ヴァーグナー家とバイロイト音楽祭 〜「パルジファル」の関連情報〜

2011年 6月 15日 初版作成


 横浜フィルハーモニー管弦楽団の第66回定期演奏会で、ヴァーグナー作曲の舞台神聖祝典劇「パルジファル」からの抜粋を取り上げます。ヴァーグナーに関する知識として、作曲者リヒャルト・ヴァーグナーから現在まで続くヴァーグナー家の歴史とバイロイト音楽祭に関する話題を。



1.バイロイト音楽祭

 バイロイト音楽祭は、自分の楽劇の理想的な上演を目指したヴァーグナーが、バイエルン国王ルートヴィヒ2世の財政援助でバイエルン州の小都市バイロイトに劇場を建て、1876年に第1回目が開催された、ヴァーグナー家の私的な音楽祭です。第1回は大赤字で、1882年まで次の2回目を開催できない状態だったようです。その後も、休みの年もはさみながら開催されたようです。
 ヴァーグナーの熱狂的なファン(「ワグネリアン」と呼ばれます)にとっては、バイロイトは「聖地」であり、バイロイト音楽祭を聴きに行くことは「バイロイト詣で」と呼ばれます。

 バイロイト音楽祭の概要は、ウィキペディアを参照ください。

 バイロイト音楽祭の最新情報は、バイロイト音楽祭の公式ホームページを参照下さい。(トップページで「English」を選べば英語で見られます)

 第二次大戦の終戦までのバイロイトの歴史は、現在では意図的に表に出していないようです。このため、バイロイト音楽祭の公式ホームページには歴代のバイロイト音楽祭の演目と出演者のデータベースが掲載されていますが、載っているのは第二次大戦後に限られています。
 戦後最初の1951年のバイロイト音楽祭初日は、1951年7月29日(日)に、フルトヴェングラーの指揮でベートーヴェンの第九が演奏されています。名演の誉れ高い歴史的な演奏ですね。

 2011年のバイロイト音楽祭の演目はこちら

 2011年のバイロイトでは、「パルジファル」は7月28日(木)、8月3日(水)、8月9日(火)、8月15日(月)、8月21日(日)、8月27日(土)の計6回上演されるようです。
 バイロイトの「パルジファル」は、2008年からノルウェー出身のシュテファン・ヘアハイムが演出して、かなり現代的な内容となっているようです。指揮はダニエル・ガッティで、2008年にはクンドリを藤村美穂子さんが歌ったようです。
 その前のクリストフ・シュリンゲンジーフによる演出は、あまり評判がよくなかったようです。
 興味があれば、日本ワーグナー協会のホームページに観劇記がありましたのでご覧下さい。
 舞台の写真もありました(写真もインターネット販売のようですね)。

 また、こちらには2011年のバイロイト音楽祭管弦楽団の演奏者リストが載っています。ドイツ中のオーケストラから集まっていますね。このオケの参加資格は良く分かりませんが、弦楽器にも日本人らしき名前がないようなので、「ドイツ国籍」が必要なのかもしれません。ただし、ホルンにはベルリン・ドイツ・オペラの石川博達氏の名前あり。
 

2.ヴァーグナー家の家系

 リヒャルト・ヴァーグナーが1883年に亡くなった後も、バイロイト音楽祭は、ヴァーグナー家が主宰する私的な音楽祭として行われ続けます。
 リヒャルト亡き後は、未亡人コジマがヴァーグナー家当主としてバイロイト音楽祭を主宰します。
 コジマと息子のジークフリートが1930年にあいついで亡くなった後は、ジークフリート未亡人ヴィニフレート(リヒャルトから見ると息子の嫁)が音楽祭を主宰します。ヴィニフレートはヒトラーの崇拝者であり、ヒトラーがヴァーグナーの音楽を熱愛していたことから、バイロイト音楽祭はナチスの強力な支援を得で国家的行事となります。このことが、ヴァーグナーとバイロイトに付きまとう歴史的な汚点となります。

 ヴィニフレートは、まだ駆け出し右翼青年であったヒトラーの思想に共感し、またヒトラーも1923年に熱狂的に崇拝していたヴァーグナーの聖地バイロイトを訪れ、ヴァーグナー邸(ヴァーンフリート館)でジークフリート・ヴァーグナーとヴィニフレートに面会しています。
 1923年のいわゆる「ミュンヘン一揆」(ヒトラー率いる武装右翼によるバイエルン政府に対する軍事クーデター)によって逮捕・投獄されたヒトラーに対し、ヴィニフレートは面会したり差入れを行ったりして、ヒトラーが獄中で「我が闘争」を執筆する便宜を図ったようです。
 ヒトラーは、1925年に刑務所を出所した後、政治活動を制限されている最中も、バイロイトのヴァーグナー邸をしばしば訪れ、ヒトラー支持者であったヴィニフレートともに、その息子ヴィーラントヴォルフガング兄弟からも「ヴォルフおじさん」と呼ばれてなつかれていたそうです。
 そして、1930年のコジマとジークフリートの相次ぐ死によって、30歳そこそこでヴィニフレートがヴァーグナー家の当主を引き継いだときは、折からの第一次大戦の多額の賠償と1929年に発生した政界大恐慌とからドイツ社会は混乱し、バイロイト音楽祭も苦境に立っていました。これを支えるため、当時ドイツ国会で急激に成長して第2党となっていた政治勢力の党首であり、かつての「貸し」のあるヒトラーに支援を求めたようです。そして、その後1933年にナチスは第一党となり、ヒトラーは首相となって合法的に独裁への道を歩みます。
 ヴィニフレートについては、下に挙げた参考文献も参考にしてください。1980年に亡くなるまで、ヒトラーとの友情を否定することはなかったそうです。
 ナチス時代のバイロイト祝祭劇場

