ワーグナー「さまよえるオランダ人」と「ローエングリン」のオペラ案内 〜次回・第61回定演の演奏曲

2008年 11月 30日 初版作成
2008年 12月 12日 一部追加


 次回演奏曲のスコア情報でも少し触れましたが、あらためてオペラ全体のお話をしましょう。参考にしてください。
 ワーグナーの2つのオペラ、「さまよえるオランダ人」と「ローエングリン」についてご案内しますが、どちらか一方ということであれば、まずは「ローエングリン」を聴くことをお勧めします。



1.ワーグナー/歌劇「さまよえるオランダ人」

 ワーグナーの出世作で、この作品によりオペラ作曲家として認められるようになったもので、ワーグナーの全13作のオペラのうちの第4作目にあたります。

 ただし、中身はややワーグナーらしさに欠け、ウェーバーか、はたまたイタリアオペラか、という場面が多いように思います。逆に言うと、ワーグナーが苦手な人にも受け入れやすいかも。

 あらすじは、このサイトが分かりやすいようです。
 または、スコアのガイド記事にも書いた
こちらのサイト

 呪いによって昇天できずに海をさまよい、7年ごとに許される上陸のときに永遠の真心を捧げる女性によってのみ救われるオランダ人船長を、女主人公の娘ゼンタが永遠の真心を誓うことで救う物語(といっても、失望して再び航海に出る船長に、海に身を投げることで永遠の真心を証明することで船長も昇天する、という、決してハッピーエンドではない物語)。
 ストーリー的には、女主人公のゼンタが何故オランダ人船長に惹かれるのか、どうして我が身を犠牲にしてまで救済するのか、その辺の必然性がはっきりしません。演出によっては、物語全体がゼンタの妄想の世界、というものもあるようです。
 また、私の持っている2種類の上演では、最後でゼンタが身を投げることはせず、特にベルリン・ドイツ・オペラの演出では、ゼンタはオランダ人と手に手を取り合ってハッピーエンド風になっています。それはそれで違和感はないように思います。

 日本語字付きの全曲盤DVDは、1種類しかないようです(1985年バイロイトのライブ盤)。

さまよえるオランダ人DVD1983 オランダ人:サイモン・エステス
ゼンタ:リスベート・バルスレフ
ダーラント:マッティ・サルミネン
エリック:ロベルト・シュンク
マリー:アニー・シュレム
舵取り:グレアム・クラーク
バイロイト祝祭管弦楽団
指揮:ウォルデマール・ネルソン
演出:ハリー・クプファー
収録:1985年6月18〜24日、バイロイト祝祭劇場

 我が家には、ベルリン・ドイツ・オペラの1998年来日公演の録画(指揮はクリスティアン・ティーレマン、演出はゲッツ・フリードリヒ)、2005年のブリュッセル・ベルギー王立モネ劇場で大野和士氏が指揮した録画の2種類がありますが、いずれも非売品のようです。

 序曲には、このオペラの中の曲やライトモティーフが圧縮されていますので、序曲と対応する部分を簡単にまとめてみます。

 まず、最初にホルンで登場する雄たけびが「呪われたオランダ人の動機」です。オペラの中にも、いたるところに登場します。ここから始まる序曲の最初の部分が、第3幕の幽霊船の水夫たちの合唱に相当します(64小節まで)。
 次に65小節から出るのが、「救済の動機」で、コールアングレを中心にした木管アンサンブルで登場します。ここは「救い」「癒し」の音楽です。第2幕でゼンタが「さまよえるオランダ人」の言い伝えを語りオランダ人を救うのは自分だと歌う場面ゼンタとオランダ人が出会い永遠の真心を誓う場面などに登場します。
 97小節目からの激しい部分は、第1幕でオランダ人が登場し自分の呪われた運命を語る部分に相当します。この部分の弦楽器のモティーフが「さすらいの動機」、101小節から木管に出るモティーフが「死への憧れの動機」ということのようです。
 この途中で、167小節目からホルンと木管にちらほら顔を出すのが、水夫の合唱のモティーフです。179小節目では、突然ホルンによる水夫たちの「ハロホー」という掛け声が割って入ります。これが盛り上がり、195小節目からの「ヨホヘー、ヨホヘー」の掛け声を経て、203小節目からが水夫の合唱の本体となります。帰港の喜びで、酒に酔った水夫たちの馬鹿騒ぎです。
 その後、235小節の再びオランダ人のモティーフが登場するあたりから、各種モティーフが次々に登場します(ちょっとしつこい・・・)。
 そして、序曲の最後(328小節以降)は、オペラの最後の場面で、「救済の動機」でオランダ人が救われたことを暗示して終わります。
 

