Dr平原の在宅医療のツボ
第7回輸液−末梢静脈栄養と皮下注射輸液を中心に−
東京ふれあい医療生協 梶原診療所 平原佐斗司
medical ASAHI 2005. October
在宅医療では、中心静脈栄養(TPN;Total Parenteral Nutrition)よりも末梢静脈栄養(PPN;Peripheral Parentera lNutrition)を実施する機会が多い。
在宅医療におけるPPNの適応は、
@一時的な経口摂取不良時の脱水の治療あるいは栄養補助の目的
Aターミナル中期以降(予後1カ月未満)の緩和医療目的
の二つである。

@では、主に在宅高齢者が、急性期疾患の合併などによって一時的に経口摂取量が低下し、脱水に陥っている場合に、脱水を補正し、脱水症状を改善する目的で、間欠的にあるいは短期間持続的に、末梢から補液が行われる。

Aの在宅ホスピスケアにおける輸液では、栄養という観点からではなく、苦痛嬢和という観点から輸液法を選択する。末期癌のターミナル中期以降では、TPNとPPNでは生存率やQOLに差がないことが分かっており、我々もターミナル中期以降で補液が必要な場合は、PPNを実施することを原則としている。

末梢輸液の方法
 末梢静脈の確保に用いられる表在静脈は、上肢、下肢、頚部(外頚静脈)にあるが、通常PPNには上肢の静脈を第一選択とする。下肢の表在静脈は深部静脈炎、血栓症を起こしやすくなるため第一選択にしないが、肺癌などで上大静脈症候群を合併する場合は下肢が第一選択となる。穿刺は遠位の血管から行い、近位にある血管はなるべく残すようにする。通常は利き手とは反対側を選択するが、麻痺がある場合は非麻痺側を優先する。関節で屈曲する部位や動脈と静脈が並行して走る部位(肘商都の尺側皮静脈など)は避ける。PPNでは通常静脈内留置針としてサーフロなどのテフロン針を用いるが、長期留置用に作られた末梢用留置針(インティマなど)を用いても良い。

 経口摂取が全くできない場合は、PPNではどんなに工夫しても投与カロリーやビタミンや微量元素が不足するため、PPNだけの栄養は通常2週間が限度と考えられている。このような場合は基本的に胃瘻などの経管栄養やTPNといった他の栄養法を選択する必要がある。経口摂取がほとんど困難で、かつ数日以上続く場合は、PPNでも糖質、電解質、アミノ酸、脂肪製剤、ビタミン剤をそれぞれ可能な限り用いたほうが良い。

 また、PPNでは血管炎などによる閉塞や漏れは必至で、しだいに末梢静脈の確保が困難になってくることが多い。PPNでは血管炎を防止するために、浸透圧比を2程度に抑えることが望ましいが\それでも閉塞や漏れは避けられず長期に続けることは困難である。

皮下注射による輸液
近年、、注目されている皮下注射による輸液(Hypodermoclysis)は、高齢者の軽度あるいは中等度の脱水に対する安全かつ簡単で有用な方法として欧米で再評価され、在宅医療や緩和医療の分野を中心に日本でも広まりつつある手技である。

在宅医療においては、PPN(peripheral parenteral nutrition)の実施が困難な場合、つまり技術的に静脈穿刺が困難となってきた場合や介護者の点滴管理が十分でない場合などが良い適応である。皮下注射による輸液は、PPNに比べて、用いることのできる輸液剤が生理食塩水や5%糖液、およびその混合液といった等張液に限られるという問題はあるが、在宅高齢者の急性疾患に伴う一過性の脱水の補正はもちろんのこと、末期癌やアルツハイマーなどの非痛疾患の在宅ホスピスケアにおいても非常に有用な方法である。

 本法の最大のメリットは、管理も含めた、その容易さである。刺入部を消毒後、22Gのサ-フロ針を皮下に刺入、フイルムドレッシング材で固定し、滴下数を調整するだけでよい。通常は穿刺部として臍周囲の腹壁か前胸部上方が選択されるが、事故抜去がある場合は肩甲骨周辺で実施する。最大で一穿刺部から1mL/分を投与でき、24時間で約1500mLの補液が可能である。副作用として挙げられている局所の浮腫や痛みはほとんどなく、PPNでしばしば悩まされる点滴漏れ、詰まりなどのトラブルがなくなる

 我々も6例に対して延べ200日にわたる皮下注射による輸液を行ったが、事故抜去、接続部外れ、滴下不良各1回、局所の発赤2回の計5回のトラブルのみで、多くは医師の対応が不要であった。また、穿刺部は文献では平均4.7日使用可能となっているが、我々の経験では平均20.4日、最大43日使用可能であった。

末期癌患者への輸液
   末期癌患者に対する輸液の問題は関心が高く、今日活発に議論されている問題であるが、その臨床研究は少なく、科学的評価に耐えうる論文は数えるほどだが、これらに共通して言えることを以下にまとめてみる(表)。
 末期癌のターミナル中期以降では、TPNとPPNやは生存率やQOLに差がなく、PPNを第一選択とすべきであることは既に述べたが、輸液量についても、臨死期にまで大量の輸液を行う従来の医療のあり方が見直されている。日本の一般病院での死亡当日の輸液量は1500mLであったのに対し、ホスピスでの輸液量は241〜700mLであったという調査がある。在宅ホスピスにおいても、臨死期には輸液をしない、あるいは輸液を行っても500mL前後にとどめることが多い。輸液量を最小限にすることが、呼吸苦や浮腫を緩和し、分泌物を抑制し、苦痛を緩和することにつながる。過剰な輸液を慎むことが臨死期の症状緩和の基本である。

 臨死期の患者に家族が輸液を望んだ場合、その背景には最後まで延命を希望する家族の思いがある。その場合は、食欲不振は末期癌のほとんど(約9割)に見られ、死が近付いてくると食べられなくなるのは自然の経過(生理的)であること、過剰な輸液は分泌物の増加を来し、苦痛の増強につながることを説明する。十分に話し合えば、多くの家族は輸液を希望しなくなるが、最後まで治療をという思いが強い場合には少量の輸液を実施することもある。

もちろん、末期の輸液についての患者の事前の意思表示(advanced directives)があれば、それを最大限尊重することは当然である。

 最後に末期における輸液についての決断の指標に関してJイギリスで「緩和ケアにおける倫理的判断のために〜終末期状態の患者に対する人工的な水分補給に関して」という勧告が発表されているのでご紹介したい。この中では「死が差し迫った患者に対する補液は、予後や症状改善に影響を及ぼさないと言われている。その場合、これを行うことは患者に対して不必要な負担になる場合もある」としたうえで、人工的な補液が適切かどうかは、それが患者にもたらす利益と負担のその時々の再評価によ?て判断されるべきであると記されている。
末期癌患者への輸液について
@末期の口渇感は、水分摂取量と相関しない。
A意識状態と輸液量の相関はない。⇔少量の水分摂取はせん妄の防止に役立つ。
(二つの異なる意見がある)
B末期の口渇感は血液データとも相関しない。
(口渇は他の原因によるのではないかと考えられている)
C水分摂取不足は分泌物減少に役立つ。
D終末期の患者はごく少量の食べ物と水分でも不快感を感じない。
E臨死期(予後1〜2日)には輸液は必要なく、生命予後とも関係がなさそうである。
F臨死期には大部分が脱水状態にある(臨死期の脱水は生理的である)。
G高カロリー輸液については、余命延長や症状績和に寄与しない。

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