外国人患者を診る 外来診療のポイント 患者の宗教、文化的背景にも留意を 小林米幸 小林国際クリニック院長(神奈川県大和市) Nkkei Medical 2005.4 |
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外国人患者を診るということは、すなわち、宗教や独自の文化・風俗に裏打ちされた医療習慣を持った人と相対さなければならないことを意味している。また、気候や食生活などの違いにより、日本ではあまりなじみのない疾患を持つことにも留意しなければならない。 外国人患者を診る際には、越えなければならないハードルがいくつもある。表1は筆者がクリニックを開設して以来、15年間に訪れた新規外国人患者計5790人を国籍別に分類し、患者数の多い上位10カ国を示したものである。この表は日本で外国人患者を診る上でのすべての問題を暗示していると言っても過言ではない。 ■外国人患者診療の実情 言語・保険・文化の違いが渾然一体 まず第一に、多言語への対応、それも英語以外の言語への対応が往々にして求められることが挙げられる。 これまでに当クリニックを受診した患者の国籍は57カ国にも及ぶ。彼らの母国語は多種多様であり、表1の中で英語が通じるのは、フィリピン人、米国人、そしてスリランカ人の一部だけである。 次に問題となるのが、公的保険を持っていない患者の存在である。国籍別新規患者数が最も多いタイ人、第3位のフィリピン人、第10位のスリランカ人などは特にその傾向が顕著であり、言い換えれば医療費の未納の危険性が常にあることを示している。 さらに、57もの国籍の患者が受診するということは、少なくともその数以上の宗教や独自の文化・風俗に裏うちされた医療習慣を持った人たちと相対さなければならないことを意味している。同時に、気候や食生活などの違いにより、日本ではあまりなじみのない疾患があることや、多い疾患の違いにも注意しなければならない。 これらの問題は各々独立して存在しているわけではない。例えば、言葉が通じなければ、治療方針を伝えることも、医療費について説明することもできない。外国人に対する医療では、これらの問題をたくみにかいくぐりながらベストの医療を心がける必要がある。 表1 新規外国人患者の一覧(1990年1月17日〜2005年1月31日)
外国人患者を診療した経験がある医師ならだれもが味わったであろうこうした問題を、すべて本稿で論じることはできない。個々の疑問点や外国人患者との電話通訳などは、NPO法人AMDA国際医療情報センターにて無料で受け付けているのでそちらに任せ、本稿では外来診療時に出くわす医療文化の違いに基づく出来事に焦点を当てて話を進めたい。
■外国人患者への対応のポイント 医療費については事前に説明を まず注意したいのが、医療費に絡む問題である。例えば、「メディカルチェックアップをしてほしい」と患者から求められた場合。 日本の公的保険を持っている外国人患者は、医療機関を受診する際には当然、すべてに保険が適応するものと考えている。「『何の症状もないが、ただ検査をしてほしい』という場合には保険適応とならない」ということにはおよそ理解がないので、十分な説明が必要となる。 また、民間の保険会社の医療保険に加入している外国人患者に依頼され、英文や日本文で書類を作成した場合、その作成費用については保険ではカバーされず自費となることが多いのだが、費用を患者に請求するとトラブルになることが少なくない。費用について事前に話しておくことが必須である。特に日本の医療機関の多くは、英文の診断書の文書料を日本語のそれよりも高額に設定しているが、彼らには理解されにくいようである。 服を脱ぐことをためらう患者 次に、宗教や国籍の違いなどから留意したい点について、筆者の経験を交えて述べる。 まず、男性医師がイスラム教徒の女性患者を診る際には、本人、または付き添ってきた男性の同意を得ておくことが必要となる。イスラム教では女性は夫や保護者以外の男性には素肌をみせてはいけないためである。また、一般的に、東南アジアの女性は素肌を見せることに恥ずかしさがある。聴診時に下着姿にされることや素肌を露出させられることは性的恥辱と考えられることさえある。