外国人患者の受け入れ
国挙げ医療産業を育成、医磨費削減も影響
日本、国際競争で出遅れる
日経新聞 2005.7.31
 国内では対応が進んでいる医療機関と聞き、神戸大学医学部付属病院を訪ねた。三年前からは英語が堪能な事務担当者を受付に配置するとともに、英語が話せる医師が診察したり、ボランティアが通訳や院内の案内を引き受けたりしている。

 現状は近隣から一日に一人訪れる程度だが、将来はアジア地域の患者に高度医療を提供することを目標としている。国際診療部副部長の江本憲昭さん(43)が説明した。「政府の医療費削減方針もあり、国立大付属病院といえども特色を出さなければ生き残りが難しくなります。アジアの中核医療機関を目指します」

 とはいえ、神戸大医学部や循環器科で実績がある小倉記念病院(北九州市)は例外的なケースだ。訪日して高度医療を受けたいとの要望はかなりあるとみられるが、日本の病院の受け入れ態勢は整っていない。
「日本で外国人が治療を受けるのは今なお難しいようだな」。席を立とうとした孝造に、江本さんが耳寄りな情報を教えてくれた。「そうした分野はタイの病院が先行していますよ」
「えっ、本当ですか!?」

年36万人受け入れ
 孝造はアジアの先進事例を調査するため、タイに飛んだ。最初に向かったのはバンコク市中心部の総合病院、バルンラード・インターナショナル。三階には外国人専用の案兄書があり、アラブ系や欧米人の患者がひっきりなしに訪れる。
医療専門部の最高責任者(CEO)、カーティス・シュロダーさんが案内してくれた。「外国人患者は年間36万人とタイでは最大規模です」。通訳スタッフは約25カ国の言語に対応できる。
                                 
 強みは安い人件費や物価を生かして医療費を低く抑えられることだ。「治療費は米英の1〜2割程度で済むうえ、診察も迅速です。海外からの来院者が増えれば、医療の質の高さを国内にもアピ−ルできます」

 続いて、日本人が多く住む住宅街が近くにあるバンコク病院に足を運んだ。案内板にはタイ語、英語、日本語が併記されている。日本人向け営業担当の丸橋一成さんに話を聞いた。「日本人を中心に年間八万人の外国人が治療や健康診断に利用しています。来年初めには外国人患者専用の病棟も完成します」

 新病棟には検診センターやがん専門センターを併設。陽電子放射断層撮影装置(PET)を設置して、がん検診や治療に対応できるようにする。観光を楽しみながら治療や検診を受けようとする審宅も諏り込むことで、外国人患者数を毎年、ほぼ二割ずつ増やしていく計画だ。

 タイの民間調査機関、カシコンリサーチセンターによると、タイの民間病院で治療を受ける外国人患者は一昨年の70万人程度から今年は128万人に増える見込みだ。

 「確かに、タイの医療機関の対応は月本のはるか先を行っています」。
孝造から国際電話で報告を受けた所長が追加調査を指示した。「インドの医療機関も海外からの患者誘致に力を入れ始めたらしいぞ」

空港の送迎も手配
 孝道は急きょインドに渡りニューデリー市のエスコート心臓病院を訪ねた。空港からの送迎から付添人の宿泊や観光ツアーまで手配するなどサービスが充実している。入院中のウズベキスタン人、ウルマン・リスキエフさん(63)は「故郷の友人から紹介されて来ましたが、通訳もいてとても快適です」と満足げだ。

 中東やアフリカ、欧米などからの外国人患者は昨年、約8千人と一昨年に比べ一都増えた。「経営基盤の強化に向け利用者を増やすには、国内だけでなく海外からも患者を呼び寄せる必要があります」と専務理事のナレシュ・トレーハンさん。
 ムンバイ市のP.D.ヒンデュージャ国民病院でも、医療収入の7%を外国人患者向けの治療が占める。

 総務担当部長のアヌーパム・パルマさ人か説明した。「海外から患者を誘致するため、州政府やインド商工会議所と連携しています」

 同市の歯科医院32リーズンズも、外国人向けの医療サービスを展開する。歯列矯正や歯の漂白が格安でできるとして、中東のドバイや英国で宣伝活動を仕掛ける考えだ。

 孝造に新たな疑問が浮かんだ。「病院の努力だけで外国人患者を増やすことはできるのかな?」。インド保健省局長のラーマムーシーさんが答えてくれた了「インドにはアーユルベーグという伝承医療も先進的な病院もあります。政府も海外からの患者誘致を支援しています」

インド保健省は全国医療機関の医療の質を評価する作業に着手、ビデオの作成など広報活動を通じ海外に上位の病院を紹介する考えだ。さらに治療目的で入国する外国人患者に」有効期間が一年の医療ビザ発給を決めるなど便宜を図る。

 インドの公的医療支出は低く、国民には不満も高まっている。それなのに、外国人患者の受け入れに力を入れるのはなぜですか?」。孝道の問い掛けにラーマムーシーさんが答えた。「医療設備やサービスの質が向上すれば、結果的にインド国民も恩恵を受けられます」

 国際医療福祉大学助教授の河口洋行さん(40)が解説する。「アジア諸国や米国では個別の医療機関の戦略にとどまらず、国の方針として医療をサービス産業ととらえて振興策を進めています。これに対し、日本でも政府が社会保障制度の抜本見直しを進めていますが、産業育成の観点から医療業界の将来像を描こうとする動きはほとんどありません」

 「アジア諸国では国策として外国人患者の誘致を目指すなど、医療分野での国際競争が激化しています」。
孝造の報告を聞き、近所の留学生は首をすくめた。「日本の病院が競争に加わるのは当面難しそうですね」

 「東京もインドと同じぐらい暑いし、もう夏休みですね」。インド土産の紅茶を飲みながら、くつろぐ孝造を見て所長が嘆いた。「探偵の世界に国際競争がなくてよかったな」 


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