横浜フィルハーモニー管弦楽団の次回定期演奏会で、ラヴェル(1875〜1937)の「古風なメヌエット」Menuet Antique を取り上げます。この曲にまつわる話題をいくつか。
1.ラヴェルにおけるピアノ曲と管弦楽編曲
こうしてみると、ピアノ曲を何でもかんでも管弦楽に編曲したわけではなく、特に、ピアノ曲では組曲になっているものを単独で管弦楽曲にしたり、ピアノ曲から抜粋したり順序を入れ替えたりと、いろいろな工夫をしていることが分かります。そういったことの集大成として、ムソルグスキー「展覧会の絵」の管弦楽編曲(1922年)があるのでしょう。ちなみに、「展覧会の絵」においても、原曲に対して、「プロムナード」を1曲省略したり、音を変更したりしています。原曲をそのまま管弦楽編曲するのではなく、新たな管弦楽用組曲としてまとめなおすという意図も垣間見えます。
2.「古風なメヌエット」の構造比較
中間部は、メヌエットの「トリオ」に相当しますが、管弦楽版ではこの部分に独奏木管楽器が多用され、文字通りトリオ(3重奏)の雰囲気となっています。
「古風なメヌエット」は、原曲はピアノ曲です。ピアノ曲として作曲したのはラヴェルの最初期の20歳、そして管弦楽に編曲したのは最晩年の54歳。この間34年。そういった事情を踏まえて、ここではラヴェルのピアノ曲と管弦楽編曲について見てみましょう。
ラヴェルのピアノ曲とその管弦楽編曲の関係を表にしてみると、以下のようになります。(ピアノ曲の作曲順に並べています)
曲名 作曲年 編曲年 備考 グロテスクなセレナード 1893 − 古風なメヌエット 1895 1929 亡き王女のためのパヴァーヌ 1899 1910 水の戯れ 1901 − ソナティネ 1905 − 鏡 (1)蛾 1905 − (2)悲しい鳥たち − (3)海原の小舟 1906 (4)道化師の朝の歌 1918 (5)鐘の谷 − 夜のガスパール (1)オンディーヌ 1908 − (2)絞首台 (3)スカルボ ハイドンの名によるメヌエット 1909 − マ・メール・ロア
(連弾)− − バレエ音楽 − − 1911 プレリュード − − 1911 第1場
糸つむぎの踊りと情景(1)眠りの森の美女のパヴァーヌ 1910 1911 第2場 − − 1911 間奏曲 (2)おやゆび小僧 1910 1911 第4場 − − 1911 間奏曲 (3)パゴダの女王レドロネット 1910 1911 第5場 − − 1911 間奏曲 (4)美女と野獣の対話 1910 1911 第3場 − − 1911 間奏曲 (5)妖精の園 1910 1911 終曲 高雅で感傷的なワルツ(8曲) 1911 1912 前奏曲 1913 − ボロディン風に 1913 − シャブリエ風に 1913 − クープランの墓 (1)プレリュード 1917 1919 管弦楽版第1曲 (2) フーガ − − (3) フォルラーヌ 1919 管弦楽版第2曲 (4)リゴードン 1919 管弦楽版第4曲 (5) メヌエット 1919 管弦楽版第3曲 (6) トッカータ − (ムソルグスキー「展覧会の絵」) − 1922
そして、「ボレロ」(1928)を経て、ピアノ曲からの最後の編曲となる1929年の「古風なメヌエット」に至ります。
この後、1937年に亡くなるまで、2曲のピアノ協奏曲(うち1曲は「左手のための」)、歌曲など数曲を作曲しただけで、純粋な管弦楽曲は作曲しませんでした。その意味で、この「古風なメヌエット」が、ラヴェルの出発点でもあり、到達点でもあるのかもしれません。
上の表を見て、華麗な管弦楽曲としての「マ・メール・ロア」や「クープランの墓」が、実は原曲がピアノであるということが信じられない気がします。
実際にピアノ曲を聴いてみると、当たり前のことですが、素材は同じでも、まったく異なった曲になっていることが分かります。特に、管弦楽版「クープランの墓」の第2曲「フォルラーヌ」は、小気味よい軽快な洒落たイメージですが、ピアノ曲で聞くと気だるいうつろな感じです。(ただし、演奏によって異なるかもしれません。私が聴いているのは、ピアノ版は
サンソン・フランソワ「ラヴェル:ピアノ全集(1)」(「古風なメヌエット」はこちら)、サンソン・フランソワ「ラヴェル:ピアノ全集(2)」(「クープランの墓」はこちら。なお、この2枚でラヴェルのピアノ曲が全て手に入ります)
、管弦楽版がデュトワ/モントリオール)
「古風なメヌエット」は、ピアノ曲を聴いても、曲想の転換や音色の変化など、ピアノを超えたものを感じさせます。しかし、このピアノ曲の繊細さは管弦楽で再現できるものではないでしょう。結局のところ、ラヴェルにとっても、他の管弦楽編曲と同じように、ピアノ曲と管弦楽曲は別もの、というとらえ方をしていたのだと思います。
ピアノ曲と管弦楽曲を比較すると、中間部(管弦楽版の練習番号「8」から)の繰り返しに差があることが分かります。
比較すると、次のようになります。
(ピアノ版の楽譜は、音友版「ラヴェル・ピアノ曲集―ペルルミュテールが作曲者自身に演奏したラヴェル作品 (1)」(¥1,260、古風なメヌエット、亡き王女のためのパヴァーヌ)、全音版「ラヴェルピアノ作品選集 (1)(¥1,890、上記2曲+水の戯れ、ソナチネ他)」などが出ています)
部分 ピアノ曲 管弦楽版 中間部前半
(管弦楽版練習番号8〜9)2回(繰り返し) 1回(繰り返しなし) 中間部後半(1)
(管弦楽版練習番号9〜12)あり あり 中間部後半(2)
(管弦楽版練習番号12〜15)なし あり
管弦楽版では、中間部後半(2)の部分が追加されており、ほとんど中間部後半(1)の繰り返しですが、ミュート付き金管楽器によるラッパ信号の遠い響きが加わっていて、ピアノ曲とはまったく異なった響きとなっています。
この辺の、古典的形式である「メヌエット」の雰囲気に対応した楽器構成や音色、繰り返し部分に対するバランス感覚や音色の変化といったあたりが、ラヴェルの面目躍如といったところです。