個人情報保護、戸惑う病院
2005.5.8日経新聞 朝刊
 個人情報の厳格な取り扱いを義務付ける個人情報保護法が四月一日に全 面施行されてから一カ月余り。カルテや看護記録など、個人情報を数多く 扱う医療現場では、外部への情報提供や重病の告知などを巡ってなお混乱。
 医療関係者の意識や取り組みにも濃淡がある。患者側も、個人情報を安心して託せる医療機関かどうかを見極める必要がありそうだ。
方針の明示大切
 「家族や友人からの問い合わせに応じていいか」−−。
四月二十五日、百人を超す犠牲者を出したJR西日本の脱線事故。負傷者が搬送された各病院では、家族や友人らから寄せられる「安否確認」を巡って対応が分かれた。

 兵庫医大病院(西宮市)は事故当日から、病院二階のホールに搬送された患者の氏名と年齢を掲示、問い合わせ電話にも対応した。「『公表する利益』が『公表しない利益』に勝ると判断した」(管理課)からだ。一方、関西労災病院(尼崎市)は入院した患者二十六人の家族に連絡したうえで、知人などからの電話での安否確認には応じなかった

「患者の同意なく第三者に個人データを提供することを禁じる個人情報保護法を第一に考えた」(庶務課)という。
 ただ同法には「人の生命、身体または財産の保護のために必要があり、本人の同意を得ることが困難であるとき」との例外規定がある。厚生労働省医政局は「本人の同意が必要という原則を順守することも例外規定を当てはめることもできる」と鋭明。「いずれにせよ、法の趣旨を踏まえて病院の方針を明確に示すことが大切だ」と呼び掛ける。

 医療機関が難しい判断を迫られる場面は多い。四月半ば、都内の大学病院の救命救急センターに交通事故で意識を失った子供が運び込まれた。警察は「本人確認のため、患者の顔写真を撮りたい」と要請。
現場の看護師はちゅうちょしたが、駆けつけた医師が「撮影の必要性はある」として、最終的に応じた。

 がんなど重病の告知も患者本人に伝えるのが原則とされた。だが、武田病院グループ(京都市)会長で日本病院会の武田隆男副会長は「病状を悪化させないか、家族に先に相談すべきか、どんなタイミングで話すべきかを総合的に判断して決める必要がある」と話す。「医師には資質や倫理観がいっそう求められる」 保護対策が必要な患者情報は数多く、各病院で工夫を凝らした取り組みが始まっている。富永病院(大阪市浪速区)は三月末までに診察室と「中待合」との間に壁を増設し、医師と患者の会話が外に漏れないようにした。

 NTT東日本関東病院 (東京都品川区)は病室入り口の名札の代わりに、触れると患者の名前が表示される液晶パネルを取り付けた。電子カルテには「指紋認証」を導入。「書き込みや閲覧の履歴をチェックし、いつでも追跡調査できる体制も整えている」(山本智昭運営企画部長)

患者も意識高めて
法施行に向けて入念に準備した病院がある一方、「形式を整えただけという医療機関も少なくない」と特定非営利活動法人(NPO法人) 「ささえあい医療人権センターCOML」の山口育子事務局長は指摘する。「個人情報の利用目的を示したり、プライバシーを尊重すると宣言したポスターを張り出して対策は終わり、という病院もある」診療室に患者が入って来たとき、前の患者の電子カルテが開いたままだったり、看護記録がナースステーションのカウンターに置かれていたりと不注意は枚挙にいとまがない。ミスが絶えない背景として「院内教育が不十分で、プライバシー保護に対する意識が徹底されていない」などの声が現場から上がっている。

 こうした中、個人情報保護法への理解を深めてもらおうと、医療機関や患者向けに情報提供を始める団体も出てきた。NPO法人「医療ネットワーク支援センター」 (東京都新宿区)は今年二月、東京と大阪で医療従事者向けの講演会を開いて保護法に関する情報をQ&A形式でまとめた冊子を配布。市民向け講習会も計画している。

 COMLの山口事務局長は個人情報保護という観点から良い病院と悪い病院を見分けるポイントを挙げて、「患者自身も意識を高め、信頼できる病院なのかどうかを見極めるべきだ」と話している。
カルテ開示、患者の権利に
 「最も大きく変わったのは、カルテなどの開示が、病院のサービスから患者の権利になったことだ」と「医療情報の公開・開示を求める市民の会」の勝村久司事務局長は言う。個人情報保護法の全面施行で、患者から請求があれば、医療機関はカルテ、保険者は診療報酬明細書(レセプト)の開示に原則として応じなければならなくなった。

 カルテについては、医療機関に開示を拒否されることも少なくなかったが、今後は「本人または第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合」などを除き、開示を拒めなくなる健康保険組合などにレセプトの開示を求める際も、「医師による確認」が不要となった。患者は、自分の治療内容をより把握しやすくなったうえ、主治医以外の医師に意見を聞くセカンドオピニオンも受けやすくなる。
個人情報保護対策が進んだ病院を見分けるポイント
・個人情報保護法の順守や利用目的を明示した掲示物を患者の目につきやすい場に設置している
・職員が個人情報保護法についてわかりやすく説明できる
・他の患者がいる前では医師や看護師が症状などを尋ねない
・病院内が整理・整頓されている 
・個人情執こ関する資料を、患者の目に触れたり手の届く場所に保管していない
・カルテ開示に積極的で、開示請求手続きを開示している
・名前で呼び出さない、呼ぶ場合も事前にその旨を通知するなど配慮している
・苦情に対応する窓口が、分かりやすい場所にあり、患者の立場に立って対応してくれる
(COMLの山口育子事務局長の意見を基に作成)
医療機関が扱う患者の個人情報の例
・カルテ
・紹介状
・保険証
・入院申込書
・服薬指導記録
・看護記録
・レセプト
・手術記録
・処方せん
・エックス線写真

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