純正律と平均律について



 演奏にあたって、「正しい音程で演奏できればうまい演奏になる」と思っていませんか。
 それはそれで間違ってはいないのですが、でも、正しい音程というのはただ1つなのでしょうか。「チューナーや、ピアノにぴったり合えば正しい音程でしょう?」との答えが返ってきそうですが、残念ながら問題はそう単純ではありません。自分の耳に頼って正しくアンサンブルしているときの音程は、チューナーやピアノの音程とは違ったものになるはずなのです。えっ本当?と思った人は、この文章を読む価値があります。そんなの当たり前ジャン、と思った方には、釈迦に説法なので、無視して下さい。
 ちなみに、弦楽器で、各弦を、チューニングした弦から5度で調弦していきますが、この場合と、各弦をチューナーで合わせた場合とで、同じ結果が得られるでしょうか。答えは「ノー」です。えっ本当?

 ここでの問題は、私達がふだん当たり前と思っている「平均律」と、耳に心地良く聞こえる「純正律」の違いです。

1.自然倍音
 純正律とは、の説明のため、まず自然倍音というものを理解しましょう。  ここでは、弦の振動を例にして説明します。
 図−1に示す弦があるとき、まず(1)の波ができます。次に、弦楽器の「ハーモニクス」の理屈で、山が2つの(2)の波もできます。同様に、山が3つ、4つ、・・・と、(1)の波(基準音)の整数倍の山の数を持つ波がどんどんできます。これが自然倍音です。

弦の振動波形
図−1.弦の振動

 図−1の山の数は振動数(周波数)に対応するので、自然倍音は、(1)の基準音の周波数の整数倍(2、3、4・・・)の周波数を持つことになります。これをハ長調の楽譜に対応させると、図−2のようになります。周波数が2倍になると、オクターブ上になる、というのが基本原則です。基準音を2倍、さらに2倍・・・していったところ(2のn乗、つまり1、2、4、8、16、32・・・)が、同じ音のオクターブ(この場合はC)となるわけです。上の倍音になるほど隣の音との音程差がつまってきます。

倍音の楽譜
図−2.自然倍音列(番号は何倍音かを示す。カッコ付きは不正確な音程)

2.純正律
 純正律とは、この自然倍音を用いて作った音階です。その結果、純正律を構成する音からなるハーモニーは美しい響きを持ちます。(周波数の関係が整数倍だと、非常によくハモリます。ドミソ、ファラド、ソシレがすべて周波数比で4:5:6の関係)

 純正律の音階の周波数をまとめると、次のようになります。

音名「ド」を基準=1にした周波数比率補足
 1   ドミソ=1:(5/4):(3/2)=4:5:6ですね。
 9/8 
 5/4 
ファ 4/3ファラド=(4/3):(5/3):2=4:5:6
 3/2ソシレ=(3/2):(15/8):(18/8)=4:5:6
 5/3「レ」はオクターブ上なので(9/8)の2倍)
 15/8 
 2 

 これは、基準音からの周波数の比率ですので、これを例えば「イ長調」の音階(「A」=440Hzから始まる音階)にあてはめると、次のようになります。

  A   440   Hz
  H   495   Hz
  Cis 550   Hz
  D   586.67  Hz
  E   660   Hz
  Fis 733.33  Hz
  Gis 825   Hz
  A   880   Hz

 純正律は、音階上での音と音の間隔が均等ではないので、転調すると正しい音階にならなくなるという欠点があります。例えば、「ドーレ」の全音は周波数比(8:9)、「レーミ」の全音は周波数比(9:10)で、同一ではありません。
 同様に、「半音」の関係も、音によって変わります。例えば、純正律では「ド#」と「レ♭」は違う音になります。
 こういった事情が、ハーモニーは美しいが、転調ができないといった、機能性に欠けることになるわけです。

3.平均律
 では、自由に転調ができるピアノは、どのように調律されているのでしょうか。それは「平均律」です。これは、オクターブ(周波数が2倍)を、数学的に12等分して半音を決めるもので、すべての半音・全音が同じ周波数比となります。
 つまり、基準音の周波数をF、オクターブを12等分する半音をn(=1〜12)、それに相当する音の周波数をfnとすると、

 fn=F×2n/12

ということになります。何の音から始めても、半音を12回繰り返すとオクターブ上になる、ということです。
 これで、上で純正律に当てはめたのと同じように、「A」=440Hzを基準に「イ長調」の音階を作ると次のようになります。(半音部分は省略)