聴診する場合、まず服の上のボタンを1つ2つはずしてもらって聴診器をすべりこませて行う。どうしても服を脱いでもらう必要があるときには、十分に理由を説明しなければならない。筆者はかつて、下血で来院したフィリピン人の女性患者(24歳)に直腸肛門診をしようと説明したが、「恥ずかしいから」と拒否された経験がある。 可能性のあるさまざまな疾患について説明したものの説得に応じてくれず、座薬の処方で診察を終えた。 一方、男性であっても、中南米や東南アジア、南西アジアの患者には恥ずかしがり屋が多く、服を脱ぐ必要がある診察の際に、女性の看護師がそばにいると嫌がる。このような場合、筆者は男性医師だけで診察するようにしている。紹介状を書く際に相手の医師が女性である場合には、その旨を伝えておいたほうが無難である。 また、タイ、ラオス、カンボジアなどの小乗仏教圏では、人間の頭は仏様の宿る聖なる場所とされている。ゆえに診療上、必要があるとき以外は頭部にむやみに手を触れてはならない。触れる必要がある際にはその理由を患者にはっきりと告げて理解を求めた方がよい。なお、小乗仏教の国々では体に刺青をしている男性が少なくない。これは災いに遭わないようにと仏教の経典の一部などを彫ったものであり、わが国における刺青とは意味が異なる(ただし、これらの国であっても、エリートと呼ばれる階層の人たちは刺青をしていない)。 肥満を健康のあかしと認識 医療習慣・文化も国によってさまざまである。例えば、カンボジアなどでは発熱すると体をコインなどでこする習慣が広くある。子どもの体に赤いあざがあると幼児虐待と誤認しかねないが、日本で育ったカンボジア難民の子どもたちを診ていてもよく見かける。 また、東南アジアや中南米などから来日している人々の間には、「子どもは太っていることが健康のあかしである」と考える風潮が強いが、中には明らかに肥満と思われる子どもたちがいる。周囲の大人が根本的に誤解していることが少なくないため、特に小児の栄養指導に当たっては、肥満は病気であることをはっきりと伝える必要がある。単に、「太っている」とか、「子どもの体重が年齢の平均値よりも重い」と話すだけでは、医師にほめられていると勘違いする。 「お任せしますは日本人だけ どこの地域からやって来た患者であっても、日本人とは異なり、「先生にお任せします」という医者任せの患者はいないと考えたほうがいい。信頼関係を確立するためにも、検査や今後の治療方針などは日本人患者に話す以上に意識的に詳しく念入りに説明した方がよい。ちなみに、発展途上国から来日した人々の中には、貧困や政治的混乱の中で学校教育を受けてこなかった人もいる。自分の目で説明文を読んでも理解できない非識字者(俗に文盲といわれる人)がいることを理解しておきたい。このような患者には、通訳が必要になる。 また、ごく基礎的な医学・医療の知識に欠ける人がいることにも留意すべきである。一般的に、日本人患者に話すレベルよりも基本的なところから説明することが必要である。例えば筆者が、カンボジアから来日したインドシナ難民の患者に水銀体温計を渡して体温をチェックしてもらおうとしたところ、水銀計の読み方が全く分からなかったということがあった。それ以降、当クリニックでは数字を表示する電子体温計にすべて切り替えた。そのほか、血液検査を行えば、体の中のことすべてが分かると誤解している患者も少なくない。これから行う血液検査で何が分かるのか、検査の前に患者にはっきりと説明すべきである。肝機能の検査目的で採血をしたら、後日、患者から血液型を尋ねられることがよくあった。 なお、日本人と外国人では疾患像にも違いがあることに注意すべきである。思ったような治療効果が認められないときには、自分のあまり知らない疾患ではないかと疑いながら診療することが必要である。例えば最近、右上腹部にしこりがあり、そのしこりが移動するとして当クリニックを受診したタイ人女性(32歳)がいたが、タイの文献を参考に顎口虫症と診断した。 |
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治療費と入院日数は事前設定が原則 外国人患者を診る 入院患者への対応のポイント 中西 泉 町谷原病院院長・理事長(東京都町田市) UPDATE 診療のアップデート Nikkei Medical 2005.4 |
