産科の経済学
友紘会総合病院 婦人科   藤本 昭
府医ニュース 『勤務医の窓』2005.7.13
 昨年から始まった新医師臨床研修制度に伴い、多くの地域の中核病院では、分娩の取り扱いを中止した。言うまでもなく分娩には、母児2つの生命を扱うハイリスクな医療を必要とする場合があり、突然に発生する異常は一刻を争う救命救急医療でもある。

 今日、我が国の産科医療が、何とか先進国並みの水準を保っているのは、医師の努力と家族の犠牲による。しかし世間では、お産は安全であると思われており、法曹界でも同様である。結果が悪ければ、すべて医師の責任とされる。

 現実には、出産の高年齢化に伴い、リスクは格段に増えている。世界規模で、脳障害児の出生を減らすべく、分娩監視と異常事態に対する緊急の帝王切開を行ったが、その数は減らなかった。すなわち、1千例の分娩に1.7〜2.2人の割合で脳障害児が生まれる。しかし、分娩が関与したのは、このうちの10%程度とされている。

 日本では、脳障害児に関する長い裁判の結果、分娩を取り扱った医師に対し、2億円以上の賠償判決が出る。最近の論文によると、120万例の出産があると2400人の脳障害児が生まれることになり、その賠償に1人2億円を充てると4800億円となる。一方、分娩費を平均40万円として、総分娩数を掛け算すると4800億円となる。産科医が不眠不休で働いた収入は、すべて賠償として支払われることになり、分娩に対する意欲を失わせる。

 更に、若い医師に敬遠される理由として、当直回数の多さが挙げられるが、それにも増して、待機という拘束がある。呼び出しがあれば休日でも深夜でも直ちに出勤しなければならないが、なければ無給である。

 この事態を解消するためには、1施設当たり17人の産科医が必要とされるが、そのような多くの産科医がいる施設は皆無である。しかも、アメリカ並みの分娩料(2泊3日で約150万円)と、年間分娩数2千例以上でなければ採算が取れない
 このままだと、近い将来、日本の産科は破滅するのではないかと考える。


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