細菌・ウイルスの飛沫感染
ドクターサロン49巻3月号
順天堂大学内科(血液学)講師
    森   健  (聞き手 山内俊一)
細菌・ウイルスの飛沫感染、飛沫核感染、空気感染についてご教示下さい。
@麻疹、風疹、水痘、おたふくかぜ、インフルエンザの各ウイルスを患者さんが排出した場合、もし医院内(約60坪)を閉じたままで換気をしなかったら、いつまで空気中に残っており、他の患者に感染させる危険がありますか。
Aせきなどで、医師、看護師の髪、顔に付着した場合、いつまでウイルスが残りますか。
B血液で感染するHBV・HCV、HVが血液とともにカルテなどに付着した場合、ウイルスはいつまで残りますか
                           <岡山県開業医>
山内 先生、臨床現場ではいろいろなウイルスや細菌飛沫感染ないし空気感染が実際に起こりうるかと思いますが、まず飛沫感染と空気感染の違いといったあたりのところから教えていただけますか。
  私の理解している限りですと、飛沫感染というのは患者さんが咳をして外へ飛び出す、いわゆるつばと一緒に外へ出た。それも、大きいつばですと下へ落っこちるわけですけれども、数ミクロンというような、ちょうど吸入して肺に入りやすいような大きさのものですと、表面積が大きいということで、空気中にしばらく漂う飛沫による感染を指します。
 一方、空気感染といいますと、一番典型的なのは、「かび」なんかは風とともに空中を漂っているわけでして、そういうものに感染して発病するというのは、これは患者さんの状態がよほど悪いときに起きると思います。最近は結核も空気感染といわれていますが、本質的にはこれは飛沫感染ということになるわけです(表1)。
 山内 代表的な感染症、ウイルスなり細菌なりといったもの、あるいはかびですが、飛沫感染、あるいは空気感染が特に多いということで、臨床的にマークすべきものは何かあるんでしょうか。
  飛沫感染というのはやはり結核だと思うんです。患者さんの咳とともに出る飛沫は、それがしばらくの間、飛んでいるわけです。飛沫というのは普通の会話ではそれほどの菌は出ない。咳をすると、それがばっと、場合によっては3,000個ぐらいが飛び散るといわれていますけれども、それぐらいですかね、飛沫感染で実際問題になるというのは。

 飛沫というのは飛ぶ距離もあるわけです。結核の場合、6m離れれば飛沫は届かない。下へ落っこちるという話がありますから、6m以内の、至近距離にいるとまともに浴びてしまって、それで吸い込んで感染するということがあります。
 山内1回の咳で3,000個ですか。
  そういうことらしいですよ。ただ、開放性結核の患者さんで大量に出ている場合にはそういうことがあると思いますけれども、普通の会話で飛沫が飛び散るということはあまりないと思います。
 山内 例えば、結核病棟などですと、実際に排菌している患者さんが咳をゴホゴホやっていて、そういう方がたくさんいらっしゃる場合には、院内はかなり高い確率で……。
  あると思います。濃厚に感染する。
 山内 感染しやすい。
  ただ、結核菌を1個か2個吸い込んだからといって、必ず発病するというわけではありません。感染症というのはホストの側の状態にもよりますから、ホストがよほど無理をして体調が悪い条件でない限りは発症しません。
普通の状態で抵抗力があれば、要するに結核菌というのは強毒菌ではないんで発病することはありません。結核菌はいわゆる強毒菌と日和見感染症を起こすような微生物との中間ぐらいのところに属する微生物だと思うんです。

 ですから、それを吸ったから100%発病することはないわけです。吸入して体内に入って免疫反応が起きて、ツベルクリン反応が陽性にはなりますけれども、発病はしないということが言えると思います。
 山内 先ほどお話に出ました「かび」なんですが、こちらのほうの伝染力というのはいかがなんでしょう。
