『医は算術であれ』
物理学者 米沢富美子
日経新聞 206.2.6『インタビュー領空侵犯』より
医師やヘルパーなどの医療従事者にご不満があるとうかがいました。
 「八十七歳になる私の母は体はどこも悪くありませんが、ひざが少し不自由です。
ですからときどきヘルパーさんが来てくれるのですが、その人が『おばあちゃん、具合どうですか』と聞くのです。
この『おばあちゃん』が気に障るようです。『介護を頼んでいるけれども全人格を預けているわけではない』と時々私にこぼします」

「ヘルパーさんには悪気はないのでしょう。でも、年をとっているからといってみな『おばあちゃん』と呼ぶのはどうでしょうか。その前に一人の人間として扱ってほしいという望みがあります。相手の気持ちやバックグラウンドを知って接するのはビジネスの基本です。医療の世界ではこれが欠けているようです」

ビジネスというお金と結びつけがちですが…。
「医療を金銭ではかることには私も反対です。でも、ビジネスの社会にはクライアント(顧客)が存在します。それぞれの背景を調べ、要望を聞いて臨機応変に対応します。医療でもそうした考えがほしいですね

「科学の世界では多様な見方をすることは非常に大切です。コップでも上からと横からでは異なった形に見えるのと同じように、一つのものでも角度によって見え方が違います。人との接し方でも、患者や介護を受ける人の目も加えてください。マニュアル化された紋切り型の対応はどうかと思います」

医療従事者には、患者は庇護(ひご)すべきかわいそうな人という考えが強い。
「そうした見方は患者を従属的な存在に置き、いわゆる医療のパターなりズム(父権主義)につながります。『ちゃんと治療しているのだから言うことを聞け』というのでしょう。これでは知らずしらず農地に患者と医師の間に上下関係を生みます。独立した人間として患者を扱う配慮が大切ですね」

ご自身もそういう体験をされたとか。
「まぶたが下がってものが見えなくなる病気に悩まされています。外出していて電柱にぶつかったり……。一時は点字を習おうかと思ったほどです。いろんな病院を訪ねましたが、ある高名な医師からは『長年診療しているが初めてみた。知らない病気だ』と言われました」

『幸いよい医師に巡りあえて、病名もわかり治療も進んでいます。しかし、高名な方を含めて医師の傲慢(ごうまん)さを知りました。ですから、人の気持ちがわかる医師を育ててほしいと思いましたね。言葉一つで、患者の悩みはぐんと少なくなるのです。』
ビジネスの世界では契約は両者が対等な立場。しかし医療の世界では違う。医師らは一段低い立場にいるとの考えが強い。命に関わる医療分野では当たり前と思われがちだが、身は委ねても”こころまで配下にされてはかなわない。目の高さを患者に合わせている医師が増えていることは確かだがまだ少ない。(編集委員)

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