不適切な薬剤の処方が1割ほどに
老人保健施設調査
Medical Asahi 2005.2
 高齢者における薬物療法では、過量や多剤投与に関する副作用が、最重要課題の一つに挙げられる。

 東京大学医学系研究科の秋下雅弘助教授が同大学病院老年病科で実施した投薬に関する調査では、入院、外来患者とも、高齢になるほど薬剤数が多くなり、薬剤数が多くなるほど副作用の発生頻度も高率であるという結果が得られている。こうした服薬に関する副作用を軽減することを目的として、秋下助教授らは、老人保健施設の入所者を対象に、不適切な薬剤処方の有無と入所後の薬剤数の増減とその影響に関 しても調査を行った。

入所前後の薬剤数の変化
 調査は、2001年1月〜02年12月に、5カ所の老人保健施設に新たに入所した症例627例を対象にした後ろ向き研究で、入所1カ月後、3カ月後に服用した医薬品と、3カ月間の病態の変化とイベントについて分析した。

 入所時点で、患者の薬剤数は平均で3.5剤(±2.5)だった。入所1カ月後にはその数は17%(p<0.01)減少したが、3カ月後の調査ではさらなる減薬例はなかった。入所時には、服薬患者の10%がBeersのリストで不適切とされる薬剤を処方されていたが、1カ月後には3分の2までに減った。

 観察期間中に全体で104例のイベントが報告されたが、削減薬に関連したイベントは5例にすぎなかった(薬剤数を減らした230例中の2.2%)。向精神薬の削減による不穏が3例、抗うつ薬削減によるうつ症状1例、血糖降下薬(スルホニル尿素剤)削減による高血糖が1例だった。
注)Beersのリスト
 Beers Criteriaといい、米国でBeersらが、65歳以上の高齢者にとって、ある薬剤処方が望ましくない結果をもたらすという観点から、3段階に分けてリストアップした。1997年に公開された後、2002年に更新された。

 Beersのリストに基づいて、不適切な投薬と判断された主なものとしては、長時間作用型ベンゾジアゼピン、パルピッレート、アミトリブチリン、インドメタシン、ジソビラミド、ジピリダモール、メチルドパ、ペンタゾシンなどが挙げられる。それぞれ、高齢者においては特に表1に示すような副作用発現の可能性がある。
表1 高齢者には不適切な主な薬剤とその副作用
ベンゾジアゼピン(長時間作用型):過領静、転倒
パルピッレート:中枢性副作用、依存性
アミトリブチリン:抗コリン作用、過鎮静
インドメタシン:中枢性副作用
ジソビラミド:陰性変力作用による心不全
ジピリダモール、チクロピジン:副作用大
メチルドパ:徐脈、うつ
ペンタゾシン:中枢性副作用
(Beers MH:Arch Int Med,1997)

 一方、入所経路別に処方薬剤数を見ると、一般病院から来た人が最も多く、次いで自宅、特養、療養型の病床の順で、他の老健から移ってきた人の薬剤数が最も少なかった。

減らすプロセスを慎重に
 この結果について、秋下助教授は、薬を減らしている割には入所中に起こるイベントがほとんどないことを踏まえ、もともとがあまり必要とされていない投薬がなされていた可能性が高いと見ている。また、老年科の専門医がいる同大学の関連施設における調査であるため、削減薬が適切な判断に基づいている点も考慮しつつも、包括払いによる誘導効果も無視できないとしている。

 秋下助教授は、老健施設は元来が病状が安定してから入所する施設ということが前提であって、入所後は投与の削減がなされてしかるべきであるとしたうえで、単にコスト削減を目的とするような機械的な削減がなされないよう、「薬剤数を減らすために」という表2のプロセスを経るべきであることを強調した。1番目の「薬効が確立していないもの」をEBMの観点から真っ先に除外するのはもちろんだが、その他の項目については、医師と患者一人ひとりの価値観に基づいて優先順位が決められてしかるべきものとした。
表2 薬剤数を減らすために
 ■薬効が確立しているか?
 ■訴える症状すべてに処方していないか?
 ■慢性疾患に観察期間を設けているか?
 ■与薬適応の優先順位を考えているか?
 ■薬物療法以外の手段はないか?
(鳥羽研二:日老医誌1999)

すなわち、高齢者では延命を目的とする以外にも、QOLを最優先にするなど個別のニーズを重視すべきだという。

 この調査に加え、日本老年医学会会員644人と、全国の老人保健施設の代表医師2900人を対象としたアンケートでも、Beersのリストへの認知度は低く国内でもこれに類した「不適切な薬剤」のリストが強く求められているという結果が得られた。同学会では秋下助教授をリーダーとしたワーキンググループが、高齢者における薬物療法ガイドライン策定の作業を続けており、6月の総会で公開予定だ。


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