J.シュトラウスのちょっと寄り道 〜喜歌劇「こうもり」〜

2007年 12月 5日 とりあえず初版作成
2008年 5月11日 演奏会終了に伴う変更


 横浜フィルハーモニー管弦楽団の第59回定期で、J.シュトラウスの「皇帝円舞曲」を演奏しました。
 せっかくJ.シュトラウスの曲を演奏するので、J.シュトラウスをもう少し堪能してみたいという方のために、ちょっと寄り道してみましょう。
 ウィンナ・ワルツやポルカはいろいろありますが、この際、J.シュトラウスの代表作である、喜歌劇「こうもり」を取り上げてみましょう。



1.喜歌劇「こうもり」の作曲過程

 J.シュトラウス(1825〜1899)は、父に反対されながらも18歳でダンス音楽の作曲&演奏という形でデビューし、1849年に父が亡くなってからはその名声を引き継いで舞踏音楽の第一人者となりました。名声と富を手に入れても、人間の常として、さらに上を目指すという野望が首をもたげてきます。1870年代になると、次々に出す新曲がヒットはするものの似たり寄ったりの内容に飽き足らず、宮廷舞踏会の音楽監督の地位を弟エドゥアルトに譲って、J.シュトラウスは劇場音楽に進出することでさらに大きな成功を目指します。パリでオッフェンバックのオペレッタが流行し、ウィーン市民もオペレッタに興味を持ち始めていました。また、当時のウィーンでは、街を取り囲んでいた城壁を取り壊してそこに環状道路(リング)を作り、その周りに市民のための劇場などの公共施設を整備したことも、市民の嗜好が劇場に向いた要因のようです。貴族などの上流社会と違い、当時台頭してきた市民社会は、格調高い「オペラ」(イタリア語が多かった)よりも「オペレッタ」(当然ドイツ語)を好んだようです。
 そんな中で、J.シュトラウスのオペレッタは大当たりし、「こうもり」(1874)、「ジプシー男爵」(1885)など多くのオペレッタを作曲しました。(ちなみに、この時期には「軽騎兵」「詩人と農夫」などで有名なスッペ(1819〜1895)などもオペレッタの分野で活躍しました)

 実は、J.シュトラウスの野望はさらに上を目指し、オペレッタで名を遂げた後、ついに「オペラ」にも手を出すことになります。真面目なストーリーを持った歌劇「騎士パスマン」というオペラだそうで、これにはJ.シュトラウスも満を持して慎重に構えてじっくりと推敲に推敲を重ねて作曲し・・・結果としてJ.シュトラウスの「軽妙」さの全くない、つまりたいくつな凡作となってしまったそうです。このオペラ、初演後は全く演奏されていないようです。J.シュトラウスの得意とした音楽とその特徴は、オペラには向いていなかった、ということなのでしょう。

2.ストーリー

******* 登場人物 ************
アイゼンシュタイン…金持ちの銀行家(T)
ロザリンデ…アイゼンシュタインの妻(S)
フランク…刑務所長(Br)
オルロフスキー公爵…ロシアの若い貴族(TまたはMS)
アルフレート…声楽教師(T)
ファルケ博士…アイゼンシュタインの友人(Br)
アデーレ…ロザリンデの小間使い(S)
************************

序曲
 単独で演奏されることも多い有名な序曲。オペレッタの中に登場する曲をつなぎ合わせて作られています。
 最初の3つの和音は、シャンペンの栓を抜く音といわれています。
 次に現れるオーボエのテーマは、このシャンペンを抜く音に基づくもので、第2幕の舞踏会で出てきます。
 続く6つのチャイムは、夜を徹した舞踏会で、朝6時を告げる時報の鐘。
 優雅なウィンナ・ワルツは舞踏会の場面。
 オーボエで演奏されるもの悲しいテーマは、刑務所に入る主人公夫婦の別れの場面。でも、すぐその後に、実は刑務所に行く前に舞踏会に寄っていく夫、夫が不在の間にかつての恋人と密会しようという妻、そして病気の叔母を見舞うと嘘をついて舞踏会に行く小間使いアデーレの、3者三様のうきうきとした本心が顔をのぞかせる・・・。表の顔と裏の本心をたくみに写し出した音楽になっています。
 そんなこんなで、楽しく豪華絢爛な序曲です。

