成年後見人制度
2005.6.23 日経新聞夕刊
 成年後見制度が注目されてきた。認知症(痴呆症)などで判断能力を失い、社会的な契約当事者になれない人のために欠かせないのが同制度。関係機関のPR不足であまり知られてこなかったが、最近の一連の悪質商法で関心を集める一方、特別養護老人ホームの組織的な取り組みも出てきた。

 埼玉県富士見市に住む認知症の老姉妹(80、78)が、自宅のリフォームで約5千万円を失った。19もの事業者から合計約5千万円の不要な工事契約を交わしたためだ。その後、認知症の高齢者を狙った同様の事件が、同県川越市や蕨市、京都市などでも発覚している。

 ここで事件の解決役として登場してきたのが成年後見人。財産管理や日常生活への配慮など暮らし全体を支える代理人で、家庭裁判所から指名される。富士見市は、同市の清水徹顧問弁護士をさいたま家裁川越支部に後見人として申し立てており、近く選任される。

 清水弁護士は「工事料の返還を求めるほか、介護サービスも使いたい」と話す。だが、姉妹が結んだ工事契約は、「契約時の認知症の程度が分からないので無効とは言い切れない」と言う。

 もし、判断能力に欠けていたのが明らかなら契約は成り立たない。これは、あらゆる契約にいえること。その重大性を認識していたため、特別養護老人ホームの入居契約にあたって、「認知症の入居者には後見人が必要です」と、入居家族にきちんと説明した事業者が現れた。
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 入居者80人の「コモンズ」を4月に開設した町田市福祉サービス協会(東京都町田市)である。

家族たちは東京家裁八王子支部に出向いて自らを家族後見人として申し立て、既に半数以上が家族後見人として申し立て、既に半数以上が後見人に選任された。

 母親(90)の入居手続きをした石井精司さん(69)は、「後見人になりすっきりした気持ちです。施設側との相談事はすべて私が引き受けるだけでなく、.母あての郵便物も堂々と開封できる」と、明るい表情で話す。事前に弟妹に後見人になることの了解を得たり、医師への認矧症の鑑定料で10万円を払ったが、「家族介護から解放されると思えば、たいしたことではなかった」と話す。

 妻の千恵子さん(67)とともに母を自宅で介護してきた。「母が一人でいるとき、訪問販売業者にみそ漬けを買わされたり、ハンドバッグをとられたりした。高額ではなかったが、私たちが認知症の進行に気付かなかったためだった。その後、夜間に出歩いたことがあり、気をつけるようにしている」

 認知症の高齢者を抱える家庭では、珍しいことではない。後見人を付けておけば、少なくとも悪質な訪問販売闇防げる。

 コモンズに妻が入居した石井和夫さん(73)も、後見人になった。「妻にかかわる金銭の出し入れを預金通帳のコピーを添えて裁判所に報告し始めた」と後見活動を話す。

コモンズでは、認知症でない6人を除き、74人の全入居者が後見人制度を活用する。対象者全員というのは、全国の約五千五百の特養で初めてのことだ。

 後見人の必要性は金融機関からも迫られている。東京・中野に住むAさんは、認知症の母親が有料老人ホームへの入居が決まり、その一時金を母親名義の預金や株券から引き出そうとした。母親名義の口座も作る予定だった。

 だが、銀行と証券会社の窓口で「本人の意思を確認できないので手を付けられない。後見人ならいいが」と断られてしまう。銀行口座が犯罪に使われないように、金融機関はその扱いに慎重になってきており、2003年に施行された本人確認法でより厳格になっている。

 本人の意思を第一とする考え方だ。実は、介護保険制度によるあらゆる介護サービスの提供は、利用者と事業者の契約に基づく。行政による一方的な処分、つまり措置制度をやめた。従って、契約内容を理解できない認知症の利用者には、後見人が必要となる。
その契約書に家族が署名すると、「私文書偽造になる」と指摘する法曹関係者は多い。違法行為である。
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 後見人に在宅サービス事業者が名乗りを上げ始めた。埼玉県大井町の特定非営利活動法人(NPO法人) 「うぇるかむ」は、デイサービスに通ってくる独り暮らしの認知症高齢者の法人後見人になろうと手続き中だ。

 副理事長の多久みどりさんは「ケアマネジャーから要請されて」と話すが、信頼できる事業者として認められたというこーとでもある。ただ、後見人とサービス提供者が同一法人になるため「客観性を保つには後見監督人が必要になるかも」と、同法人の理事で司法書士の大貫正男さんは話す。
介護保険での利用、ごく一部
 介護保険法の施行と同時に民法を改正し、財産管理などのほかに介護サービスの利用など身上配慮が後見制度に加わった。だが、後見活動の全利用者はこの4年間で約3万6千人。このうち、介護保険が動機となったのは、毎年3%前後で合計千人弱にすぎない。

 後見制は親族申し立てが原則。その親族が「身内で見ているから」 「将来の遺産問題にかかわるので」と敬遠しがちなのが実情だ。介護保険が個人との契約主義なのに、伝統的な「家」意識が普及を阻んでいる。

 身寄りのない高齢者には市町村が後見の申し立てをできるが、その制度理解に乏しい。来春改定される介護保険法では、市町村が設ける地域包括支援センターで権利擁護事業を担うことになり、後見制も含まれる。社会福祉士や保健師が配置されるが、介護予防のケアプラン作成に追われ、後見制にかかわれるのか疑問だ。

 議員立法として検討中の高齢者虐待防止法案に、日本成年後見法学会は「成年後見制度の活用の明文化」を提案しており、そうなれば、埼玉県富士見市のような経済的虐待の防止に近付く。  (編集委員 浅川澄一)

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