中皮腫 長谷川栄一の知恵袋 医学博士 長谷川柴− 元・京都府立医科大学教授 佐倉市国際文化大学名誉学長(市民大学講座) medical ASAHI 2005. October |
●上皮、中皮、内皮 石綿により特異的に発生する中皮腫は難治の悪性腫瘍で、胸膜や腹膜などの中皮組織から生じる。中皮腺は100万人に2〜3人の希少疾患であったが、1970年以降、欧米諸国では発症者が激増して社会問題になり、日本でも2003年の死亡者は878人である。 中皮腺の発生部位は80%まで胸膜が占め、残りはほとんど腹膜で、いずれも中皮組織であることが特徴だ。 この中皮とは、受精卵が細胞分裂を反復して発育する初期の段階で、外中内の3胚葉に分かれたとき、中胚葉から発生する細胞だ。胸膜、腹膜、心膜、腸間膜、大綱などはこの中皮細胞から成る膜で、体腔内面と肺、腸などの臓器表面を覆い、外界と直接接触しない。 血管やリンパ管の内壁の細胞もこの一種だが、こちらは内皮と呼んで区別している。 これに対し直接間接に外界と接する皮膚、消化器や呼吸器の内面を覆う細胞を上皮と言う。 ●肺癌と中皮腫 腫瘍のうち上皮細胞から発生したものを「癌」、上皮以外の細胞から発生したものを「肉腫」と言う。癌は細胞同士が一団になっていることが多く、外科的に摘除しやすいが、肉腫は腫瘍細胞が正常組織の間に浸潤して広がり、そのため転移しやすく根治しにくい。中皮睦はこの例だ。 いわゆる肺癌は全例の95%まで気管支粘膜上皮の悪性腫瘍で、腺癌、扁平上皮癌、大または小細胞癌に分類され、石綿吸入により誘発されるのは主として肺の腺癌である。 これに対して青石棉その他の着色石綿では、肺の実質ではなく周囲を取り囲む胸膜に腫瘍を生じることが多い。 この場合は上皮細胞起源ではないので癌とは言わず中皮腫と称する。 ●中皮腫の診断、治療、予防 中皮腫の診断は石綿に曝露した状況や胸痛、胸水、空咳などの臨床症状と、]線CT、MRI、PETなどによる画像診断、および血清メゾテリン関連蛋白(SMRP)の濃度測定により行われる。 SMRPとは中皮腫患者の血清中に特異的に増加する腫瘍マーカーで、中皮腫診断の的中率は100%に近い。 治療法としては患部の胸膜と肺の一部を切除する外科療法、あるいは化学療法による。放射線療法、免疫あるいは遺伝子療法は、現在のところ十分な成果が得られていない。 中皮腫に対する化学療法は、腫瘍細胞のDNA合成を阻止する目的で、シスプラチン(白金製剤)にペメトレキシドpemetrexedあるいはゲムシタビンgemcitabineを併用する方法が有効といわれ、74人の患者中半数近くに効果があったという。日本では現在治験中である。 C型肝炎から肝癌の発生は、肝細胞中の余剰鉄分による活性酸素の生成が原因とされ、潟血や鉄の少ない食餌が発癌を抑制するというが、青石綿による中皮腫の発生も、石綿中の鉄が細胞内で水酸化ラジカルを生成し、DNAを損傷するからではないだろうか。抗酸化食品と低鉄分食餌を摂ることが、中皮腺の発症を予防するかもしれない。 |
ナポレオンの好物はブタの中皮 グルメだったというナポレオンは、ブタの網脂を用いた「クレピネット料理」が大好物で、この料理がうまく作れず、クビになったシェフは何人もいたそうだ。 この網脂はブタの腹膜(大網)で、クレビーヌ(crepine)と呼ばれ、中皮細胞と結合組織からできた膜に脂肪が多量に 付着して網状になっている。ウシのものは網の目が租いが、ブタはレース布のように美しく、これで挽肉を包んで焼いたものがクレピネットで美味だ。 |