「なんちゃってウィンナ・ワルツ」講座

2007年 12月 2日 初版作成
2008年 5月11日 演奏会終了に伴う変更


 横浜フィルハーモニー管弦楽団の第59回定期で、J.シュトラウスの「皇帝円舞曲」を演奏しました。横フィルの定期でウィンナ・ワルツを取り上げるのは、第3回の「春の声」以来ではないでしょうか。
 ということで、本場のウィンナ・ワルツとはどういうものかを論じたいのですが、私は残念ながらウィーンに行ったことがありませんので、その資格はありません。(オーストリアとしては、ミュンヘンから鉄道でザルツブルクまでは行ったのですが・・・)
 でも、ウィンナ・ワルツは昔から大好きです。ということで、門前の小僧が「ウィンナ・ワルツらしく」演奏するコツ、題して「なんちゃってウィンナ・ワルツ」講座を開くことにしましょう。



0.はじめに

 ウィンナ・ワルツの特徴が、リズムの「訛り」にあることはご承知のとおりです。
 でも、ウィンナ・ワルツのキーワードは、何よりも「おしゃれに」「小粋に」ということだと思います。ウィーン風のリズムの訛りが「おしゃれ」「小粋」だからこそ、それをまねようと言うことです。しかし、リズムの「訛り」だけをいくらウィーン風にしても、ダサい演奏ではウィンナ・ワルツにはなり得ません。
 逆に、リズムの訛りがなくとも、「おしゃれ」「小粋」であれば、それなりのウィンナ・ワルツの演奏は可能です。現に、カラヤンがベルリン・フィルを始め、ウィーン以外のオーケストラが演奏したウィンナ・ワルツもたくさん存在します。ただし、この場合であっても、「始めから終わりまで几帳面な均等3拍子」でないことだけは確かです。

 要は「センス」ということに帰着するのだと思います。

 横フィルの皇帝円舞曲が、どちらのアプローチをするのかは、指揮者のやり方によりますが、オケの側として基本的にどのようなアプローチで行くかを決めておく必要があります。
 ここでは、「ウィーン風のリズムの訛り」を真似るときのやり方を解説しますが、それが唯一の演奏方法ではないことをお断りしておきます。

(注)日本人が演奏するのだから、ウィーン風の訛りを真似するのはおかしい、という議論もあり得ます。しかし、我々がベートーヴェンやブラームスを演奏するとき「ドイツらしく」演奏し、チャイコフスキーやショスタコーヴィチを「ロシア風」に、ラヴェルを「フランス風」に演奏するように、J.シュトラウスを演奏するときに「ウィーン風」に演奏することは当然といえば当然ではないでしょうか。恥ずかしがらずに・・・。



1.ウィンナ・ワルツは1拍子

 ウィンナ・ワルツは、3拍子ではなく1拍子と考えるべきものでしょう。1小節を1拍子でとり、1小節内は3等分ではなく不均一、しかも場面によって分割のしかたが微妙に変化します。この場面によって変化させるコツが、ウィンナ・ワルツの奥義かもしれません。
(注:3拍子ではない、と言いながら、以下の説明では便宜的に1小節を3拍に分けて「2拍目」などと呼んでいます。あしからず)

2.基本リズム

 よくウィンナ・ワルツの特徴と言われるのが、「2拍目がちょっと前に飛び出す」ことです。
 このリズムの崩し方は、おそらくワルツがまさしく踊りの音楽であったことに由来していると思います。

 上品な3拍子舞曲であったメヌエットや、ウィーンの古い民謡調のレントラーが、19世紀のウィーンで男女が体を密着させて急激に乱舞するワルツに発展し、大流行しました。このような「ふしだら」な踊りを、はじめ当局は禁止しましたが、貴族の間で密やかに踊られ、ナポレオン後のウィーン会議で「会議は踊る、されど進まず」と言われたように大人気となります。体制維持を図るため、ときのハプスブルク帝国宰相のメッテルニヒは、慎ましやかな市民生活「ビーダーマイヤー」とともに、このワルツを解禁して市民の目を政治からそらそうとします。その意図は大当たりで、ウィーンでは、貴族から市民層までこのワルツに熱中し、父ヨハン・シュトラウス1世は一躍トップスターに、しかも宮廷舞踏会にも出入を許される破格の待遇を獲得します。

 私は、ワルツを踊れませんが、ニューイヤーコンサートの映像などで見る限り、かなりの高速で回転しながら踊るもののようです。(くるくる回るので、日本名は円舞曲)
 ワルツのステップはよく分かりませんが、インターネットで調べた限りでは、両足をそろえた状態から、

(1)1歩目を前に踏み出し(左足を前に)
(2)2歩目を大きく踏み出し(右足を右前横に)
(3)3歩目で左足を右足横に持ってきて、両足がそろって準安定。

そこからまた次の1歩目を踏み出し、という繰返しのようです。(次の3歩は、左右と前後が入れ替わり、男女ではそれぞれが逆になります。下記のステップ図も参考にしてください)

