「『研修医』の待遇改善」
〜執刀医不足や先輩医師の負担増・・・ 医療界全体の環境整備を〜
読売新聞朝刊記事(05.6.4)
 技術や知識が専門分野に偏り、激務ぶりが医療事故の温床にもな っていた臨床研修制度が昨年4月に抜本的に改革された。2年間の研 修が義務化され、内科や外科、救急などの診療科を幅広く回ることに なったほか、「研修に専念できる体制づくり」(厚生労働省)のため、原則として月給30万円が保証されることになった。

「待遇改善では、関西医大訴訟が大きな力になった」と、新制度の制度設計を担った厚労省の検討部会の委員たちは口をそろえる。

1998年8月に急死した関西医大病院の研修医(当時26歳)の労働 時間は、最高で、労働基準法が定める「週40時間」の3倍近い114時間。 収入は「奨学金」名目で月6万円、健康保険にも未加入だった。当時は、 私立大病院の半数では研修医の月収が10万円以下に過ぎず、安月給 を補うために、未熟なまま民間病院で行う夜間のアルバイト当直も黙認されていた。

  新制度のスタートを受けて、研修医を受け入れる全国約950の研修病院では、待遇改善の取り組みが急ピッチで進んだ。改善の“指標”になったのが、「週40時間の労働時間」「それを超える場合の超過勤務手当」などをうたう労基法の順守だ。

【新たなひずみ】
 しかし、大半の病院で研修医の労働環境が格段に改善された反面、新たに生じたひずみが問題化している。

 慶応大病院の場合、かつては研修医の年収が全国最低の30万円だったことや激務のイメージが敬遠され、新制度が始まった昨年度は定員の7割の66人の研修医しか確保できなかった。危機感を抱いた同病院では、年収を昨年度200万円、今年度250万円と引き上げ、2007年度には360万円にする。さらに、勤務時間も原則として午前9時から午後5時に制限。当直明けは完全に休養させるようにしたほか、週末には休みをとらせ、採血や点滴、麻酔などの細かな業務や雑用からも解放した。

 その研修医が免除された仕事は、先輩医師たちが背負うことになった。新たに作成された研修プログラムに基づく指導が必要なため、当直の研修医に付き添ったり、当直明けには、反省点などの細かな指導をしたりするなど、業務量が急激に増大した。

 同病院の河瀬斌・卒後臨床研修センター長は「実際は戦力にならない研修医だけが労基法に守られている、という皮肉な状態だ」と語る。

【手術制限】
  慢性的な人手不足で、研修医を貴重な「労働力」としてきた地方の大学病院では、状況がより深刻だ。

 「研修プログラムの充実のためには、ベテランの医師を派遣先の病院から呼び戻さなければならない。そうすると、その医師がいた病院では執刀医が不在になり、手術を自粛したケースもある」と、東北地方の研修担当者は頭を抱える。

また、専門に偏らない初歩的な診療能力の育成が求められる中、研修医の大学病院離れも進んでいる。

 全体の7割以上が大学病院の医局に入局していたかつての状況は一変。新制度下では一般病院での研修が半数を超え、大学病院の約1割では、研修医の数が募集定員の3割に満たない状況となっている。「指導医を確保しても研修医は集まらず、地域医療が混乱するだけ」との声も強い。

【8割が「廃止」を】
 こうした中、全国80大学の代表が参加する「全国医学部長病院長会議」(会長=吉村博邦・北里大医学部長)の5月の総会では、出席者の8割が、スタートして1年の新制度の「廃止」を希望するという異例の事態となった。同会議は研修制度の改革に主体的にかかわってきたが、今月にも国側に制度の見直しを求める提言を行うという。

 今回の訴訟は、医療界内部の課題に過ぎなかった「研修医問題」を社会問題に押し上げた。研修制度に詳しい箕輪良行・聖マリアンナ医大教授(救急)は、「医師全体の労働環境を改善せずに研修医の待遇のことだけを考えていけば、様々なひずみが生じ、いずれは研修制度自体が崩壊しかねない」と指摘する。

 「研修医は労働者」という最高裁の判断を患者にも医療界にも有意義なものにするためには、「医療者の労働環境の改善」と「医療の質の向上」をセットで検討していくことが必要だ。

《研修医4人に1人「うつ状態」  指導体制の充実急務》
 全国346人の研修医を対象にした筑波大病院総合臨床教育センターの前野哲博助教授らの調査では、新制度下でも、臨床研修を受ける研修医の4人に1人が、1〜2か月後に「うつ状態」にあるという危うい実態が明らかになった。

  「困った時には、指導医がいつでも気軽に相談に乗ってくれるか」の質問には、18.5%が「少し」か「ない」と回答。「知りたいことをわかりやすく指導してくれるか」では、16.4%が同様に答えた。

 「研修医が最もストレスを感じるのは『周囲に必要とされていないと感じた時』。労働時間の削減より指導体制の充実が先決」と、前野助教授は指摘する。

 医師教育で先駆的な米国では、「研修医の過労は患者にとって危険」という認識が明確になっている。

 研修医教育病院の認定機関「卒後教育認定委員会」(本部・シカゴ)は、「原則週80時間」とするガイドラインを適用。

 研修医の約1割に当たる約1万2000人が参加する「研修医委員会」(本部・ニューヨーク)も、「24時間以上の連続勤務をした研修医は、通常勤務よりも医療ミスを犯す可能性が高まる」とする学術論文などを積極的に紹介し、労働時間短縮などのため、病院側との直接交渉も行っている。

 しかし、その米国でも、第一線の医師からは「先輩医師のフォローさえあれば、若いうちにある程度の負荷をかけたほうが、医師は育つ」との指摘が出ているという。
私見)指導医の待遇改善はどうなるのか?? 指導医残酷物語・・・・・

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