ウェーバーのちょっと寄り道 〜歌劇「魔弾の射手」〜

2007年6月15日 とりあえず初版作成


 横フィルの次回(58回)の演奏曲目に、歌劇「オベロン」序曲があります。この曲について、ひとこと・・・と思ったのですが、あまり書くこともなさそうなので、最初から「ちょと寄り道」を決め込みます。



 横フィルの次回(58回)定期演奏会で、歌劇「オベロン」序曲を演奏します。このオペラ、序曲だけが現在も頻繁に演奏されていますが、歌劇そのものはほとんど演奏されません。実は私も聴いたことがないので、全くコメント不能です。おそらく、あまり演奏されないのは、それなりの理由があってのことと思います(あちこちに、「音楽はすばらしいが、オペラとしての出来はいまひとつ」とあるので、そうなのでしょう)。
 でも、最近は「出来が悪いから演奏されない」というのなら、きちんと音にして本当に「出来が悪い」のか判断できるようにすべきだ、という主張が現実になってきており、現に何種類かのCDが出ています。ただし、DVDは出ていないようです。(DVDなりが出たら、そのうち聴いて(観て)みようかな、と思います)
 音だけでも聴いてみよう、というチャレンジ精神旺盛な方はお試し下さい。(一流演奏家ぞろいです)

歌劇「オベロン」全曲CD:

・ガーディナー/オルケストル・レヴォルシオーネ・エ・ロマンティーク(2003年録音) 国内盤2CD \6,116
・ガーディナー/オルケストル・レヴォルシオーネ・エ・ロマンティーク(2003年録音) 輸入盤2CD \3,301
・クーベリック/バイエルン放送響(1970年頃) 輸入盤2CD \1,726
・ヤノフスキ/ベルリン・ドイツ交響楽団 輸入盤2CD \3,616

 ということで、ウェーバーの「ちょっと寄り道」としては、やはり代表作「魔弾の射手」を取り上げることにしましょう。

 「魔弾の射手」の原題 "Die Freischutz"は、「意のままに命中させる射撃手」ということでしょうか。歌劇の中では、悪魔と契約することで7発の弾丸を手に入れ、このうち6発は射手の意のままに、残り1発は悪魔の意のままに命中させることができます(この弾丸を "Freikugel" と呼びます。ウィーンやザルツブルクのお土産チョコ(球形)に、 "Mozartkugel" というのがありますが、あの "kugel" ですな。 "Freikugel" (直訳すると自由弾丸)が悪魔の弾丸、すなわち「魔弾」というわけです)。日本題「魔弾の射手」は、やや意訳して付けられたのだと思いますが、なかなか文学的で簡潔な名訳だと思います。
 「魔弾の射手」は、ウェーバーの代表作であるだけでなく、ドイツ語によるロマン派オペラの代表作です。当時も、オペラといえばイタリアもの、ウィーンでもロッシーニが大流行という時代に、ドイツ庶民レベルで作られたオペラです。形式的にもドイツ伝統の「ジングシュピール」(ドイツ語による歌とせりふによる劇。モーツァルトの「魔笛」、ベートーヴェンの「フィデリオ」と同じ)、舞台はドイツの森(場所としてはボヘミア)。  ロマン派といわれていますが、実はウェーバー(1786〜1826)はベートーヴェン(1770〜1827)と同時代人で、没年はベートーヴェンよりも先なのです。「魔弾の射手」が初演されたのは1821年で、当然ベートーヴェンは生存中、交響曲でいえば第8番(1814年)と第9番(1824年)の間、最後の3曲のピアノソナタを作曲した頃です。そう考えると、このオペラの斬新さがよく分かります。

1.あらすじ

序曲

 有名な序曲。ホルンが深い森を思わせる主題を奏でます。この美しい光景に続く、狩人マックスの不安と悪魔の誘惑の主題、悪魔の主題、それを吹き払う勇ましいホルンの響き、そして娘アガーテの喜びの旋律。最後は、アガーテの喜びの主題を高らかに歌い上げます。(最初のホルン四重奏は、オペラの中には登場しませんが、マックスの不安の主題、悪魔の主題、アガーテの喜びの主題は、オペラの中に登場します)