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日本に滞在する外国人を診察する際、その大半は「無保険自費診療」なのが現実である。特に入院については医療費の高さに加え、休職に伴う収入の減少も問題となる。円滑に治療を進めるためには、治療費および入院日数の「入院前設定」が前提である。 在留外国人の増加により、わが国においても外国人患者が医療機関を受診するケースは珍しくなくなっている。これに伴い、外国人患者が入院を要する例も経験するようになった。入院する外国人患者に対する診療上の留意点は、外来診療のそれと大きく変わることはない。すなわち、患者への説明と同意、相手の文化・宗教・習慣への気配りが日本人患者に接する以上に必要となる (83ページの別記事参照)。 その一方で、わが国の健康保険に加入し、その恩恵に浴することのできる外国人は、依然として少ない。いわゆる不法滞在といった理由から、大多数の外国人は「無保険自費診療」とならざるを得ないというのが現実なのである。 治療費について言及するならば、 @入院基本料と入院日数 A手術・麻酔 B検査 C薬剤 −の各費用から決定される。 入院医療費は外来医療費に比べて格段に高い。さらに、健康保険を持たない外国人患者にとっては、休職に伴って発生する収入の減少も問題となる。そのため、外国人患者と医療機関の双方にとって、治療費と入院日数の「入院前設定」が最大の課題となっているといっても差し支えないであろう。 なお、診療するに当たっては言葉の問題も依然として横たわってはいる。しかしこれについては、以前に比べて障害とはならなくなってきているように筆者は感じている。その最大の要因は、在留外国人の日本語能力の向上である。既に日本に長期滞在している者が、後から入国した者の通訳を買って出るケースも見受けられるようになった。 筆者が日常診療の中で、入院を要する外国人患者を診察する際に留意している点について表1にまとめた。 医師だけでなく、外国人医療に携わる医療関係者すべてに認識してもらいたい内容である。次に、筆者が経験した具体的な事例を交えながら、そのポイントを解説したい。
「レセプト点数10割換算」が基本 筆者が勤務する病院では、外国人患者の入院は外科手術を要するためであることが多い。国籍は多岐にわたり、アジアや中近東、アフリカ、南米といった開発途上国の人々がほとんどである一方、北米やヨーロッパの人々は皆無といってよい。 手術を要する代表疾患は鼠径ヘルニアであり、次いで肛門疾患となっている。治療は予定入院、待機手術という形をとっている。このほか良性疾患として、胆石症や虫垂炎などが挙げられるが、後者は緊急手術の対象となる。悪性腫瘍はまれであり、後に述べる理由により、原則として本国で医療を受けることを勧めている。しかし過去には、大腸癌で腸閉塞状態に陥り、イレウス管を挿入しイレウスの寛解を待った上で、大腸切除を行わざるを得なかった症例も経験した。 疼痛軽減のための治療費を十分考慮 健康保険点数は医療機関にとって満足できるものではないが、治療を受ける無保険の在留外国人にとって過大な負担となることは想像に難くない。この間の調整をどのように行うかが医療機関側にとっての課題である。 過去には自費診療ということで、保険点数の20〜30割で算定し請求を行っていた医療機関もあったが、この算定方式自体が医療費未払いを多発させてしまう結果を招いた。これに懲りてか、最近では10〜20割の間に設定している施設が増えているようである。 当院での治療費の設定は、レセプト点数10割換算を基本としている。 手術予定患者の外来での術前検査項目は、末梢血液検査、生化学検査(総蛋白、UN、CRE、UA、T_Chol、HDL−Chol、TG、AST、ALT、γ−GTP、出血凝固、BS)、感染症検査(HBs−Ag、HCV−Ab、梅毒、HIV−Ab)、尿検査、胸部]線写真、心電図−である。 次に、実際に筆者が経験した事例について紹介する。まず、右鼠径ヘルニアで当院を受診したミャンマー国籍の男性患者(29歳)である。患者には2日間の入院予定である旨を説明し、治療費は入院・外来合わせて15万円と提示した。