 「かび」の中で伝染力が強いのはクリプトコツカスなんです。カンジダは内因性のかびですけれども、外因性真菌であるアスペルギルスとかムコールというのは吸入しても普通の状態ですとまず発病しません。ただ、吸い込んで起きるのはアレルギー性の病変があります加湿器肺だとか、アレルギー性気管支肺アスペルギルス症とかそういうものは起きますけれども、中へ入って病変をつくるというのはクリプトコツカス
 これは微生物の危険度分類でいきますと、病原真菌の中に入れる先生もおいでになるぐらい、場合によっては実験室内でそれを使ってはいけないという規制をする動きもありますから、そういう目で見ると、かびの中ではクリプトコツカスが一番怖い免疫機能の正常な人でも、感染して、要するに肺に結節状の病変をつくって、癌と間違えられて切除されるということがあります。
 山内 さて先生、ご質問のほうは主にはウイルスの話のようなんですが、麻疹、風疹、水痘、おたふくかぜ、インフルエンザ、こういった患者さんがこういったものを排出した場合、もし病室などが比較的狭く、窓を閉めたまま換気をしなかったら、いつまでも空気中に残って、他の患者さんに感染させるんでしょうかと、そういうご質問なんですが、これはいかがなんでしょう。
 森 ウイルスを含んだ飛沫が長く空気中を浮遊しているかというと、それはあまり考えられないと思うんです。
ウイルスというのは極めて小さくて、吸い込む可能性はあるかもしれませんけれども、ホストの側の状態がよければ、発病するということはまずないと思うんです。むしろ待合室とかで患者さんと子供さんが直接面と向かって浴びるというようなときには、感染の可能性があると思いますけれども、診察室で浮遊しているもので感染するということはまず考えなくていいのではないかと思います。
 山内 少なくとも換気をやっていれば全く問題ないと考えてよろしいわけですね。
 森 そうですね。閉め切ったままでも、普通、小児科ではちょっと問題かもしれませんけれども、大人を診たり子供を診たりということでしたら、途中に大人の患者さんが入っていたりすれば、その間に下へ落っこちるわけであまり神経質になることはないと思います。
 山内 下に落っこったらというお話ですが、ウイルスというのは下に落っこってしまうと死んでしまうものでしょうか。
  いや、死ぬとはいえないんです
けれども、不活化するということですね。ですから、感染力が落ちてしまうというふうに考えていいと思います。
 山内 2番目のご質問は、咳によりまして医師や看護師の髪とか顔に付着した場合に、いつまでウイルスが残りますかと、そういうお話ですが。
 森 これは何時間ということは言えないんですが、数時間残るというのはものの本に書いてあります。けれども、それがついていたから発病するということはありません。ついたものをたたいた−りしない限りは空気中に飛び散ることはありません。付着したままですから。感染経路が吸入でなければ入っていかないわけで、接触感染では起きない
 ただ、問題なのはハンカチとかドアのノブなんかについていたものをさわって、それを口元に持っていく、そういうときには感染の可能性があるかもしれません。そういうときは、その場所をアルコール綿で拭くといったことを考えないといけないと思います。
 山内 やはりこの場合もお子さんに関しては少し危ないかもしれませんね。
 森 そうですね。
 山内 3番目なんですが、血液で感染するHBV、HCV、HIV、こういっ方の血液がカルテなんかに付着した場合、こういったケースなんですが。
  この系統のウイルスというのは血球成分を介して感染するわけです。血球成分が感染するとなると、例えば手などに傷口があって、そこから入るということにならない限りは感染力はないと考えていいと思います。ですから、こういうものがついた場合には、それこそ洗えるものは水洗いする。それでなければ、アルコール綿で拭き取って、アルコールでも十分不活化できますから、それでもって拭き取って、乾燥させれば感染力は落ちると思います(表2、3)。