 第二次大戦後、ヴィニフレートはナチス協力により音楽祭から追放され、その息子(リヒャルトの孫)のヴィーラントヴォルフガング兄弟が音楽祭を引き継ぎます。長い中断期間を経て、1951年に有名なフルトヴェングラー指揮のベートーヴェン「第九」でバイロイト音楽祭は再開されました。

 兄ヴィーラントが1966年になくなった後、弟ヴォルフガングが長年バイロイト音楽祭を取りしきりました。現在DVDになっているバイロイトの上演では、かなりの「ヴォルフガング・ヴァーグナー演出」を見ることができます。
 ヴォルフガングは晩年の2008年までバイロイトの総監督(Gesamtleitung)を務めますが、2009年からはヴォルフガングの娘である(リヒャルトのひ孫)エファ・ヴァーグナー=パスキエ(1945年生まれ)とカタリーナ・ヴァーグナー(1978年生まれ)が共同で音楽祭を主宰しています。(ヴォルフガング自身は2010年に亡くなります)エファとカタリーナは、異母姉妹で親子ほどの歳の差があります。ヴォルフガング自身はカタリーナに継がせたかったようですが、一族および後援組織の意向としてこの形に落ち着いたようです。
 カタリーナは、演出家として、2007年から「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の演出を手がけているようです。写真を見ると、なかなかの美人ですね。

<ヴァーグナー家の家系図> (代表的な人物のみを記したもので、全員を載せているわけではありません)
   カタリーナ・ヴァーグナー

3.参考文献

(1)「ヒトラーとバイロイト音楽祭〜ヴィニフレートワーグナーの生涯:上 戦前編 1897-1938」(叢書・20世紀の芸術と文学) \3,990
   ブリギッテ・ハーマン(著)、吉田 真(監修)、鶴見 真理(翻訳) アルファベータ社

(2)「ヒトラーとバイロイト音楽祭〜ヴィニフレートワーグナーの生涯:下 戦中・戦後編 1938-1980」(叢書・20世紀の芸術と文学)) \3,990
   ブリギッテ・ハーマン(著)、吉田 真(監修)、鶴見 真理(翻訳) アルファベータ社

【内容紹介】 〜出版社の口上を載せておきます〜
 バイロイト音楽祭に情熱を捧げ、二つの世界大戦と戦後をヒトラー側の人間として生きた女性の波瀾に富んだ生涯を、膨大な資料をもとに再現。
 20世紀そのものを描いた歴史書といえる評伝。

 ヴィニフレートは、1897年に英国人に生まれたが、両親とも幼いときに亡くなったため、ドイツの親戚の養女となり、18歳で46歳のジークフリート・ワーグナー(作曲家リヒャルト・ワーグナーの息子)と結婚。ドイツ音楽界に君臨する一族の嫁となる。
 4人の子を産んだ後、1930年、33歳の若さで夫ジークフリートを亡くし、バイロイト音楽祭総監督として切り盛りしていくこととなった。
 時代は、ナチ政権誕生前夜。
 ヒトラーが政権を取る前の不遇な時代からヴィニフレートは彼を支援し、政権獲得後は、ヒトラーがヴィニフレートとワーグナー一族、そしてバイロイト音楽祭を支援した。
 戦時下は、総統の指令で音楽祭が挙行されたのだ。

 一方、ヴィニフレートはヒトラーとの関係を駆使して、多くのユダヤ人を救った側面もある。
 ヒトラーと最も長く深い関わりを持った女性として、戦後厳しく批判されながらも、ヒトラーとの友情を否定せず、1980年まで生き抜いた。
 死の数年前のインタビューで彼女は言った、「もしヒトラーが今日、今、ドアを開けて入ってきたら、また一緒に過ごせるのね、心から嬉しいと喜ぶわ」。
 情熱の女性、ヴィニフレートの生涯を縦軸に、ナチスの時代を縦横無尽に描いた大著。

 戦争が始まっても、バイロイト音楽祭は続く。ヴィニフレートはユダヤ系の人々の救援活動によってナチ政権との緊張が高まり、ヒトラーと会えないまま敗戦を迎えた。 戦後、ヴィニフレートは非ナチ化審査を経て引退するが、ヒトラーとの友情を否定しなかった女性として改めて注目されるようになる。価値観が激変した時代の人々の生き様を、膨大な資料をもとに浮き彫りにする、20世紀そのものを描いた歴史大作。

(3)「作曲家・人と作品 ワーグナー」 吉田 真(著) ¥1,575 (音楽の友社)

(4)今は絶版のようですが・・・
「ヴァーグナー家の人々―30年代バイロイトとナチズム」 清水 多吉(著) (中公文庫) (中央公論社)



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