禁飲食とし入院させ、同日午後、腰椎麻酔下でヘルニア根治術(Plug−Mesh法)を施行した。ところが、術後に疼痛を訴えたため、最終的に入院期間は3日間となった。結果的に、レセプト点数は1万6640点(手術・麻酔:7010点、手術薬剤:2272点、入院基本料・加算〔T群2〕:4932点、検査・画像診断:1263点など)となり、当初の提示額を超えてしまったが、患者本人には予定通り15万円で請求した。 この例の経験を生かし、それ以降、筆者は鼠径ヘルニアの患者には入院予定期間をあらかじめ3日間と説明するようにしている。例えば、左鼠径ヘルニアで入院したミャンマー国籍の男性(28歳)の場合。入院予定を3日間と説明し、入院・外来合わせて18万円に設定し提示した。術式や入院期間共に、前述の症例と同じであったものの、レセプト点数は1万6888点となり、提示額内で収まった。 当院では過去に、ヘルニアの入院手術を10万〜12万円で請け負ったこともあった。しかしこれでは、手術料の割引とならざるを得ず、医療機関側の自己犠牲が大きい。そのため、最近では一律20万円(3日入院)として提示している。 肛門疾患については、例えば、痔核根治術目的で入院したミャンマー国籍の男性(36歳)に、当初、5日間の入院予定で20万円と提示した。しかし、実際には7日間の入院となり、点数は2万1331点(手術・麻酔:6530点、手術薬剤:479点、入院料:1万1508点、検査・画像診断:1263点など)となってしまった。そこで、これを参考に請求したのが次の例である。 患者は痔ろう根治術(Lay−OPen)目的で入院したペルー国籍の男性(38歳)である。3日間の入院予定で15万円と提示したところ、実際に入院期間は3日で済み、レセプト点数は1万4835点と提示額内に収まった。 痔核はヘルニアと異なり、術後の疼痛のコントロールが難しいためこ予定の入院期間を超えてしまうことがある。従って、当院では現在、25万円を標準とするようになっている。 ガン治療や透析は本国での受療を勧める このように、患者と医療機関双方の懐具合が苦しいのが在留外国人の自費診療の実態である。また、予定入院手術例でも、例えば、胆嚢総胆管結石例では内視鏡的逆行性胆膵管造影(ERCP)や内視鏡的乳頭括約筋切開術(EST)、腹腔鏡下胆摘術を行うため、治療費は高額とならざるを得ない。 緊急手術例の場合は、例えば虫垂炎ならば入院期間・治療費共に予測が立てやすい。ところが、イレウスで入院となった大腸癌の患者では、イレウス管による減圧、大腸切除再建、抗菌薬の使用によりレセプト点数が10万点を超え、患者に支払い能力がなかったため大幅に割引せざるを得なかったという経験がある。 この症例はイレウスのため治療を先行せざるを得なかったが、一般的に、癌と腎不全については患者の本国の医療水準を超えるべきでないと筆者は考えている。わが国では当然とされる癌根治術と、それに続く抗癌剤投与や、腎不全に対する血液透析は、感染症が疾患の首位を占めている開発途上国では、いまだ標準的な医療とはなっていない。膨大な治療費が、結果的に患者を苦しめることになる。これらの患者に対しては、疾患とその予後について告知を行った上で、本国への帰還を勧めることにしている。 入院生活上の注意点 食事や礼拝など宗教上の戒律にも配慮 そのほか、外国人患者を入院させる際、当院では、「室料差額のないベッド」ということで、4人部屋と6人部屋を提供している。 また、入院生活上の留意点としては、特に宗教に対する配慮を挙げておきたい。一神教の中でもイスラム教は日常生活(食事の献立や礼拝)における戒律が厳しい。 食事の献立に豚肉を使用することは禁忌であるし、1日に何度か、メッカに向かって礼拝を行う。筆者はかつてイスラム教徒の患者が入院した際、病院の屋上に赤いじゅうたんを敷き、西に向かって礼拝を行えるよう取り計らったこともあった。なお、宗教を確認する際には個人情報保護法の関係もあるため、聴取する目的を患者に十分説明する必要がある。 |
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外国人患者を診る 小児科診療のポイント 各国の育児習慣を尊重し対応を 諏訪美智子 スワミチコこどもクリニック院長(東京都渋谷区) |
