ベートーヴェンの交響曲のちょっと寄り道 〜第10番目の交響曲〜

2011年 6月15日 初版作成


 横フィルの次回(66回)の定期演奏会で、ベートーヴェン作曲「交響曲第5番」を演奏します。ということで、ベートーヴェンの交響曲で「ちょと寄り道」してみます。

 ベートーヴェンは、生涯に9曲の交響曲を作曲しました。これはよく知られた話ですが、でも実はもう1曲、交響曲を作曲しています・・・、というお話。



 ベートーヴェンの10番目の交響曲とは?
 「第九」の後、途中で中断した第10番? マーラーのように、誰かが補筆完成?
(確かに、バリー・クーパーという方が構成復元した交響曲第10番の第1楽章というのはあるようですが)
 それとも、ブラームスの交響曲第1番のこと? (ハンス・フォン・ビューローが「ベートーヴェンの交響曲第10番」と呼んだと言われる)

 いえいえ、ベートーヴェン自身が完成していて、作品番号もちゃんと付いています。作品91。年代的には、交響曲第7番(作品92)とほぼ同時期の1813年ごろに作曲しています。

 この曲、タイトルは交響曲「ウェリントンの勝利、またはヴィットリアの戦い」作品91(Wellingtons Sieg oder die Schlacht bei Vittoria, Op. 91)。一般には「ウェリントンの勝利」とか「戦争交響曲」と呼ばれています。
 作曲当時は、他の交響曲を圧倒する大人気だったったとか。初演は、1813年12月8日にウィーンで、交響曲第7番と同じ演奏会で行われたそうです。

 ただし、今となっては、この曲は「楽聖」ベートーヴェンの恥部のようなもので、通常のベートーヴェンの交響曲としては完全に「無視」さらには「抹殺」されています。ベートーヴェンの議論や作品論の中でも、触れることはほとんど「タブー」となっているようです。
 さらには、「ベートーヴェンは名前を貸しただけで、実際に作ったのはメトロノームの製作者でもあるメルツェルである」という「ベートーヴェンの偽作説」を企てる説明がされることもあるようです。
 曲は、確かにメルツェルの委嘱により、メルツェルの発明した自動演奏楽器「パンハルモニコン」のために作曲されたようですが、作曲したのは正真正銘ベートーヴェン自身です。後に管弦楽用の曲の著作権でベートーヴェンとメルツェルの間でトラブルが生じたようですが、ベートーヴェンが勝訴しています。
 つまりは、間違いなくベートーヴェンが作曲した「交響曲」ということです。

 詳細はこちら(Wikipedia)を参照ください。

 ここに載っているとおり、楽器編成は下記です。

ピッコロ1、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット1、ホルン4、トランペット6、トロンボーン3、ティンパニ、シンバル、トライアングル、スネアドラム、ラチェットまたはマスケット銃(なるべく多数)、バスドラムまたは大砲2以上、弦五部(第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)

 トランペット6本「銃」とか「大砲」が入っていることから内容が想像できると思います。そう、チャイコフスキーの「大序曲・1812年」も真っ青の大スペクタクルなのです。

 ウィキペディアの記述では
「当初の目新しさも、初演から200年経た現在では完全に色あせている」
とか
「同様の趣向のチャイコフスキーの序曲1812年が野外コンサートやCDなどで比較的取り上げられる機会も多いのとは対照的である。今日でも通用するエンターテイメント性のある作品を作曲できたチャイコフスキーと当時の聴衆にしかアピールできなかった両者の差は興味深いところである」
といった苦しい説明をしていますが、事実は

「ベートーヴェンを楽聖と仰ぐ音楽界、アカデミズムから意図的に隠蔽されている」

ということと思われます。

 この辺は、極めてお下品な歌詞ゆえに音楽界から抹殺されているモーツァルトの「カノンK.231、K.233、K.559、K.560、K.561」(タイトルをここに書くことすらはばかられます)などと同じなのでしょう。モーツァルトに興味のある方はモーツァルトのカノン(Wikipedia)をご参照ください(突然タイトルが表示されますので要注意!)。当初の出版時には、タイトルおよび歌詞は穏当なものに差し替えられてしまったそうですが、最近の「ベーレンライター原典版」ではオリジナルの「お下品な」歌詞に戻されているようです。

 話を「ウェリントンの勝利」に戻すと、この曲は、ナポレオン率いるフランス軍とウェリントン将軍率いるイギリス軍がスペインのヴィットリアで戦い、イギリスが勝利したことを記念した祝賀音楽です。
(ベートーヴェンは、交響曲第3番「英雄」で有名なように、ナポレオン率いるフランスを「敵」とみなしていた)
 曲は、戦闘の場面の前半と、勝利を祝う後半の2部から構成されています。

 ヴィットリアの戦いを表わす前半では、行軍太鼓と進軍ラッパに続きイギリス軍を表わす「ルール・ブリタニア」が演奏されます。この曲は、毎年ロンドンで夏に行われるプロムナード・コンサート「PROMS」の最終日に演奏されることでも有名で、イギリス=グレート・ブリテンの守護女神ブリタニアが海から創った国イギリスが「全世界を統治せよ!」(「ルール」は動詞の命令形ですね)という内容です。第2の国家というか、日本で言えば「軍艦マーチ」のようなものでしょうか。
 対して、フランス軍を表わすのはフランス民謡「マールボロ将軍は戦争に行く(マールボロ行進曲)」というのだそうです。チャイコフスキーと違って、「ラ・マルセイエーズ」ではありません。
 その後、突撃ラッパの合図で戦闘場面が始まります。マスカット銃がドンパチ、大砲がズドーンと鳴り渡る中、音楽が流れます。

 勝利を祝う後半は、勝利のラッパに続き、祝賀音楽とイギリスの勝利を象徴するイギリス国家「ゴッド・セイブ・ザ・キング(クイーン)」が流れます。

 全体で約15分の曲で、「交響曲」とはいっても形式的には交響曲とはいえません。この当時は呼びようがなかったのでしょうが、後の言い方を借りれば「交響詩」「大序曲」といったところでしょうか。

 楽譜は、ペトルッチの無料楽譜サイトからダウンロードして入手できます。
 戦闘場面の楽譜には、白丸と黒丸が記載されており、注記を見ると「黒丸:イギリス側の大砲」、「白丸:フランス側の大砲」と書かれています。また、スコアの中には「イギリス側のラチェット(ガラガラ)」と「フランス側のラチェット」が記載されています。(スコア上には「マスカット銃」の記載はありませんが、この「ラチェット」の部分を「マスカット銃」の乱れ撃ちで置き換えてよい、ということなのでしょうか)

 そういった音楽界からの締め出しにもかかわらず、意外とCDが出ています。CDで出ていて入手可能なものは、下記のようです。

  アンタル・ドラティ指揮 ロンドン交響楽団
    :実物のキャノン砲とマスケット銃が用いられ、最も過激かつスペクタクルな音響です。

  ワーズワース指揮 ロイヤル・フィル
    :やや上品な演奏。演奏効果よりも音楽の方を聴きたい方にはこちらの方がよいかも。

 以下は聴いていませんので、コメントは出来かねます・・・。

  カラヤン指揮 ベルリン・フィル

  マゼール指揮 バイエルン放送響

  マゼール指揮 ウィーン・フィル

  エリック・カンゼル指揮 シンシナティ交響楽団

  ネヴィル・マリナー指揮 アカデミー室内管

  トマス・ダウスゴー指揮 スウェーデン室内管



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