音名平均律純正律
0 A 440   Hz 440   Hz
2 H 493.88  Hz 495   Hz
4 Cis  554.37  Hz 550   Hz
5 D 587.33  Hz 586.67  Hz
7 E 659.25  Hz 660   Hz
9 Fis 739.99  Hz 733.33  Hz
11 Gis  830.61  Hz 825   Hz
12 A 880   Hz 880   Hz

 これと、右の「純正律」の周波数とを比較すると、結構違っていますね、これが。

 ここで、ドミソの第3音に相当する「Cis」に着目すると、平均律とは4Hz以上も異なることがわかります。ハーモニーの中で、「純正律」による美しく響く和音にするためには、長和音の第3音は平均律の音程に比べかなり低めにとらなければならないことがわかります。逆に言えば、耳で聞いて美しい第3音Cisを出しているときには、その音程は平均律よりかなり低めにとっていることになります。でも、アンサンブルとしては、それが正しい姿です。
 音程を表すのに、「セント」という単位を使うことがあります。半音の100分の1を「1セント」と呼びますが、この単位を使うと、このCisは「約14セント」の差です。

4.五度調弦
 弦楽器の5度調弦では、耳で完全5度(純正律の5度になります)にチューニングするわけですが、上に示した5度(「E」)は、平均律と純正律で、わずかに異なります。厳密にチューナーで各弦をチューニングした場合とはわずかに違うわけです。
 実例として、ヴァイオリンのA線を440Hzにチューニングし、他の弦を5度調弦したときの平均律との違いを計算してみましょう。

5度調弦平均律 
 G線  195.56  Hz  196.00  Hz 
 D線   293.33  Hz  293.66  Hz 
 A線   440   Hz  440   Hzここでチューニング
 E線   660   Hz  659.26  Hz 

 上記のように、実用上はほとんど問題ない範囲ではありますが、平均律とわずかな差が出ます・・・。(G線は、「約4セント」の差になります)
 このように、「5度調弦では、チューナーすなわち平均律とは一致しない」というのは、紛れもない事実です。この事実を知った上で、チューナーを使いましょう。

5.まとめ
 以上が、最初にあげた疑問に対する答えです。信じられない人は、自分で計算してみて下さい。

 つまるところ、西欧の音階は、平均律によって「転調」という機能的合理性を手に入れたわけですが、これはハーモニーに対する人間の耳を少しごまかした、妥協の産物なのです。私達が、自分の耳を信じて美しいハーモニーを奏でるとき、実は平均律から離れ、純正律の世界に入っているわけです。私達が無意識のうちに絶対と信じている(けれどもなかなか実現はできない)「平均律」は、アンサンブルにおいては必ずしも正しくはない、「平均律」が唯一無二の音程ではない、ということを、ここで再認識してみることは、ムダではないと信じます。

 一流オーケストラや、一流カルテットが、実によい響きを出すのは、音色ももちろん大きい要素ですが、この純正律のハーモニーに対する感覚があるからだと思います。
 メロディーが平均律で奏でられているとき、伴奏のハーモニーを平均律で演奏するか、純正調で演奏するか、応用問題としては極めて難しいものがあります。これを、とっさに、どう解決していくかで、その演奏団体の「響き」そして「巧さ」が決まるのだと思います。1人1人レベルだけでなく、オケ全体としてその響きに寄っていく、という、響きに対する統一されたイメージが必要になるからです。機械的、機能的に演奏しただけでは、オケとしての本当の良い響きは得られない、ということなのでしょう。

 私達も、こういった共通の「響き」のイメージを共有して、積極的に良い響きを出せるオケになりたいものですね。

 なお、インターネット上に「MIDIによる古典調律聴き比べのページ(http://s4.in12.squarestart.ne.jp/ )」というサイトを見つけましたので、興味のある方は行ってみてはいかがでしょうか。直接音を聴くことができます。(おしまい)

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