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「欧米と日本では診察の仕方が違いすぎる投薬方法も予防接種も異なるので戸惑う」。幼い子どもが病気になったとき、在日外国人の母親はだれしも不安を覚える。育児習慣や医療習慣は国によってさまざまであ仇相手の意向を尊重しながら接することが肝要である。 筆者は1992年、渋谷区広尾に在日外国人を対象にした小児科クリニックを開業した。各国大使館の職員や外資系企業の駐在員の家族など、受診する患者の国籍は既に60カ国を超える。小児科診療で特に重要となるのが保護者(特に母親)との関係である。ここでは、外国人の母親に揺する際のポイントを中心に、筆者の私見を述べたい。 ■診察時のポイント 小児科医は耳鏡を使うのが”常識 米国やEU諸国の患者を診る際、小児科医としてまず心がけているのが、「欧米式」の診療スタイルである。例えば、日本の小児科医の大半はルーチンに耳を診ないが、海外では小児科医が耳鏡を使うことは常識である。 耳を診なければ、外国人の母親からは「手抜きをしている」と誤解される恐れがある。また、米国の小児科では0〜18歳までを診療の対象としており、簡単な外科処置なども行う。眼科や耳鼻科などは小児科を通じて紹介される専門診療科であり、わが国とは事情が異なることをまず留意しておきたい。 宗教や文化、育児習慣の違いは日常診療で頻繁に遭遇する。例えば、タイ人患者の場合、頭は身体の中で最も尊い部分であるため、子どもの頭をなでることは禁忌であるし、厳格なイスラム教徒であるイラン人は男性が女性と握手することはない。筆者は、以前、米国式のコミュニケーションのつもりでイラン人の父親と握手をしようとして断られたという苦い経験を持つ。 子育ての仕方も母親の国籍によってさまざまだ。米国人は生後1週間くらいから外出させるし、また、中国人は生後半年でおむつを外してしまうなど、戸惑った経験は枚挙にいとまがない。大事なことは、母親の話をよく聞き、その国に合った指導をすることである。日本のやり方に当てはめるのは、その国の文化を否定することになる。母親の育った文化を尊重することが重要である。 ただし、明らかに誤った育児をしている場合には指導するようにしている。例えば、子どもが発熱すると、中国人や韓国人、日本人の母親は厚着をさせる。米国人やカナダ人の母親では30℃ほどの水風呂で冷やすのが常識であり、体全体を一気に冷やすことで熱を発散させる方法は理にかなっている。アジア系の母親には、熱を発散できるよう薄着させ水分を取るよう説明している。 ■説明時のホイント 治療法の選択を相手にゆだねる 外国人の母親は総じて、医師の説明に納得するまで質問を続ける人が多い。疾患の説明のほか、現在の児の状況、使用する薬剤とその副作用、ほかの内服薬との飲み合わせなど、紳かな説明が必要になる。 例えば、感冒で受診した米国人の患児に粉薬を処方したときのこと。「粉薬は食後、適量の水に溶かして飲ませてください」と母親に説明したところ、「何ccの水に溶かせばいいのか」「ミルクやジュースに溶かしてもいいのか」「食後何分後に飲ませるのか」「薬は冷蔵庫内に保存した方がいいのか」「この薬で便が柔らかくなることはないか」「薬がなくなったら、また受診させた方がいいいのか」−と矢継ぎ早に質問が飛んできた。 本来、こうした説明は医師が患者にしなければいけないことであり、また、患者が細かく聞くのは権利でもあるのだが、医師が一方的に薬を処方して終わることの多い日本の診療スタイルと比べると、外国人患者への対応は、1人を診るのに日本人患者5〜10人を診るくらいの労力が必要になるといっても過言ではない。 一般に、日本人の母親は医師が断定的なものの言い方をしないと「きちんとした説明がない」と不信感を抱きがちである。しかし、外国人の母親に対しては相手の同意を得ることが必須となる。「今日は○○という薬を出したので飲んでください」ではなく、「○○という薬を出すけどいいか」といった具合に説明する。 米国などでは、費用を負担する患者側に薬剤を選択する権利があるのが当たり前である。抗菌薬はまず第1世代から処方することが普通であり、効かないときに初めて第3世代を用いる。