第1幕 森の酒場の前の広場

 幕が上がると、村の射撃大会。猟師マックスは絶不調で、農夫キリアンに勝をさらわれてしまいます。農夫キリアンと村人がマックスをからかいます(この「へっへっへっへっ・・・」という歌は何ともユーモラスで屈辱的!)。落ち込むマックス。これで明日の試験射撃は大丈夫か? マックスにとって、明日の試験射撃に合格することが、森林官クーノの娘アガーテと結婚するため条件なのです。
 森林官クーノが、村人の求めに応じて試験射撃の由来を語ります。クーノの先祖は、領主様の求めに応じてリンチとして鎖で鹿につながれた密猟者を傷つけることなく鹿を射とめ、褒美として森林官に取り立てられた。しかし人々は、あれは魔弾だと噂した。6発は全部当たるが最後の7発目は悪魔のもの・・・。そのため、領主様は森林官になるには試験射撃を義務づけた。それが試験射撃の始まり。だから、クーノの後継者(=クーノの娘と結婚)になるには、明日領主様の前で試験射撃に合格する必要がある。
 スランプの上に強いプレッシャーで、若いマックスは押し潰されそう・・・。

 そんなマックスを尻目に、射撃大会で勝った農夫キリアンたちは、酒場で陽気にビールを飲んで歌い踊り始めます。
 兄貴分の猟師カスパールがそっとマックスに近寄ります。ワインを飲もう!乾杯するたびに、カスパールは粗野な歌を歌います。(この歌、いかにも酔っ払いの歌だが、ウェーバーの天才を感じます)
 優柔不断ではっきりしないマックスに、あの鳥を落として見ろ、と言ってカスパールは銃を渡します。あんな高いところを飛ぶ鳥は無理だ、と言いながらマックスは銃口を空に向けて引き金を引きます。すると、大きな黒い鷲が落ちてきます。これは何だ?
 カスパールがささやきます。これが魔弾。
 魔弾・・・マックスの気持ちは傾きます・・・魔弾は、まだあるのか?
 今のが最後。今夜、狼谷に来れば、作り方を教えてやる。
 たじろぐマックス。魔弾が欲しくないのか? 明日、笑い者になってアガーテを失ってもいいのか? 分かった、行くよ・・・今夜真夜中の12時、狼谷で・・・。

第2幕 森林官の家

第1〜3場:森林官クーノの家

 クーノの館、アガーテの従姉妹エンヒェンが、壁から落ちたご先祖様の肖像画を再び壁に掛けています(あとで、このご先祖の肖像画は、さっきマックスが黒い鷲を撃った瞬間に落ちたことが分かります・・・)。もう、このやくざな釘ときたら!言うことお聞き!
 陽気なエンヒェンに対して、アガーテは物思いに沈んでいます。何だか胸騒ぎがする、マックスはまだ帰って来ない・・・。アガーテとエンヒェンのやり取りが続きます。  アガーテは、森の隠者に「注意しろ、大きな危険が迫っている」と言われたことを気にしています。そしたら壁からあの絵が落ちてきた。何だか怖い。寝ましょう、というエンヒェンに対し、アガーテは起きてマックスを待つことにします。
 アガーテは、マックスを思って歌います。そのとき、森の中から足音(オーケストラで模擬)。マックスよ! きっと射撃大会で優勝したのだ、そして明日はいよいよ私たちは幸せになる。主よ、私の感謝の涙を受け取って、私に希望を下さい。(ここでアガーテによって歌われるのが、序曲にも登場する輝かしい「喜び」の主題です)

 マックスが帰ってきますが、またすぐに出かけようとします。どこへ?狼谷の近くへ。「あの恐ろしいところへ?」 何も恐れることはないさ、とマックス。行かないで!とアガーテ。しかし、マックスは行かなければなりません、他ならぬアガーテのために。アガーテを振り切ってドアへ向かったマックスは、振り向いてアガーテに謝ります。僕を許してくれるね? 私の警告を忘れないで・・・、しかたなく二人の娘は見送ります。

第4、5場:狼谷(恐ろしい森の谷間)

 真夜中の狼谷、精霊たちが花嫁アガーテの死を予言します。(この精霊達の合唱は不気味さの極致! これまたウェーバーの天才を感じます)カスパールは悪魔ザミエルに呼びかけます・・・悪魔登場。カスパールは、マックスを生贄に、期限を3年延ばすよう頼みます。ザミエルは同意し、よかろう、明日はお前か彼かだ。助かった、とカスパール。
 何も知らないマックス登場(ここで序曲にも出てくる勇ましいホルン4本の響き)。恐怖におののき、怖い、でも行かなくては。遅いぜ、とカスパール。早くこっちへ来い。
 行けない・・・怖い、死んだ母親の亡霊が見える、行くなと言っている・・・。引き返そうとするマックスに、川に身投げするアガーテの幻影が・・・。やはり行かなくては!
 ようやく谷へ下りたマックス。カスパールが魔弾の鋳造の用意を始めます。鉛、教会の壊れた窓ガラス、水銀、一度命中した弾、ヤツガシラの右目、山猫の左目・・・次に呪文。
 そして、1つずつ弾丸を鋳造し始めます。

