『どうする日本の医療』
日本の医療の危機−第1回− 
鈴木 厚 神奈川県川崎市立川崎病院地域医療部長
日医ニュース 2005.6.20
 医療は、患者さんと医師との信頼関係で成り立っているため、医療の評判が良くないと、医療そのものの崩壊につながってしまう。その流れを是正するためには何が必要なのかを、鈴木厚氏が解説した。

実は少ない国民医療費
 現在の日本の医療には大きな二つの流れがある。一つは、医療の質と安全性を高めてはしいという国民の願い、もう一つは、国の国民医療費抑制政策である。この二つは両立しない矛盾した流れにある。

 平成16年度の日本の一般会計の歳入は約81兆8千億円で、内訳は税収56%(所得税17%、消費税12%、法人税2%、その他16%)、国債36%、建設国債8%となっている。

主な歳出は、社会保障23%、公共事業10%、国債21%、地方交付税21%などで、医療費は社会保障の6割(全体の14%・約11兆円)を占めている。平成14年度の国民医療費は約31兆1千億円で、本人負担15%、本人保険料30%、事業主保険料22%、国庫負担25%、地方負担8%から成り立っている。政府の医療政策は、この国と地方の医療費の負担を減らすことである。

歳入の約4割を国債に頼り、歳出の2割をその返済に充てる自転車操業の国家予算であるため、社会保障費の抑制が政策目的になっている。

 昭和五十五年度と平成十四年度の国民医療費を比較すると、国庫負担は30%から25%へと減少しており、差額は1兆8百億円になる。地方負担は5%から8%に増加しているが、三位一体改革の影響で財政難にある地方自治体からの支出は、今後は減少することが予測される。また、不況の影響で事業主負担が24%から22%へと下がり、患者負担は40%から45%の5%増となった。

 加えて、政府は診療報酬を減額している。小泉純一郎首相は「三方一両損」という言葉を使ったが、医療費抑制政策によって得をしたのは政府だけで、患者さんと医療機関は負担が増してしまった。 高齢者の増加や医学の進歩によって国民医療費が増加することを「医療費の自然増」という。平成12年度から三年連続して国民医療費はほぼ横ばい状態であったが、平成9年に厚生省(当時)は「平成12年度は38兆円、22年度は68兆円、37年度には141兆円になる」と宣伝し、マスコミが「医療亡国論」などと騒いだ。実際には平成12度の国民医療費は30兆4千億円に留まったが、「平成22年度は68兆円」の予測値はいまだに訂正されず、国民の不安を煽っている。

 医療費30兆円というと莫大な金額だが、パチンコ産業は同じく30兆円産業である。日本の土地・家屋代などの有形資産は3千114兆円、個人保険総額1千400兆円、銀行預金などの個人金融資産1千200兆円、建設投資費(公共事業費)85兆円、そして、大きな問題となっている公的年金は40兆円である。年金より10兆円安い国民医療費が社会問題にならないのは、国に年金を支払う能力のないことは国民に露呈したが、医療費にまつわる多くの問題は政府が故意に隠しているからである。

 ついでながら、葬式産業は国民医療費の半分の15兆円で、葬式代の平均は東京都で450万円、日本全国では350万円である。「医療費が高い」といいながら、亡くなった後には大盤振る舞いをする。日本の不思議な国民性がここに表れている。

日本だけが薄利多売方式 公共事業大国であるわが国は、日本以外のサミット6カ国(1995年当時)の公共事業費の合計を遥かに超える額を支出している。公共事業費を欧米並みに抑え、それを医療費に充てれば、すべての問題は解消できる。実は、公共事業よりも医療の方が経済・雇用効果は高く、一兆円の投資で6兆6千億円の経済効果、73万人の雇用効果があるとされ、不況対策には公共事業より有効なのである。

 1996年の医療費を国際比較すると、日本は国民一人当たり28万円で世界7位、トップはスイスの45万円、二位はアメリカで42万円。対国内総生産(GDP)比の一位はアメリカで14%、二位がドイツ10.5%。日本は7.2%で十九位だが、皆保険制度の恩恵により患者数が多いため、「患者一人当たりの対GDP比」として計算すると、堂々の世界最下位となる。

 国民一人当たりの年間平均受診回数は、日本21回、欧米5回前後。受診一回当たりの医療費(保険含む)は、日本7千円、アメリカ6万2千円、スウェーデン8万9千円。欧米の医療は値段が高いために受診回数が少なく、日本は薄利多売方式で何とかやりくりしている。収益を費用で割った医業収支率は、日本の公的病院の平均が約93%で、百円稼ぐのに百六円かかっている。私立病院も平均すれば赤字であり、わが国の病院経営の難しさがうかがえる。
  
百床当たりの医師・看護師数も日本は突出して少なく、アメリカは日本の5倍の看護師、5.6倍の医師を擁している。医療事故が起きると、医療従事者の資質の問題にすり替えられてしまうが、根本的な原因は、最も大切なマンパワーの不足にある。 「日本はベッド数が多いから医師不足なのでは」といわれるが、人口十万人当たりの医師数を調べても、日本の184人に対して、ドイツ336人、アメリカ253人。イギリスは156人と日本より少ないが、一日の診察患者数は10〜20人程度で、「日本の医師は一日50〜60人診察している」というと、イギリスの医師は「クレージー」と驚いてしまう。日本で診察の待ち時間が長いのは、当然の結果な のである。

 盲腸手術入院費を都市別に比較すると、日本は一週間で38万円、ロンドンは5日間で114万円、ニューヨークではたった一日で244万円もかかる。(AIU保険会社2000年調べ) また、救急車が無料なのは日本のみで(イギリス、イタリア、韓国などは緊急時のみ無料)、テレビで格好良く映るアメリカの救急車は、一回の出動で1万5千〜4万円ほど徴収されてしまう。

 「生命は大切である」というのは世界共通の認識である。日本は「生命は大切だからタダにしよう」という考えだが、世界標準は「生命は大切だからお金をかけよう」であり、このように大きな違いがある。


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