 3歩それぞれに体重が乗って安定(メヌエットはいかにもそんな感じですね)というものではなく、両足がそろって安定するのは3歩目のみで、1歩目から2歩目にかけて、かなり激しく体重移動や回転があるようです。2歩目の踏み出しが最も大きく、しかも1歩目の後半から体を浮き上がらせる、という動作も入るようなので、2歩目はかなり早くから動作を開始する必要があり、テンポが速くなるほど2拍目が前に飛び出す、という理由のようです。(ここは私の勝手な理屈なので、信憑性はアヤシイです)
 ですから、ゆっくりしとやかに踊るときはバランスを保って動くのでほぼ均等な3拍子に近く、速いテンポで激しく回転して踊るときにはアンバランス度が大きいので2拍目の飛び出しも大きくなる、というふうに、テンポや状況によって2拍目の飛び出し加減が微妙に変化するようです。

 踊りのステップはともかく、

(1)2拍目がちょっと前に飛び出す
(2)2拍目の飛び出し加減はテンポや状況によって微妙に変化する
  (テンポが速くなるほど、フォルテで激しくなるほど、飛び出し方が大きくなる)

の2つを基本にすれば、あたらずとも遠からずの演奏ができそうです。

(注)人によっては、「ウィンナ・ワルツは、2拍目だけでなく、3拍目も前に飛び出す」とおっしゃる方もいます。事実、音友版の「皇帝円舞曲」スコアの解説にもそのように書いてあります。「第2音と第3音とは、ごくすこし早めに鳴らす(「ウンパーパー」でなく「ンパーパー・」のように)」
 でも、私は「3拍目も前に出る」ことには「?」です。それって、単に前詰まりでだらしないだけでは?
 上にも書いた舞踏としてのワルツのステップからしても、3拍目はある程度規則正しいリズムに乗らないと、体の移動が安定しないと思います。
 ただひとついえるのは、マーラーにもよく出てきますが、フレーズ最初のアウフタクトがすこし長めになり、アウフタクトから小節線をまたいだ強拍までの間に、ちょっと持って回ったような「間」があることがあります。これが4小節あるいは8小節フレーズごとに出て来ると、この部分は3拍目と次の1拍目の間が微妙にあいて、あたかも3拍目が前に出たように聞こえるのかもしれません。でも、これは「3拍目が前に飛び出す」という言い方は正確ではなく、むしろ「次の小節に移るときに、微妙に間が空く」というべきでしょう。
 この「次の小節に移るときの微妙な間」も、確かに「ウィーン風なまり」のひとつであると思います。

3.ウィンナ・ワルツの典型的パターン

 上の原則が特徴的に現れるのが、

(1)ウィンナ・ワルツの特徴的なリズム:譜例「A」のリズム
(2)2拍抜けのメロディ(特にフォルテで演奏される場合)

です。

(1)ウィンナ・ワルツの特徴的なリズム
 2拍目が前に飛び出すということで、譜例「A」のリズムが、1拍目の細かい音符が寸詰まり気味になり、楽譜で書くと、ちょっと極端ですが「B」のように演奏されます。
 この「A」のリズムをまじめに均一に演奏したら、それは何とも野暮ったい演奏になってしまいます。

 このリズムは、皇帝円舞曲ではあまり出てこないのですが、第2ワルツの33小節目あたりに見られます。

(2)2拍目抜けのメロディ
 ウィンナ・ワルツのメロディには、2拍目が抜けたものが多く見受けられます。
 このメロディの抜けた2拍目に、後打ちリズム(ホルン、ヴィオラなど)が前に飛び出して聞こえる、というのが、いかにもウィンナ・ワルツらしいパターンです。
 この例としては、「美しく青きドナウ」に数多く見受けられるのですが、皇帝円舞曲に関してはなぜかほとんど皆無です。これは、ベルリンで初演することを前提に作曲されたことと関係があるのでしょうか(「ヨハン・シュトラウス〜ワルツ王と落日のウィーン」小宮正安・著(中公新書)中央公論新社にあるように、この曲、実はオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフではなく、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世に献呈しようと作曲された節があるとのこと)

 これは、「2」に書いたウィンナ・ワルツの特徴に対応したもので、2拍目が抜けたメロディは踊りやすい、ということだろうと思います。



4.皇帝円舞曲への応用

 それでは、皇帝円舞曲に関して、「なんちゃってウィンナ・ワルツ」流の注意点をまとめてみましょう。小節番号は、音友版スコアによります。
 これは、私の個人的な「感じ」を書いてみただけなので、あくまでも参考・ヒントです。演奏に当たっては、指揮者の指示に従うのが当然ですが、指示のない部分、あるいはそれ以前のオケとしてのベーススタイルとして、こんな感じでやってみたらどうかな、という一例です。
(私自身も、もっと聴き込んだり演奏してみると、変わってくる部分があるかもしれませんので、あしからず)