 山内 まず常にアルコール綿等々で消毒といいますか、きれいにするという操作を必ずやっておくという、これは習慣づけということになりますね。
  そうですね。
 山内 万が一くっついてしまったまま、ついうっかり気がつかなかったといった場合ですが、こういう場合はいかがでしょうか。
  こういう場合はほったらかして乾燥するわけですから、乾燥して血液が固まって血餅になるとか、そうなればもう感染力はないと考えていいと思います。
 山内 そうしますと、あまり過剰に心配する必要もないということで、いずれにしても普通の一般的な消毒、処置とか、あるいは換気とか、こういった普通の防御策をきちっととっていれば全く問題はないと考えてよろしいわけですね。
  そう思います。
 山内 どうもありがとうございました。
表1 細菌・ウイルスの感染形態
○飛沫感染
 大きな飛滴は直ちに落下して、地面・手・器具を汚染する。一方、小さな飛滴は容積に対する表面積の比が大きいため水分が急激に蒸発して、小さな飛沫核になって落下せずに数時間空中を浮遊する。
 気道から排出されたウイルスは通常、環境条件による不活化を受けやすい。
 そのため直接飛沫を吸入する条件下のみで感染する。
   細菌性:インフルエンザ菌(乳児感染)、髄膜炎菌(肺炎・髄膜炎)、ジフテリア菌(喉頭ジフテリア)、百日咳菌、ペスト菌(肺ペスト)、溶連菌(肺炎、乳児感染)、マイコプラズマ
  ウイルス性:アデノウイルス、インフルエンザウイルス、ムンブスウイルス、
        パルボウイルス、風疹ウイルス
○空気感染
 空気中に漂う微生物を吸入することによる。気道から吸入される粉塵の大きさは数μであり、真菌の大きさがちょうどこれに当たる。
    細菌性:結核菌
  ウイルス性:麻疹ウイルス、水痘−帯状病疹ウイルス
表2 細菌・ウイルスの消毒方法
結核菌
 手指:流水で十分に洗った後、消毒用アルコールで消毒。
 医療器具:高圧蒸気や酸化マグネシウム(EOG)で滅菌する。
 浸すことができるもの:2%グルタール・5分間浸漬。
 浸すことができないもの:消毒用アルコールで清拭する。
B型肝炎ウイルス
 流水で十分洗浄した後、消毒用エタノール。
 血液汚染のない場合‥通常は清拭のみ0テーブル・ドアノブは消毒用エタノール。
 血液汚染がある場合:リネン・熱水洗浄機(800C・10分)。
HIV
 B型肝炎に準じて行う。
アデノウイルス:流行性角結膜炎を惹起する。
 手指:流水で十分洗った後、消毒用エタノールかポピドンヨードで消毒する。
 器具:900C・5秒か500C・5分または80%以上のエタノールまたはグルタールで消毒する。
 椅子やスリッパ:消毒しにくいものは紫外線照射、次亜塩素酸Na、グルタールなどで不活化される。
布:ドライクリーニングでは生きている。温水洗浄機か80。C・10分か、クロルヘキシジンあるいはアルコールで消毒する。

表3 微生物に対するアルコールおよびクロルヘキシジンの活性
アルコール
(消毒用エタノールはイソプロパノールよりウイルスに対する活性は強い)
  細菌:グラム陽性・陰性菌および結核菌や真菌に優れた殺菌効果を示す。
     芽胞を有する菌(Clostridiumspp.)などには弱い。
 ウイルス:HSV、HIV、Influenzavirus、RSvirus、vaccinia virusには有効
     HBV、Enterovirus、Rotavirus、adenovirusには少し弱いが有効。
クロルへキシジン
  細菌:グラム陰性細菌や真菌には弱い。
     結核菌・芽胞を形成する細菌には有効。
 ウイルス:HSV、HIV、CMV、RSvirus(envelopeを有する)に有効。
     Rotavirus、adenovirus(envelopeを持たない)には活性は低い。

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