「シェエラザード」の同名異曲  〜次回第69回の演奏曲目に関して〜

2013年 1月14日 作成


 「シェエラザード」といえばリムスキー・コルサコフですが、必ずしも専売特許ではありません。
 「千一夜物語」は有名なお話しなので、いろいろな作曲家がこのお話しにまつわる曲を作っているようです。
 せっかくなので、ちょっと寄り道してみましょう。



 リムスキー=コルサコフ以外の「シェエラザード」としては、最も有名なのがラヴェル作曲の歌曲集「シェエラザード」でしょう。その他、同じくラヴェルの若書きである『序曲「シェエラザード」』、意外なことにシューマン作曲のピアノ曲集「子供のアルバム」Op.68(全54曲で、第10曲が有名な「楽しい農夫」)にも第32曲目に「シェエラザード」という小品があります。

1.ラヴェル作曲/歌曲集「シェエラザード」

 1903年に作曲され、1904年に初演された管弦楽伴奏による3曲からなる歌曲集です。ラヴェルの経歴の中では、比較的初期で、ピアノ曲では「古風なメヌエット」(1898年)、「亡き王女のためのパヴァーヌ」(1902年)に続き、「鏡」(1906年)、「夜のガスパール」(1909年)より前の頃です。実は、この当時までまともな管弦楽曲は作曲しておらず、この歌曲が管弦楽としてほぼ初めての曲というのが驚きです。そのぐらい、よくできています。
 歌曲集ですが、全部で3曲しかありません。トリスタン・クリングゾル(Tristan Klingsor:1874-1966、いかにもワーグナー狂信者のペンネーム!)の詩に曲付けされたソプラノ用の曲です。

   第1曲 「アジア」
   第2曲 「魔法の笛」
   第3曲 「つれない人」

 全体で約15分の曲ですが、第1曲目が特に目立つ歌曲集で、ラヴェルにしては、熱く、妖艶で、ちょっと湿度の高い曲です。
 第1曲「アジア」は、この曲集の演奏時間の半分以上を占める曲で、特にラヴェルの入れ込みが大きい「熱い」曲で、フランス語の「アジアよ、アジアよ、アジアよ」=「アジー、アジー、アジー」(暑い・・・)で開始されます。「Je voudrais (「ジュ・ヴドゥレ」=I'd like to ..) がフレーズごとに繰り返され、陶酔感を醸し出します。オーケストラはまさに極彩色の絵巻物です。フランスを出て、ペルシャへ、インドへ、そして中国までやってきますが、残念ながら日本には来ません。最後には、「シンドバッドのように、私の冒険を夢想好きの人たちに語ってやりたい」という一節も出てきます。歌詞対訳はこちらにありました
 第1曲に比べると、第2曲、第3曲はあっという間に終わってしまいます。
 第2曲「魔法の笛」は、おそらく邸宅の中の「囲われ者」の女性(それがシェエラザードということなのでしょうか)が、外から聞こえる恋人の笛に心騒ぐが、笛は去っていく、というメランコリックな曲。フルートが切なく歌います。歌詞対訳はこちら
 第3曲「つれない人」はシェエラザードというよりは、むしろ娼婦宿のようです。イケメンがやってきて、心がときめくが、若者はそのまま通り過ぎてしまう・・・。歌詞対訳はこちら

 私は3種類の演奏を持っています。ソプラノのレジーヌ・クレスパン(1927〜2007)とアンセルメ指揮スイス・ロマンド管の古い録音ですが、とてもよい演奏だと思います。ジェシー・ノーマンのソプラノ、コリン・ディヴィス指揮ロンドン交響楽団の演奏も歌い回しのうまいよい演奏です。サイモン・ラトルがバーミンガム市交響楽団を指揮したラヴェル、ドビュッシー作品集には、マリア・ユーイングの歌った「シェエラザード」が入っていますが、上の2者に比べると少し落ちます。

 ちなみに、この曲は、当時出入していたサロンの主催者バルダック夫人に献呈されているそうです。バルダック夫人(エンマ)は、当時師匠フォーレの愛人だったらしく、エンマの娘エレーヌ(愛称ドリー)のためにフォーレは組曲「ドリー」を作曲しています。しかし、後にエンマはドビュッシーと駆け落ちし、ドリーはドビュッシーの義理の娘になるとともに、エンマとの間に愛称シュシュと呼ばれる娘(クロード=エンマ)が生まれます。ドビュッシーの「子供の領分」はこのシュシュのために作曲されています。
 まあ、同時代人なのでニアミスはいろいろあったと思いますが、フランス人のこういう人間関係は、どうも複雑すぎます・・・。

2.ラヴェル作曲/序曲「シェエラザード」

 パリ音楽院の学生時代に、『千一夜物語』に基づくメルヘン・オペラの作曲の構想を練っていましたが、完成せず、1898年に作曲した管弦楽曲だけが残りました。1899年にラヴェル自身の指揮で初演されたようですが、作曲者本人も満足せずお蔵入りになってしまったようです。それが、ラヴェル生誕100周年の1975年に再発見され、初めて出版されたようです。
 取り立てて優れた曲でもなく、かといって単なる習作ではなくラヴェルらしさの萌芽は見られます。演奏時間は約15分。

 通常の「ラヴェル管弦楽曲集」のCDに含まれることは少なく、音源は限られるようです。
 私は、ジュン・メルクル指揮リヨン国立管の比較的新しい録音(ナクソス盤)を持っています。

3.シューマン作曲/ピアノ曲集「子供のためのアルバム」Op.68 から第32曲「シェエラザード」

 シューマンの「子供のためのアルバム」は、ピアノのための54曲の小品集で、シューマンの長女マリーの誕生日のプレゼントとして作曲された数曲に、その後次々に追加して「クリスマス・アルバム」と呼ばれていた曲集で、子供向けに作られている。
 第10曲「楽しい農夫」が有名です。
 ただし「子供のための・・・」というタイトルもあって、かつ全部で54曲もあって、あまり演奏も録音もされないようです。

 この中の第32曲「シェエラザード」は、エキゾチックとか妖艶とは無縁の、メランコリックで物悲しい曲でした。前半、後半を各々繰り返しても3〜4分程度の曲です。シューマンは、どのような物語をイメージして作曲したのでしょうか。

 私が持っているのは、エリック・ル・サージュというフランス人ピアニストの演奏でシューマンのピアノ曲全集です。最新録音で演奏も良いにもかかわらず、13枚組で\3,590という信じられない値段です。

 なかなか音源がないので、必要ならYouTubeのシューマン作曲「シェエラザード」などで聴いてみましょう。



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