育ち始めた口腔内科医
2005.5.22 日経新聞
 「削って詰める」外科治療が主流だった歯科医寮を変えようと、「口腔(こうくう)内科医」を目指す動きが出てきた。虫歯や歯周病の原因となる口の中の細菌除去を徹底するのが特徴だ。睡眠時無呼吸症候群を内科的手法で治そうとする歯科医のネットワークも始動。予防を重視した治療の登場は、患者にどんな恩恵をもたらすのだろうか−。

再発を繰り返す
 「自分は本当に歯医者なのか、疑問に思うことがある」。5月15日に山形県酒田市で開かれた「オーラルフィジシャン(口腔内科医)育成セミナー」の冒頭、参加した東京都内で開業する歯科医は自己紹介でこう語った。虫歯を削っても、十年しないうちに再治療が必要になる患者が多く、さらに削る。「繰り返していると、単に患者の歯を破壊しているだけではないか、と思ってしまう」

 育成セミナーには全国から十七人の歯科医が参加。「一度削って詰めた歯は長持ちしない」 「自分の歯科医院には患者として行きたくない」 「予防が必要だとは分かっているが……」という悩みを抱えながら、外科治療を続けている歯科医の声が相次いだ。

 このセミナーは口腔内科の必変性を提唱し、酒田市で25年間実践してきた日吉歯科診療所の熊谷崇院長が昨年から始めた。これまでに計150人が受講、約50人に修了証を渡した。

 虫歯はミュータンス菌やラクトバチラス菌などの感染、歯周病も細菌感染による炎症性疾患であることが分かっている。これらの細菌は歯間や歯茎にたまった歯垢(しこう)の中で増殖する。熊谷院長は「こうした危険因子を減らさなければ削るなどの治療をしても再発を繰り返す」と話し、口の中を清潔に保つ必要性を強調する.

 毎日の歯磨きも大切だが、歯垢が残りやすい奥歯の裏やポケットと呼ばれる歯茎のすき間などの部分は、専門家による清掃が必要になる。口腔内科医は、削って詰めるのは進行した虫歯にとどめ、初期の虫歯は歯科衛生士がデンタルフロスや歯ブラシなどで丁寧に歯垢を取り除き、細菌を減らすことで進行を止める。

 このため、歯科衛生士は単なる助手ではなく、重要な役割を果たす。日吉歯科診療所では、衛生士が専用の個室を持ち、受け持ち患者の口腔ケアに当たる。こうした内科的な予防医療が日本の歯科で進まなかったのは「歯科の診療報酬が、削って詰める外科的な治療でないと、収入に結びつかない」(札幌市の開業医)仕組みになっているからだ。

しかし、「患者の満足度が高まれば定期的に通院する患者が増え、外科的治療をしない予防医療中心でも収入は確保できる」と熊谷院長は語る。

 そのためにも、衛生管理に対する患者の理解が欠かせなiい。セミナーでは、だ液検査で細菌量やだ液の分泌量を測り、虫歯や膚病になる危険度をレーダーチャートで示す工夫や、治療前後に撮影した口の中の写真を患者の「健康管理ファイル」に張り、継続的な衛生管理でどれだけ改善できたのかを分かりやすく伝える方法も伝授している。

 歯を削る主な理由は、細菌が侵入して破壊された(虫歯となった)組織を除去することだが、詰め物の土台とするために健全な歯を削ることもある。再治療でさらに大きく削ると次第に詰め物からかぶせ物、さらには歯を抜いて義歯(入れ歯)が必要となってしまう。

欧米に比べ遅れ
 厚生労働省の「歯科疾患実態調査」 (1999年)によると、虫歯治寮による詰め物がない人は、14歳までは3割強だが、15〜24歳で1割以下に。55〜64歳で部分入れ歯と総入れ歯の人が半数を占めるようになる。総入れ歯は70歳以上で3割を超え、80歳以上では半数を超える。
 ただ、欧米が先行する口腰内科医の本格的な育成は始まったばかりで、国内で探すのは難しいのが現状だ。
 「いい歯医者 悪い歯医者」の著書がある林歯科(垂只都中野区)の林晋哉院長は、「歯やあごは内臓と同様、生涯つき合う大事な体の一部。複数の歯科を受診したり、歯科医院のホームページを見比べて、歯科医の姿勢や相性を確認してほしい」と話す。

 具体的には、
@患者の意見を聞き、治療方針や費用を十分に説明する
A様々な治療法の利点、欠点を鋭明して患者に治療法の選択肢を示せる
B薬の副作用などを防ぐため服用中の薬や既往症を調べる
ーなどを挙げる。「歯の状況は年齢や性別により千差万別。それぞれに適した治療を選ぶ必要がある」と言う林院長は「患者に関するきちんとしたデータを集める医師もいい歯医者の条件」と強調している。

 ▼歯科の医療費
 国民医≠寮費約31兆円のうち、歯科の医療費は約2.5兆円。約9万人の歯科医は増え続ける見込みで、医療費の横ばい状態が続く申、先行きに経営不安を抱える歯科医も多い。

 これまで外科的治療が重視されてきたが、最近の診療報酬改定では、虫歯や歯周病を防ぐため継続的に口腔内の衛生状態を指導する項目の単価が引き上げられるなど、内科的治療も見直しされている。2004年には、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の歯科での治療が保険適応となった。


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