 ひとっつEins!(こだまが「Eins!」:このこだまは実は悪魔ザミエル)。
 ふたっつZwei!(こだまが「Zwei!」)。ここで魑魅魍魎がうごめき出します。(この辺からが、このオペラ全体の最も緊張感の高まる場面です)
 みっつDrei! (こだまが「Drei!」)・・・激しい嵐が吹き荒れ始めます。
 よっつVier!・・・。気違いのようにホルンが吼えまくり、悪魔たちが駆け回ります。
 いつっつ・・・。悪魔の軍隊の行進!(序曲にも登場する)
 むーっつ・・・。助けてくれー!
 ななーっつ! ついにマックスも「ザミエール!」と悪魔の名を呼び、そのまま失神・・・。

(この場面の迫真の恐怖と緊張感は、ベートーヴェンと同時代の音楽とは信じられないほどです。)

第3幕 森の情景

 間奏曲は、有名な「狩人の合唱」のオケ版です。前の狼谷の場面から、一転して空はからりと晴れ上がり、絶好の射撃日和、という雰囲気を形成します。

第1場:森の一場面(せりふのみで歌はなし)

 マックスとカスパールは、前夜作った悪魔の弾丸を、マックスが4発、カスパールが3発と分けました。マックスは3発を命中させ、残るはあと1発。カスパールの余った弾をもらおうとしますが、カスパールはさっさと無駄撃ちして全部使い切ってしまいます。マックスの手に残ったのは、悪魔の意のままになる7発目・・・。

第2〜5場:花嫁アガーテの部屋

 花嫁衣装をまとった美しいアガーテは神に祈ります。主よ、私を花嫁とお呼び下さい。(この歌では、独奏チェロを伴います。次に登場するヴィオラ独奏を伴うエンヒェンの歌と対を成します)
 エンヒェン登場。アガーテが泣いているのを見て理由を尋ねます。アガーテは、白い鳩になって、愛するマックスが自分を撃ってしまう夢を見たと話します。
 つまらないこと気にしちゃダメよ、とヴィオラ独奏に乗せて、エンヒェンが「亡くなった伯母が見た夢」の話を歌います。夜中にふと気付くと、怖い怪物がひたひたと迫ってくる夢、ああ怖い、誰か助けて! 目が覚めたら、そこにいたのは番犬ネロだった! 夢なんてそんなもの。続けて、花嫁を元気付ける歌を歌います。
 花嫁の介添えの4人の村娘たちが登場して、代わり番こで歌います。「花嫁の冠を編みましょう」。エンヒェンが冠を持って来ます。お待たせ!これが花嫁の・・・あっ、お葬式用の銀色の冠!誰が間違えたの?(ここで歌は突然中断)  アガーテは森の隠者がくれた白い薔薇を差し出し、それで冠を編むように頼みます。(オケによる後奏の中に、不吉な響きが紛れ込みます・・・)

第6場:森の狩猟の場

 有名な「狩人の合唱」が森に響きわたります(前場の介添えの少女達の歌と対を成します)。この世に狩りに勝る喜びはない、森や岩山が我らを迎える時、喜びが溢れる!狩りこそが王者の喜び! このオペラのクライマックスです。
 領主オットカールは、花婿候補のマックスがお気に召した様子です。花嫁はどこだ?という領主に、クーノは花嫁がいたのでは婿殿があがって仕損じるので射撃が終わってから参ります、と答えます。そこへ最後の7発目の魔弾を持ってマックス登場。それでは試験の射撃を。オットカールは標的を何にしようか探して命じます、あの白い鳩を撃て!
 止めて!撃たないで!アガーテの叫び声、しかしマックスの引き金は引かれます。放たれた弾丸はどこに? 倒れたアガーテに一同騒然。自分の花嫁を撃つなんて、恐ろしい・・・。マックスがアガーテに走り寄ります・・・。でも、よかった、花嫁は生きている!
 それでは弾丸はどこに? 血塗れで倒れているのはカスパール・・・。末期のカスパールにザミエルの姿が見えます。畜生、悪魔め、さぁ、持っていけ!息絶えるカスパール。それを周囲の民衆は見ています。最後に悪魔の名を呼ぶなんて・・・。
 オットカールがマックス説明を求めます。これはいったいどうしたことだ? マックスは正直に白状します・・・僕が撃った弾丸は魔弾です・・・!(この部分にはファゴットのオブリガート) 領主オットカールは激怒します。なんだと? 悪魔の手先は私の領地から永遠に追放だ!(オケによる激怒のモチーフもなかなかの迫力!)

