普及進む「傷の湿潤療法」
患者の認知度が医師を凌ぐ
NIKKEi MEDICAl 2005.6
「消毒しない、乾燥させない」−創傷の湿潤療法を採用する医師が増加している。昨年発売された一般向けの創傷被覆材も売れ行きが好調で、患者にとっては、すでに‘‘常識となってきた。
「湿潤療法で創傷が早く、きれいに治るということに正直、半信半疑だった。消毒は欠かさず、傷は乾かした方がいいと教育されてきた私にとって、導入に迷いはあった」と振り返るのは名古屋記念病院(名古屋市天白区)副院長心得の武内有城氏。

同院では、救急部に所属する武内氏と総合内科の井口光孝氏が中心となり、2003年8月から新鮮外傷治療に湿潤療法を導入している。

 湿潤療法とは、
@創の消毒は細胞障害性があるため行わず、水道水による洗浄と異物の除去を行う
Aガーゼではなくハイドロコロイドやアルギン酸などの被覆材を当てることで別の乾燥を防ぎ、溶出液に含まれる細胞成長因子などの作用を促進させる
というもの。別を消毒・乾燥させる従来法に比べて、疼痛が少ない、治癒期間が短い、瘢痕が目立たないなどといった利点がある。

 この治療法は、相澤病院(長野県松本市)傷の治療センター長を務める夏井睦氏が、「『消毒とガーゼ』の撲滅を目指して」数年前から普及活動を行ってきた。

 武内民らが導入を決心したのも、夏井氏の講演会への参加がきっかけだった。最初は「本当に水で洗っただけで、感染症を起こさないのだろうか」という疑問を完全には払拭できず、導入から数ヵ月間は患者にほぼ毎日通院してもらい、経過観察を行った。そして患者に痛い思いをさせる消毒をしなくても、剣が短期間でよくなっていくのを目の当たりにし、その効果を実感したという。

ノウハウ積み合併症ゼロに
 名古屋記念病院で導入から1年間で実施した湿潤療法345例について合併症をまとめた結果では、7例に剣の感染や接触皮膚炎、創部離閲が認められた。武内氏は、「この7例はすべて、導入初期に起こったもの。湿潤療法の概念が分かっていても、実際の治療は一筋縄ではいかなかった」と説明する。

 剣の感染のほか、アレルギー性の皮膚炎や溶出液による周囲の浸軟(白くふやけること)が生じた場合には、医師・看護師で情報を共有し、試行錯誤を重ねた。その結果、今では合併症を起こすことはまずない。

 現在、名古屋記念病院の中でも、各科、各医師によって考え方が異なるため、病院全体で湿潤療法を行っているわけではない。ただし、創傷治療に対する固定観念を持たない若い医師への浸透は早いようだ。

 都立墨東病院でも、今年2月、院内感染対策の一環として夏井氏を講師に招き、勉強会を開いた。発案したリウマチ膠原病科の金沢輝久氏は、以前勤務していた施設で湿潤療法の経験があり、同科に術後の傷への湿潤療法を持ち込んだ。その金沢氏が「湿潤療法により、それまでの創傷治療に対する疑問が晴れた」経験を、勉強会の主催者で感染症科の加藤康幸氏に伝えたことで講演が実現した。「院内での標準化を目指すわけではないが、消毒液の使用法を見直すなど、従来の考え方に風穴を開けたかった」と加藤氏も話す。

 講演後、興味を持った他科の医師たちからの「現行の処置からどのように湿潤療法へと変えていけばよいのか」という声に応えその普及への取り組みが進んでいる最中だ。

家庭用被覆材の売上急伸
 その一方で、湿潤療法に対する一般消費者の認知度は爆発的に高まっている。
 2004年3月に発売された家庭用の救急医療用具「キズパワーパッド」(発売元ジョンソン・エンド・ジョンソン)は、湿潤療法に用いる創傷被覆材(ハイドロコロイド)そのもの。発売から4カ月後で一時供給が追いつかなくなるほどの売れ行きを見せた。

 同社は、「正しいキズケア推進委員会」を組織して、消費者への普及活動を進めている。傷の手当てにかかわる頻度が高い養護教諭などを対象としたセミナーでは毎回大勢の参加者を集め、解説用パンフレットの配布数は10万部を超えた。

 冒頭の武内氏も「2年前は、インフォームドコンセントが難しかったが、今では『湿潤療法を行ってほしい』と希望する患者も多い」という。

墨東病院リウマチ膠原病科部長の久我芳昭氏は、「患者の意識がいつの間にか医師の技術を追い越したかもしれない」と、医師の早急な対応の必要性を強調する。

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