(0)序奏
 皇帝の入場行進といった厳かな2分の2拍子。特にウィンナ・ワルツとしての注意点はありませんが、29小節目からのテーマは第1ワルツのテーマになります。

(1)第1ワルツ
 序奏のテーマに基づく第1部と、20小節目からの第2部から成ります。これを2回繰り返し、38小節目から2回目の第1部、54小節目から2回目の第2部です。

 第1部は、序奏のテーマに基づく優雅なもので、オーボエに均一な3拍リズムが出てくることから、ウィンナ・ワルツ風ではなく、均一な3拍子で演奏することが多いようです。最後の2小節でちょっとテンポアップし、第2部(20小節目から)は、2拍目が前に出るウィンナ・ワルツ風になります。

 35小節目からの3小節をブリッジにして、38小節目から第1部に戻ります。ここも1回目と同じ均一な3拍子。
 54小節目から、2回目の第2部ですが、デュナーミクが pp に変わっています。一種のフェイントですが、pp になったことで、リズムも均一3拍子にして、62小節目で再び ff に戻ったところからウィンナ・ワルツ風にして前半後半で差を付ける、というのが面白いと思います。

(2)第2ワルツ
 mfp のコードに導かれた優雅なテーマの第1部と、「3」に述べたウィンナ・ワルツの特徴的なリズム(楽譜A)が出てくる31小節目からの第2部から成ります。

 第1部では、最初の2回のコードが mfp であるのに対し、3回目(9小節目)は p のまま、4回目(第2フレーズの1回目、17小節目)は f という変化を区別して際立たせることが必要でしょう。

 第2部では、特徴的なリズム(楽譜A)と中抜けリズムというウィンナ・ワルツ特有の部分ですので、2拍目が前に出るウィンナ・ワルツ風リズムを強調する部分です。

(3)第3ワルツ
 4小節の前奏に続き、4〜35小節の第1部と、この曲で最も強奏される36小節目からの第2部から成ります。

 前奏のトランペットのファンファーレ(1小節目)は、均等3拍では野暮ったいので、「2拍目が前に飛び出す」原則から、2拍目裏が前に飛び出す「先食い」リズムが決まるとカッコいいのですが・・・。このため、2小節目の頭が飛び込んでもかまわないと思います。

 第1部は、優雅な8小節(A)とコードをぶつけるような8小節(B)の組合せが2セット。特にBの8小節は、2拍目が前に出るウィンナ・ワルツ風リズムを強調する部分でしょう。

 第2部は、メロディラインに均等3拍が出てくることと、1st ヴァイオリンの伴奏音形から、均等3拍で演奏せざるを得ない部分ですが、ここを2拍目が前に出るウィンナ・ワルツ風リズムで演奏できたら本場ものでしょう。1st ヴァイオリンがそれらしく演奏できれば、決して不可能ではありません。スラー部分を走り気味に、スタカート部分をじっくりと弾けばそうなるように書かれているのだと思います。

(4)第4ワルツ
 これも前奏付きですが、4小節目は第1部の始まり。リピート記号の中が第1部。リピートを出た21〜47小節が第2部。48小節目からが第1部の再現。

 第1部の頭である4小節目は、2拍目がほとんどフェルマータ状態となります。通常は、次の小節でインテンポに戻りますが、指揮者によっては5〜6小節目をかけてテンポを戻すやり方もあるようです。
 同じパターンの12小節目はインテンポで進むのが普通ですが、最初と同じ場所となるリピートのカッコ1の2小節目は、再びフェルマータとなります。

 第2部はほぼ均一な3拍子。

 第1部に戻る48小節目は、再びフェルマータ。

 第4ワルツの最後にセーニョマークがありますが、私の聴いた演奏では、例外なく第1カッコを省略して、すぐにコーダに進んでいます。戻るとすると、前奏直後の第1部まで戻って、全曲をもう1度繰り返すことになるのでしょうか。それはちょっと冗長だと思うのですが・・・。

(5)コーダ
 コーダは、ほとんどが既に登場した部分の繰り返し、連結ですので、あまり特記することはありませんが、これまでに出てきたのとちょっと違ったパターンが何点かあります。

 第3ワルツの再現である67小節目からの部分で、第2部に移る99〜101小節のリズムは「ウィンナ・ワルツの特徴的なリズム」の変形ですので、積極的に前に突っ込むリズムにしましょう。

 さらに、コーダのコーダである168小節目からのトランペットとホルンのリズムは、第3ワルツ前奏のリズムですので、ここも2拍目裏が前に飛び出す「先食い」リズムで決まるとよいのですが。3拍子感のない1拍子で演奏すると、近い感じが出るかもしれません。



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