もっとも、薬剤の好みは国によっても違いがあり、例えば、「早く治したいから強い薬を出してほしい」と要求するイラン人の母親がいる一方で、ドイツ人や英国人の母親の中には抗菌薬そのものに抵抗を示す人が多い。 加えて、「ハーブで体内を調和させたいのだが、カモミールティーを飲ませてもいいか(ドイツ)」「中耳炎はオキシフルを温めて耳の中に入れると治るのだがやってもいいか(イスラエル)」など、各国の民間療法の相談までされることもしばしばである。その場合、「日本では聞いたことはないが、自国のやり方で納得できるのならいいのではないか」と話している。 いずれにせよ重要なのは、薬剤を提示した上で母親に選ばせることである。筆者は、鎮咳薬や含嗽薬、解熱薬など、市販薬でまかなえるものは安易には処方しないようにしている。かつて、処方薬の値段の高さに、処方せんを突き返してきたフランス人の母親もいた。母親には本国に帰省した際などに、好みの市販薬を購入してくることも勧めている。なお、医師が必要と判断した薬剤の処方を母親が拒否した場合には、「母が抗菌薬はいらない。咳止めだけでいいと言った」とカルテに記録しておくことがトラブルを避ける上でも重要である。 ワクチンは自国式と日本式を証明 さらに、小児科特有の問題として「予防接種」がある。 接種時期やワクチンの種類、接種法は国によって異なり、例えば米国では、規定のワクチンをすべて接種させないと、入園・入学を拒否されてしまう恐れがある。いずれ本国に帰る予定がある児であれば、各国の予防接種スケジュールに合った方法で接種しておく方が、後に問題が起こらないだろう。ただし、住民登録している外国人に対しては、自治体で無料のワクチンが接種できる旨も事前に説明しておく方がよい。実際、筆者は、米国式の接種を行った米国人のもとに、後日、自治体から無料の三種混合の通知が届き、トラブルになった例を過去に経験した。日本人の父親がいる場合や金銭面などを理由に、日本式の接種方法を希望する外国人もいる。 当クリニックでは、これまで受診した患者の母子手帳のコピーなどを基に、30カ国以上の接種方法について書かれたプリントを備えている。予防接種を希望する外国人には、本国の接種方法でやるか、生後6カ月まで待ってから日本式で接種するかを尋ね、ワクチンの説明と副反応についての書類を読んでもらった上で、同意書にサインしてもらっている(図1)。なお、日本に無いワクチンについては、輸入代行業者を通じて入手している(RHC USA Corporation:03−5575−7077)。 図1:ワクチンの説明と確認の用紙に書かれている文書(ポリオワクチンの1例)読んでもらった上で患者からサインをもらう。
ちなみに、予防接種を実施する際には、ワクチンの接種部位が日本とは違うことも頭に留めておきたい。日本では上腕に接種するのが一般的だが、諸外国では背部や大腿前面に打つのが普通である。また、接種時、日本では保護者が児を抱きかかえるが、外国人の母親の多くは児を寝かせて接種すると安心するようである。 ■トラブル回避のホイント 費用は文章できちんと明示 当クリニックは、日本の社会保険未加入者については原則予約制で自費診療としているが、医療費に関してはトラブルが少なくない。 例えば、オーストラリアやブルネイなど、医療費が無料の国から来日している患者に請求書を送り、驚かれたことがある。処方せん代が無料の国や医療費を現金で支払う習慣のない国もある。また、フランス人のある母親は本国に戻った後に、「子どものカルテをコピーして郵送してほしい」と国際電話をしてきた。夏季休暇でハワイに滞在中の米国人の母親からは、「子どもをハワイのサマースクールに入れるから、予防接種の記録をファクスしてほしい」と電話がかかってきた。ファクス代やコピー代、郵便料金はだれが払うのかということを完全に無視した要求である。本国ではカルテのコピー代や郵送料などは請求されるのが普通であるのに、日本では無料だという勝手な思い込みから平気で要求してくるのである。 こうした経験から筆者は、健診、診療、診断書作成、紹介状、処方せんなど、金銭が派生するすべての事象にっいて英文で書き出し、受付に掲示するようにした。これ以降、金銭トラブルは少なくなった。 |
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