2.ワーグナー/歌劇「ローエングリン」

 「ローエングリン」は、ワーグナーのオペラ第6作目にあたります。(第4作「さまよえるオランダ人」、第5作「タンホイザー」に続いて作曲)
 中世の聖杯守護の騎士ローエングリンを主人公にしたオペラで、ワーグナーに心酔していたバイエルン国王ルートヴィヒ2世が、このローエングリンに自分を投影して時代錯誤の「ノイシュヴァンシュタイン城」を作ったことは有名ですね(19世紀後半、日本は明治時代でした)。ローエングリンは劇中で白鳥の曳く小舟に乗って登場することから「白鳥の騎士」と呼ばれます(下のDover版大型スコアの表紙がこの場面の絵です)。「ノイシュヴァンシュタイン城」の「シュヴァン」は白鳥ですね。
 ちなみに、ローエングリンの父親がパルシファル(ワーグナーの最後のオペラ)です。

ノイシュヴァンシュタイン城 ノイシュヴァンシュタイン城・・・2009年6月に行きました!
(でも修復工事中・・・)

 こちらは、山中に架かったマリエン橋から見た「裏側」です。

ノイシュヴァンシュタイン城 ノイシュヴァンシュタイン城

 こちらは、表参道から見上げた「表側」です。

 城の中(撮影禁止)には、白鳥の装飾がいっぱい・・・。
 居室には、ローエングリンの絵が壁一面に描かれていました。


 歌劇「ローエングリン」のあらすじはこちら、またはこちらで。

 横浜フィル第61回定演では、第1幕への前奏曲第3幕への前奏曲と並んで、その間に「エルザの聖堂への行進」を演奏します。

 「エルザの聖堂への行進」は、第2幕後半(全5場のうちの第4場)で、貴族たちが居並ぶ中、エルザ姫が教会に向かう場面で演奏されます。木管による清楚なアンサンブルで始まり(比較的厚めの響きなので、R.シュトラウスの13管楽器による「セレナード」に近い響きですね)、後半には貴族たちのエルザ姫への祝福の言葉による合唱が加わります。今回の編曲では、この合唱の部分をトロンボーン、低音木管(クラ、ファゴット)が分担しているようです。
 オペラの中では、この行進の最後の部分でオルトルート(悪役の魔女)が行列をさえぎるので、きちんとした終止にはなりませんが、この編曲では、最後の4小節が終止のハーモニーとエンディングとして追加されているようです。
 このオルトルートによって、エルザや居並ぶ貴族たちにローエングリンの素性(この段階では名前すら分かっていない)に対する疑念や不安が植えつけられ、エルザの中で増殖していくことにより、次の第3幕での誓い破りと破局を引き起こす原因となるのでした。

 第3幕への前奏曲に続き、有名な婚礼の場(第3幕第1場)で「婚礼の合唱」が歌われます(いわゆるワーグナーの「結婚行進曲」ですな)。前奏曲の最後の部分に、婚礼の場へのつなぎの部分が入っていますね。(でも、この曲を結婚式で使うのは、そのすぐ後に訪れる破局を考えると、ちょっと考えものです・・・)

 なお、今回の第3幕への前奏曲の最後は、オペラでの「婚礼の場」に続くバージョン(ブライトコップの楽譜は「婚礼の場」のさわりの部分で終わるようになっている)ではなく、「トスカニーニ・エンディング」という終止形を使うそうです。これは、一通りの前奏曲が鳴り渡った後に「質問禁止のモティーフ」(チャイコフスキーの「白鳥の湖」のテーマにちょっと似ている)が鳴り響き、最後にこの前奏曲冒頭の金管が駆け登るファンファーレ(これは国王が登場する場面に鳴り響くファンファーレの一部です)が繰り返されて華やかに終わります。

