抗菌薬処方に「発想の転換」を
亀田総合病院感染症内科部長(千葉県鴨川市) 岩田健太郎
Nikkei Medical 2005.4
 感染症の外来診療では、目の前に座る患者を治療するだけでなく、耐性菌対策などの「社会に対するケア」をも両立させる必要がある。つまり一貫した哲学に基づく、中長期的・戦略的な診療態度が欠かせない。

 しかし、従来の医師研修は入院患者のマネジメントが中心であり、外来教育は「ついで」であるか、あるいは皆無であった。さらに、日本では臨床感染症に関する教育がほとんど行われていない。結局、外来における抗菌薬の処方論など確立するはずもなく、各自が思うがままに処方してきたのが実情である。

 本稿では、「○○という疾患には××マイシン3錠を分3で3日間投与」というマニュアル的な記載を省き、抗菌薬処方の基本姿勢を提示する。紙数に制限があるためイントロダクションにとどめざるを得ないが、ご容赦いただきたい。

診断の明確化で「抗菌薬の要否」を判断
 抗菌薬の使い方を学ぶということは、「抗菌薬を使わない」シチュエーションを把握する、という意味でもある。

「いつ抗菌薬を使わなくてよいか」を理解することは、「正しい抗菌薬使用」と表裏一体なのである。

 どういうときに、抗菌薬を使用しなくてよいか。それを知る最短の近道は、診断を明確にすることにある。

 よく見る診断名に、「上気道感染」とか「気管支炎」「腹痛」「下痢」といったものがある。しかし、これらは比較的ゆるやかな診断名で、抗菌薬使用の可否が判然としない。ここで必要なのが、詳細な病歴聴取と診察により、さらに明快な診断名を模索することである。

 例えば、気道に関連した急性感染症は、図2に示した7つに区分けすると便利である。筆者は、これを気道関連感染症の「ビッグセブン」と呼んでいる。
図2:気道関連疾患の「ビックセブン」
@肺炎
 A気管支炎
  B咽頭炎
   C副鼻腔炎
    Dインフルエンザ様疾患
     E中耳炎
      Fいわゆるかぜぜ症候群

 中耳は気道ではないが、気道に連絡しており、炎症を起こす起因菌も類似しているので、関連疾患として「中耳炎」を仲間に入れている。「いわゆるかぜ症候群」は、くしゃみ、鼻水、鼻詰まりのコマーシャルで有名な、あの疾患である。微生物学的にいえば、ライノウイルスやコロナウイルスなどが原因となる疾患である。かぜ症候群の診断は、こうしたゲシュタルト(症状を統合して描き出される全体像のようなもの)を総合的に判断し、図中の他の6つを除外することで診断を下す。漠然とした「上気道感染」に比べ、かなり明快になるはずだ。そして、この「いわゆるかぜ症候群」には、抗菌薬は不要である。

 もちろん、これらの7つにきちんと当てはまらない「境界型」が見られることもある。しかし、そうした例外の存在を差し引いても、明快かつ明確な診断への努力は、よりターゲットを絞った抗菌薬使用、ピンポイントアタックの一助となるはずだ。

 このビッグセブンのうち、抗菌薬の投与が必須となるのは、肺炎のみである。気管支炎に関しては、抗菌薬を処方するタイミングには定説がない。副鼻腔炎に関しては、ほとんどの患者が抗菌薬なしでも自然治癒するので、原則として処方は不要である。高熱、7日以上の症状持続、膿の排出などの限定的な条件下においてのみ、抗菌薬処方の適応となる。中耳炎についても同様で、全例において抗菌薬を使用する必要はない。

 そして、抗菌薬が必要な場合、まず処方すべきはアモキシシリン(商品名サワシリン、パセトシンなど)である。

 なぜ、アモキシシリンか。
 急性副鼻腔炎、急性中耳炎はウイルス性・細菌性のどちらもあり得るが、細菌性の場合の原因菌は主に肺炎球菌であり、インフルエンザ梓菌である。市中肺炎や細菌性髄膜炎の原因菌と同じである。肺炎や髄膜炎では耐性菌を考慮して、抗菌スペクトルの広いセフェム系抗菌薬などが第一選択となる。

感染部位の清潔度と疾患の進行速度を考慮
 では、同じ原因微生物が起こした副鼻腔炎や中耳炎も広域に攻めるべきではないのか−と考えるのは、微生物と感受性試験のみをパラメーターにした場合に陥りやすい基本的な誤りである。われわれが治療するのは患者なのであり、試験管の中にいるばい菌ではない。

 下気道や髄液は本来、清潔な部位である。こういった部位に起きる感染症では、病原微生物を徹底的に殺してしまうことが必要になる。肺炎や髄膜炎は重症化することが多いから、なおさらである。素早く「殺し尽くす」ために、広域抗菌薬が第一選択となるのは理にかなっている。もちろん、培養で感受性があると分かれば、できるだけ抗菌スペクトルが狭い抗菌薬に切り替える。

 一方、副鼻腔や中耳は、必ずしも清潔な部位ではない。感染が起きていなくても常在菌のある口腔や鼻腔との交通は頻繁である。また、副鼻腔炎や中耳炎はすぐさま敗血症、ショック、死亡という激烈な展開をたどる疾患ではない。万が一、処方した抗菌薬に効果がなくても、おもむろに別の抗菌薬に交換するだけの時間的なゆとりがある。従って、たいていはアモキシシリンで治療可能である。多少耐性があり、菌を「殺し尽くす」ことができなくても、菌量を減らすことが十分に期待でき、あとは患者の免疫能が何とかしてくれる。

 万が一、アモキシシリンで効果がなかった場合は、次の外来診療時に別の抗菌薬、例えばアモキシシリン・クラブラン酸(商品名オーグメンチン)などに変更すればいい。こうした時間的余裕のある点が、肺炎や髄膜炎との違いである。この時間の概念が、感染症診療において欠かせないコンセプトである。

 外来感染症は奥が深い。患者の身体的・社会的環境をよく理解し、抱えている疾患名を明確にし、さらにその疾患の原因微生物を同定するか、想定する。その上で、最適と考えられる抗菌薬を処方する(あるいは処方しない)。この作業は実に難解で、勉強すればするほど、処方は困難になっていく。勉強しなければ、避けて通れた道であるにもかかわらず。筆者自身もさらにレベルの高い診療を模索しており、まだまだ道半ばである。

 しかし、とっかかりはあるはずだ。本稿で指摘したように、診断をより明確にし、起因菌だけではなく感染部位などの患者要因を考慮に入れ、時間の概念を理解する。

この3つをマスターするだけで、抗菌薬使用のレベルは飛躍的に向上する。より良い外来感染症診療の糸口として、本稿がわずかでも役に立てば望外の喜びである。
私見)
この解説では薬屋の宣伝にのりすぎないほうがいいということか?


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