 そこに、それまで話の中にしか出てこなかった森の隠者が厳かに現れます。「たった一つの出来心の過ちに、その罰は厳しすぎませんかな?」 領主オットカールも、神の祝福を受けた隠者には敬意を払って耳を傾けます。
 愛と恐れが徳を破った、失望が掟を破った、それを誰が責められようか? 彼に1年の猶予を与えてほしい、その1年間で彼が正しい男であることを証明すれば、アガーテを彼に与えてほしい・・・。(この歌のフルートのオブリガートが印象的!)
 隠者の言葉には、領主オットカールも素直に従います。よかった!と喜ぶ村人たち、必ず僕の誠実さを証明するよ!とマックス、皆さんありがとう!とアガーテ。
 緑の森に人々の声がこだまします。天を仰げ! 父なる主は清き者を慈しんで下さる! 一同、大団円で幕となります。(最後の場面は、序曲の最後の部分と同じです)

 曲全体を通して、歌の伴奏の中に独奏楽器によるオブリガートが手を変え品を変え登場し、多彩な音色の対比が楽しめます。ウェーバーの天才と職人技がみごとに融合し、活き活きとした音楽となっています。

2.お勧めDVD

 やはり、オペラは映像付で楽しむのがよいと思います(本当は歌劇場という「場」を含めた生がベストですが・・・)。  ということで、お勧めDVDです。
 残念ながら、「魔弾の射手」は極めてドイツ的であるがゆえに、ドイツ以外で上演されることがほとんどないようです。従って、DVDもそれほどの種類は出ていないようです。
 次の2種のものが、現在入手できるもののようです。

(1)アーノンクール/チューリヒ歌劇場(1999年のライブ)

 序曲で、ホルンはナチュラル・ホルンを使っている映像が見られます。オペラの中でも使用しているようです(狩人の合唱など)。
 ただ、登場人物の衣装がほとんど黒づくめ、舞台装置は抽象的(森とか館の部屋といった写実的な舞台ではない)なので、初めて観るには場面や背景が分かりづらいと思います。また、残念ながら、オーケストラと舞台上のアンサンブルに乱れが多く、演奏面でやや劣る印象受けます。(カスパールの迫力ある酔っ払いの歌や、実際の火を使った狼谷の場面など、良い場面もたくさんあるのですが・・・)
 ということで、どれか1つということであれば、↓次のハンブルク歌劇場の方をお勧めします。

(2)メッツマッハー/ハンブルク国立歌劇場(1999年のライブ)

 これは、有名な演出家フランツ・コンヴィチュニーの息子ペーターの演出だそうで、演出は相当に「へんてこりん」です(悪魔が舞台横のエレベータで登場したり、最後にしか登場しない森の隠者が、客席最前列に背広を着て座っていたり・・・)。でも、衣装や舞台装置はまあまあ写実的なので、そこそこに雰囲気は伝わります。
 また、第三幕のアガーテの部屋の場面で、独奏ヴィオラの伴奏でエンヒェンが歌うとき、女性ヴィオラ奏者が舞台上に登場して演奏します(猫耳を付けていますが、歌の内容からこれは「犬」らしいです)。ただし、狩人の合唱の場面は、全く意図不明で、期待するとがっかりします。(おそらく、この演出は「有名な魔弾の射手」という確立したオペラに対し、意図的に期待を外してペロッと舌を出しているのだと思います・・・)
 ということで、こちらも本来は初めて観る向きにお勧めするものではないと思うのですが、演奏もそこそこに満足できるものなので、アーノンクール盤よりはマシかな、と思います。とりあえず観てみたい方は、こちらを選んだほうが良いと思います。

 最初にお勧めするものとしては、もっと普通の演出があればよいのですが、最近のヨーロッパでは、普通の伝統的な演出というものには価値を見出していないようです・・・(メトロポリタン歌劇場あたりでやれば、保守的かつ写実的な舞台になると思うのですが・・・)。

 ちなみに、オペラ全曲のスコアはこちら。
Weber: Der Freischutz(Dover版スコア ¥ 2,218)



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