 婚礼の場の後、エルザが誓いを破って素性を自分だけにはあかして欲しいとローエングリンに迫ったため、ローエングリンは結婚を破棄し、貴族たちを呼び集め、第3幕の最終場面(オペラの最終場面)で自分の素性を語ります。この部分の背景に第1幕の前奏曲が流れます。

 言葉で説明しても、なかなか実感が湧かないと思いますので、せっかくなのでオペラ全曲を聴いてみてはいかがでしょうか。「さまよえるオランダ人」に比べると、濃厚にワーグナーらしさが出ていますが、後の楽劇に比べればとっつきやすいと思います。

 オペラ全曲のDVD(日本語字幕つきの国内版)としては、アバド指揮ウィーン国立歌劇場(ローエングリンをプラシド・ドミンゴが歌っている)1982年のバイロイト音楽祭ライブ(指揮はウォルデマール・ネルソン)(ライブといっても上演の映像ではなく観客なしの舞台での撮影)、ケント・ナガノ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団(2006年バーデンバーデンのライブ)があるようです。
 このうち、ケント・ナガノ盤は、ニコラウス・レーンホフの極めて斬新な演出で、ローエングリンは銀色のスーツ姿で登場するし、第3幕第1場の婚礼の場は何故かカットされています(婚礼の合唱の後半が舞台裏から聞こえるのみ)。でも、演奏はなかなかの名演、録音の音質も上々だと思いますが・・・。
 ということで、オペラとして観るなら、アバド盤、あるいは1982年のバイロイト音楽祭ライブが良いように思います。

 なお、1982年のバイロイト音楽祭ライブ盤については、小学館から「小学館DVD BOOK」 としても発売されているようですので、こちらを選択することもできます(定価\3,990なので、DVD単体で買うよりも安い)。

ローエングリンDVDアバド プラシド・ドミンゴ(ローエングリン)
シェリル・ステューダー(エルザ)
ハートゥムート・ウエルカー(テルラムント)
ドゥーニャ・ヴェイソヴィッチ(オルトルート)
ロバート・ロイド(国王ハインリヒ)
演奏:ウィーン国立歌劇場管弦楽団
指揮:クラウディオ・アバド
演出:ヴォルフガング・ウェーバー

ローエングリンDVD1982 ローエングリン:ペーター・ホフマン
エルザ:カラン・アームストロング
オルトルート:エリザベス・コネル
テルラムント:レイフ・ロール
国王ハインリッヒ:ジークフリート・フォーゲル
軍令使:ベルント・ヴァイクル
管弦楽:バイロイト祝祭管弦楽団
指揮:ウォルデマール・ネルソン
演出:ゲッツ・フリードリヒ
1982年 バイロイト音楽祭

ローエングリンDVD2006 ローエングリン:クラウス・フロリアン・フォークト
エルザ:ソルヴェイグ・クリンゲルボルン
オルトルート:ヴァルトラウト・マイアー
テルラムント:トム・フォックス
領主ヘルマン:ハンス=ペーター・ケーニヒ
軍令使:ロマン・トレケル、他
ベルリン・ドイツ交響楽団
指揮:ケント・ナガノ
演出:ニコラウス・レーンホフ
収録:2006年6月、バーデンバーデン祝祭劇場(ライヴ)

(補足)保守的でオーソドックスな写実的演出は、レヴァイン/メトロポリタン歌劇場(アウグスト・エファーディング演出)が良いようですが、国内盤は出ていないようです。上記の1982年バイロイト・ライブ(演出はゲッツ・フリードリヒ)、私の持っている1990年のバイロイト(指揮はペーター・シュナイダー、演出はヴェルナー・ヘルツォーク。現在国内盤は出ていないようです)は、写実的というよりはやや象徴的・抽象的な演出ということのようです。
  


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