第1幕 アイゼンシュタイン家
 大都市近郊にあるオーストリアの温泉町。銀行家アイゼンシュタイン邸では、家の外からロザリンデのかつての恋人アルフレートが捧げる愛の歌が聴こえてくる。
 小間使いのアデーレは、姉からその夜行われるオルロフスキー公爵の夜会に誘う手紙を読んでいる。アデーレと入れ違いにロザリンデが現れ、アルフレートの歌声に気づく。そこにアデーレが戻って来て、叔母が病気なので、今夜外出させて欲しいと頼む。だが、ロザリンデは、旦那様が留置場に行くことになったので無理だとはねつける。銀行家のアイゼンシュタインは、税務署員を侮辱して禁固刑に処せられたのだ。アデーレは、小間使いに生まれた身分を嘆く歌を歌う。(でも、ロザリンデが「神様があなたを小間使いに生んだ」というヨーロッパ流身分制度はちょっと不条理・・・)
 アイゼンシュタインが裁判から戻ってくるが、弁護士の不手際で5日の刑期が8日に延びてしまったので、弁護士に食ってかかる。だが、そこにロザリンデが割って入り取りなす。
 そこへ友人のファルケ博士が訪れ、ロザリンデに内緒でアイゼンシュタインをオルロフスキー公爵の舞踏会に誘う。二人は、留置場に行くという口実で家を出て、舞踏会に立ち寄って女性と遊び、留置場には翌朝出頭することにする。
 留置場に行くはずの夫がうきうきと盛装に着替え始めるので、怪しんだロザリンデはそれなら自分も……とアデーレに暇をやり、アルフレートと過ごすことにする。(ここで、夫婦の別れとして、序曲にも登場する悲しいテーマが登場するが、すぐに3人3様でうきうき楽しい気持ちが抑えきれなくなる・・・)アイゼンシュタインとアデーレは、それぞれうきうきと家を出て行く。
 間もなくアルフレートが現れて、1人きりのロザリンデと朝まで過ごそうと、アイゼンシュタインのガウンを着てくつろぎ、主人然として酒など飲み始める。願ってもない浮気のチャンスに、ロザリンデもまんざらでない。だが、そこに刑務所長のフランクがアイゼンシュタインを連行しにやって来る。成りゆき上、アルフレートを夫だと言わざるを得ないロザリンデ。アルフレートはアイゼンシュタインの身代わりに、熱い別れのキスをして留置場に連れて行かれる。

第2幕 オルロフスキー公爵の夜会
 華やかな夜会のサロンには大勢の客が集まっている。オルロフスキー公爵が退屈だと言うので、ファルケ博士が「こうもりの復讐」という余興をお見せしましょうと申し出る。
 間もなく、ロザリンデの服を勝手に借用したアデーレが現れる(既に来ていた姉との会話で、アデーレを招待したのはこの姉ではないことがほのめかされる・・・。実はアデーレの招待もファルケ博士の仕業)。続いて、アイゼンシュタインもやって来て、フランスのルナール公爵と名乗る。オルロフスキー公爵は、ウォッカを勧め「もう結構」とは言わせないここでの掟を歌う。ファルケ博士が、アデーレを女優のオルガと紹介すると、アイゼンシュタインは彼女が小間使いにそっくりだと口走り、一同のひんしゅくを買う。ここで失礼を咎めるアデーレの歌は、なかなかチャーミング。
 そこへ刑務所長フランクもシュヴァリエ・シャグランの偽名でやってくる。奇妙なフランス語で挨拶するフランクとアイゼンシュタイン。
 そして仮面をかぶってハンガリーの伯爵夫人に変装したロザリンデが現れる(ロザリンデが、どうしてこの夜会に来ることになったのか、どこまでファルケ博士の陰謀を知らされていたのか、ストーリー上の疑問なのですが)。自分の衣装を勝手に持ち出して着ているアデーレが夫と腕を組んでいるのを見て、彼ら二人を懲らしめなくては、とつぶやく。
 アイゼンシュタインは、妻とは知らずに仮面をつけたロザリンデに興味を引かれ、女性を口説くときに使う懐中時計を持ってロザリンデに接近する。心臓の鼓動を計って、というロザムンデの言葉に乗って、時計を渡してロザリンデの胸に耳を当てる。ここで歌われる「脈拍を数える歌」はなかなか楽しい。この計略で、浮気の証拠品として懐中時計をまんまとロザリンデに取り上げられてしまう。
 人々がやってきて仮面の女性の正体を知りたがるが、ロザリンデは自分がハンガリー出身であるとの証拠にチャールダッシュを歌い、信用させる。 (クライバーの映像では、ここで晩餐のため夜会会場が回り舞台で転換し、豪華な大広間となる)
 オルロフスキー公爵が、「こうもりの復讐」の由来を尋ねるので、ファルケ博士に代わってアイゼンシュタインが説明を始める。ファルケ博士とアイゼンシュタインが、それぞれこうもりと蝶に扮して出かけた3年前の仮面舞踏会の時のこと、さんざん飲ませられて置き去りにされたファルケ博士は、日が高くなってからこうもりの扮装のまま帰宅するはめになり、近所の子ども達にこうもり博士とはやされて恥をかいた。アイゼンシュタインは「用心深いから仕返しは心配ない」と余裕。実は今夜の夜会で、ファルケ博士はこの時の仕返しを企んでいるのだが・・・。
 シャンパンが開けられ、オルロフスキー公爵はじめ全員でシャンパンの歌を歌う。晩餐に続いて夜通しの舞踏会が繰り広げられる(クライバー盤では、ポルカ「雷鳴と稲妻」でどんちゃん騒ぎ)。しかしやがて、夜明けの午前6時の鐘が鳴り、アイゼンシュタインは、いよいよ留置場に出頭しなくてはならない・・・。(この午前6時の鐘の音は、序曲にも出てきます)

