るのはどうも・・・。映画と違って、登場人物イコール美男・美女、というわけでもないし、肺病を病んだ可憐なミミ(これはプッチーニの「ラ・ボエーム」ですが)が画面上でぶっくり太っていたら・・・。オペラハウスだったら、オペラグラスで見なけらばならないほど小さいからまだ何とかなるが・・・。というわけで、CDで音楽だけオペラを聴く、というのも立派な一つの選択肢です。



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