横浜フィルハーモニー管弦楽団の次回定期(60回)で、ヨハン・シュトラウス作曲「ジプシー男爵」序曲を演奏します。
1.あらすじ
まずは、オペレッタのあらすじを簡単にご紹介しておきましょう。
詳しいあらすじは、たとえば「オペラ・データベース」サイトなどに載っていますが、このサイトのあらすじでもちょっと複雑なので、更に単純化してみると、次のようになります。
*********(あらすじ)*********
オーストリア(ハプスブルク帝国)がオスマン・トルコとの戦いに勝利し、ハンガリーのある町がトルコの支配下からオーストリアに奪還され、かつてこの土地を追われた地主の息子バリンカイが、自分の土地を取り返しにやって来ます。そこでジプシーの娘ザッフィと結婚。(第1幕)
ザッフィの養母であるジプシーの老女ツィプラは、バリンカイに「愛する人と結ばれた場所に財宝が眠る」と予言し、バリンカイはそのとおりザッフィとの初夜を過ごした塔にトルコが隠していった財宝を見つけます。周囲から財宝の私物化やジプシーとの結婚は無効と騒がれますが、これに対してバリンカイは財宝は国家に寄贈、そして老女ツィプラは、ザッフィがジプシーではなく実は旧ハンガリー総督の娘であることを明かします。バリンカイは相手があまりに高貴な身分であることに驚いて結婚をあきらめ、たまたま来ていたスペイン戦争の兵隊募集に応じて出征してしまいます。(第2幕)
2年後、スペイン戦争で手柄を立てたバリンカイはウィーンに凱旋し、功績から財宝の返還と男爵の位を授けられます。そして、晴れてザッフィと結ばれるのでした。「ジプシー男爵万歳」の声に包まれて大団円。(第3幕)
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2.序曲とそこに使われている旋律
それでは、序曲の中に出てくるオペレッタ中の旋律について眺めてみましょう。
(1)最初の部分(はじめ〜53小節)
(2)54小節目(練習番号「4」)〜(オーボエソロ)
(注)チャルダッシュは、ハンガリー風の楽曲の一般名としてウィーン宮廷でもてはやされ、J.シュトラウスのオペレッタにもいくつか登場します。ただし、ハンガリー民族音楽そのものではなく、居酒屋(チャールダ)に由来する「酒場風」(チャールダーシュ)という既存の曲に由来するそうです。はじめ哀愁を帯びたネットリとした遅い部分(ラッサン)で始まり、途中から次第に速度を増して情熱的で激しい速い部分(フリスカ)になって激しく終わるというパターンです。ヨハン・シュトラウスものでは、喜歌劇「こうもり」のチャルダッシュが有名。(冗談仕掛けの舞踏会で、主人公の奥方が旦那に素性を知られないよう、仮面をつけたハンガリー貴夫人として登場し、ハンガリー人である証拠として歌うもの)
(3)110小節目(練習番号「8」)〜
(4)177小節目(練習番号「13」から13小節目)〜ワルツ
(5)237小節目(練習番号「16」から10小節目)〜
(6)259小節目(練習番号「18」の4小節前)〜
(7)266小節目(練習番号「18」の4小節目)〜
(8)276小節目(練習番号「19」)〜
(9)298小節目(練習番号「20」の8小節前)〜最後
3.CD/DVD情報
私の持っているDVD
は、次のものです。
指揮:クルト・アイヒホルン
ちなみに、ここで主役を歌っているイェルザレムは、後にバイロイトにも出演するワーグナー・テノール(*)となりますが、実はこのときオーケストラ(シュトゥットガルト放送交響楽団)のファゴット奏者でした。
この序曲、オペレッタの中で使われる曲がいくつも出てきますが、「どれが何の曲?」ということを知っておくことも、この曲の演奏上必要かもしれませんので、知っている範囲でご紹介します。
音楽の友社版のスコアの解説に、あらすじが載っていますが、この解説をお書きになった音楽評論家の門馬直美氏も、このオペレッタをご覧になったことはないようで、書いてあることはチンプンカンプンです。
ただし、私の持っているDVDは映画仕立てで、どこまで舞台上演に一致しているのか分かりません。映画仕立てだと、ナレーションが入って適当に状況やストーリーが飛ばされたり省略されたりしている可能性があるので、対応関係の正確さについては保証できかねます。まあ、こんな感じ、という程度に読んでください。
間に何度かカデンツァをはさみながらジプシー風の曲が進みます。ここは序曲用のオリジナルのようです。
第1幕で、バリンカイに会ったザッフィが歌う「この地こそあなたの生まれ育った故郷」。ここがチャルダッシュの前半の遅い部分(ラッサン)に相当し、次の110小節目(練習番号「8」)からが速い部分(フリスカ)に相当するようです。
オーボエ独奏のチャルダッシュ前半に続く、チャルダッシュ後半の「フリスカ」に相当すると考えられます。始まりがゆっくりで、次第に速度を上げるところがジプシー風。ここは序曲オリジナルの部分のようです。
第3幕で、スペインからの凱旋を迎えるウィーンの場面で流れる合唱「戦いが終わりウィーンに喜びが満ち溢れる」。このワルツは、独立曲として「宝のワルツ」(Schatz-Walzer)としても有名です。
荒々しいジプシー舞曲。ここも序曲オリジナルの部分のようです。
第2幕で、スペイン戦争への兵隊募集にやってきた徴兵官が歌う「さあ、これは義務なのだ、恋人と別れよ」。
6/8拍子の「舟唄」。第1幕で、バリンカイがかつての自分の土地を訪れる舟の場面での合唱「この見渡す限りの土地はあなたの領地だ」。
再び第3幕「戦いが終わりウィーンに喜びが満ち溢れる」のワルツ(宝のワルツ)。
序曲の締めくくり、ポルカというよりはチャルダッシュの速い部分と考えるべきでしょう。ここも序曲オリジナルの部分のようです。
演奏:シュトゥットガルト放送交響楽団
出演:(バリンカイ)ジークフリート・イェルザレム(テノール)
(ザッフィ)エレン・シャーデ、他
(1975年ユニテル制作、映画仕立て)
たまたま、予定していたテノールがキャンセルとなったため、イェルザレムから急遽指揮者アイヒホルンにオーディションを申し入れ、みごと歌手として出演するチャンスを勝ち取ったとのこと。ちなみに、録音テクニック上、ファゴットと主演歌手の2役で参加しているようです。
(*:たとえば 1988年のバイロイトで「ニーベルンクの指輪」の英雄ジークフリート役。指揮はバレンボイム。そういえば、レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場の「ニーベルンクの指輪」DVDでもジークフリートを歌っていました。)