第3幕 刑務所長フランクの部屋
 牢屋では、アルフレートがのんきに歌を歌い、酔っ払った看守のフロッシュがくだを巻いている(ここで酔いどれ看守の一人芝居が繰り広げられる)。フランク刑務所長が戻り、しばらく2人の酔っ払い同士の掛け合い。
 そこにアデーレが訪れて、女優になりたいのでパトロンになってほしい、ともちかける(アデーレが「田舎娘を演じるときには」とシャグランことフランク刑務所長にアピールする歌を歌う)。誰かが来たのでアデーレを隠す。
 ここで出頭して来たアイゼンシュタインは、すでに自分の牢屋に男が入っているのを見て驚き、何か訳がありそうだと感づいて弁護士の衣装を借りて成りすます。そこにロザリンデが駆け込んで、弁護士に成りすました夫に、アルフレートを逃がす手だてはないか、と相談する。そこで衣装を脱ぎ捨てたアイゼンシュタインは、妻の不貞を責める。だが、ロザリンデの方は、彼からせしめた懐中時計を示し、夜会での浮気を責めて逆襲する。アイゼンシュタインは、夜会で口説いたハンガリー公爵夫人が妻であったと知ってびっくり。
 そこへファルケ博士がオルロフスキー公爵はじめ夜会の招待客を連れて登場し、昨晩の舞踏会で起こったことは、全て自分の仕組んだ仕返しだったと種明かしをする。アイゼンシュタインは、妻の浮気までもがファルケ博士の芝居の一部だったと思いこみ、すっかり安心する。アルフレートは、それが事実とは違うと知りつつ、そういうことにしてしまう。
 オルロフスキー公爵は、アデーレの才能を買って役者になるパトロンなることを申し出、一同はロザリンデの歌うシャンパンの歌に唱和して、全てが酒のなせることと水に流し賑やかに幕となる。

3.推薦盤

 J.シュトラウスの喜歌劇「こうもり」は大好きなオペレッタですが、残念ながら生で観たことはありません。
 DVDを探してみると、次のようのものがありました。

 名演とされているのは、カルロス・クライバーの指揮した「こうもり」でしょう。(私も、これを標準の演奏として楽しんでいます)これはバイエルン国立歌劇場での公演ですので、本場ウィーンものではありませんが、歌手陣は最高ですし、何といってものりのりで指揮しているクライバーが最高です。(クライバーは、ウィーンでの「こうもり」の指揮は固辞し続けたそうです。本場ものには手が出せない、と判断したのか)

 また、ライブ映像ではなく映画仕立てですが、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルのDVDも出ています。(残念ながら私は観ていません。ベームはオペレッタには向いていないような気もするのですが・・・)
 この映像で特筆すべきは、演出のオットー・シェンク(クライバー盤も演出しています)が、刑務所の看守フロッシュ役で出演しているとのこと。

 ウィーンものでは、グシュルバウアーがウィーン国立歌劇場を指揮したDVDも出ています。(これも、残念ながら私は観ていませんが、ウィーンにこだわるならこれがよさそうです)

