黄教授捏造事件と韓国の『鍋気質』
2006.2.2 日経新聞 地球回覧より
韓国人が最も好きな大衆料理は何か。答えはジャジャン麺(めん)。黒みそと豚肉やタマネギなどを油で炒めたどろっとしたソースを麺にかけて食べる。手軽で安くておいしいと三拍子そろった韓国独特の中華料理だ。

金大中前政権のころ、ジャジャン麺の出前で一躍有名になった人がいる。韓国南西部、光州の高校中退後にソウルに上京。職を転々として高麗大周辺の中華料理店で配達員になっ料。あだ名は『ポンゲ(稲妻)』。なにより出前が速い。注文の電話を切ったら麺が到着していた」との異名壷とった。

 せっかちな韓国人にとって「速さ」は顧客サービスの基本だ。極意を知りたいと、高麗大やサムスン電子が講師として招いた。自著の「おかもちからスター講師へ」は高校生向けの推薦図書に指定された。テレビにも頻繁に出演、金大中政権は「二十一世紀の新知識人」に選んだ。

 ところが住民登録を偽造し友人の名前で生活していたことが発覚した。執行猶予付きの有罪判決を受けると、国民の目は一気に冷めた。そして何事もなかったかのように世間から忘れ去られた。

 クローン技術を使ったヒト胚(はい)性幹細胞(ES細胞)研究の捏造(ねつぞう)で、世界を騒がせたソウル大学の黄南錫(ファンーウソク)教授の事件。韓国社会の対応は、「ポンゲ」事件とどこか似通う。

 「世界一の研究成果を次々と発表した黄教授は、国民的英雄だった。
小学校の教科書にも「ノーベル業に挑戦する」生命工学者として登場した。記念切手む発行され、政府や自治体はこぞって研究を支琴政府は「最高科学者」の称号まで付与した。

 しかし研究捏造が明らかになると、一部の熱狂的ファンを除き、社会は手のひらを適したように冷たくなり、関心も急速に薄れた。黄教授はなぜ捏造に手を染めたのか。社会はなぜ偶像化したのか。政府や社会の責任は? 事件を振り返り、自省する雰囲気もほとんどない。なぜか。

韓国人はよく自らを「ネンビ(鍋)気質」と称する。熟しやすく冷めやすい鍋のようだという意味だ。この気質について、社会問題に詳しい西江大学の金永秀副教授は「1960年代後半から80年代にかけて達成した急速な経済成長と関連が深い」と言う。
 当時、韓国は朴大統領の大号令のもと、急激な経済成長を強心られた。戦前から産業基盤を持っていた日本崖遅い、韓国は事実上ゼロかやの始動だった。

 「パルリ、パルリ(急げ、急げ)」。ソウルと釜山を結ぶ京釜高速道は設計から完工まで二年あまり。突貫工事で精度は二の次。難工事に軍人まで投入した。国民誰もが「急げ、.急げ」の強迫観念にとらわれ、熱中の対象を次から次へと移した。この強迫観念が脳裏に刻まれ、「鍋気質」につながったというのだ。

「鍋気質は自然なこと。むしろ問題は大きな事件が起きても後続対策を考えないことだ」と金副教授は指摘する。
   
 ソウルから車で約二時間。中清北道にある陰城大岩顔彫刻公園ぺ世界の著名人約三千人の石像が並ぶ公園の一角に、黄教授コーナーある。真ん中には巨大な黄教授の顔石像バそれを取り囲む上うにチームの主要研究員らの石像が並ぶ。

石像造りを決めたのは黄教授がヒトクローンES細胞を世界で初めて作製したと発表した2004年。巨大な石像造りは時間がかかる。完成したのは昨年12月。、捏造疑惑の発覚後だった。
 「急げ、急げではなく、我々にもじっくり待つ余裕があればね」と鄭根喜理事長。せっかく造った石像は第二の黄教授が掛現れるまで残しておくよと寂しく笑う。


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