 本場はウィーンなのでしょうが、世界各国で上演されています。オペレッタの醍醐味は、J.シュトラウスの曲だけでなく、出演者の軽妙洒脱な演技とおしゃべりにあるので、演奏される国の母国語で上演されることが多いようです。
 ロンドンのコヴェントガーデン王立歌劇場で1990年の大晦日に行われた公演のDVDがありますが、これは英語上演です。この映像、ソプラノ歌手のジョーン・サザーランドの引退記念公演で、指揮は夫君のリチャード・ボニング。客席には時のイギリス首相メージャーの姿も見えます。見どころは第2幕の舞踏会の場面で、ゲストとしてサザーランド本人とテノールのルチアーノ・パヴァロッティ、ソプラノのマリリン・ホーンが登場します。(この3人には役は割り振られておらず、完全にゲスト出演です)この場面で、3人のゲストはそれぞれ独唱と二重唱を1曲ずつ歌っています。パヴァロッティは、チレアの歌劇から独唱を1曲と、サザーランドとヴェルディ「椿姫」から二重唱を歌っています。なんとも豪華な「こうもり」・・・。(私は、この公演の直後に放映されたものをビデオに録って観ています)

 同様に、コヴェントガーデンの1983年大晦日の「こうもり」には、舞踏会の場面にシャンソン歌手のシャルル・アズナヴールが登場するそうです。この公演では、何と3大テノールで有名なプラシド・ドミンゴが指揮をしています。(これも、残念ながら私は観ていません。おそらく英語上演です)

 その他の演奏として、我が家には1994年のウィーン国立歌劇場・日本公演のビデオもあります。これは、一般には市販されていないようです。
 このときの来日公演で「ばらの騎士」を指揮したカルロス・クライバーに、「こうもり」も指揮するよう打診されていたようなのですが、クライバーが固辞して引き受けず、結局若手のウルフ・シルマーが指揮しています。
 主なキャストは、
   アイゼンシュタイン:ヘルマン・プライ
   ロザリンデ:カリタ・マッティラ
   オルロフスキー公爵:ヨッヘン・コワルスキー
   アデーレ:エーディット・リーンバッハー
   ファルケ博士:ハンス・ヘルム
   フランク:ワルター・ベリー
という豪華版です。

 さらに、我が家には、1999年のアン・デア・ウィーン劇場でアーノンクールが指揮したライブ映像があります。ただし、オケはウィーン・フィルではなく、アーノンクールの古巣ウィーン交響楽団です。(アン・デア・ウィーン劇場は、「こうもり」が初演された劇場ですね)これも、市販はされていないようです。
 この公演では、ロシアの貴族オルロフスキー公爵に、メゾソプラノのアグネス・ヴァルツァが扮しています。ここで、「歌手」という触れ込みで小間使いの娘アデーレが夜会にやって来るわけですが、2人の会話の中で、オルロフスキー公爵が「どんな役がお得意?」と聞き、アデーレが「カルメン」と答えると、ヴァルツァは「私も得意だよ」と言って「カルメン」の一節を口ずさみ、大喝采を浴びます。(アグネス・ヴァルツァのカルメンは当たり役で、カラヤンとのザルツブルク音楽祭とベルリン・フィルとの録音をしています。映像では、レヴァインの指揮したメトロポリタン歌劇場のDVDが出ています。観客が、この事実を知っていることを前提にした演技です)
 このオペレッタの第3幕の刑務所の場面に、酔いどれの看守が出てきて1人芝居をしますが(ここはどの公演でも歌手ではなくコメディアンが演ずる)、ここでは看守がピットのアーノンクールやオケに話しかけます。「あれ? ウィーン・フィルじゃない・・・。あんたたち、ウィーン・フィルにコンプレックスを持ってんじゃないの?」などと話しかけ、観客にもオケにも大うけでした。

4.おまけ

 ちなみに、今回(59回)の指揮者・寺岡清高先生を検索していたら、寺岡清高先生に関する評価記事(先生のお知り合いの方でしょうか)がありました。
 この記事に関連して、同じ方の書かれた「レコード軽術」というパロディ雑誌(記事)に、この「こうもり」が載っているのを見つけました。ちょっと古いですが、小泉変一郎指揮永田町管弦楽団・合唱団のCD評ですね(もちろん、パロディーですよ)。ご参考まで。 (「レコード軽術」メイン書いているのはこういう方


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