無重力環境での免疫抑制に鍵、9月の宇宙旅行で確認へ
medical tribune 206.3.9
サンフランシスコ復員軍人局医療センター(SFVAMC)の生化学者でカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)内科のMillie Hughes-Fulford助教授らは,無重力環境では発現しない免疫反応遺伝子の一群を同定,FASEB Journal(2005; 19: 2020-2022)に発表した。この発見は,なぜヒトの免疫系が宇宙の無重力環境では機能しなくなるのかという40年来のなぞを解く鍵となる。
無重力では遺伝子がオフに
 元宇宙飛行士でもあるHughes-Fulford助教授は,重力環境では病原体の存在に反応するPKAという細胞内情報伝達経路が,99の遺伝子の発現を刺激して適正な免疫機能に必須であるT細胞の活性化を生じることを明らかにした。

 しかし,無重力環境を模した状況ではPKA経路が病原体に反応せず,その結果として91遺伝子が誘導されず,8 遺伝子が有意に抑制されるため,T細胞の活性化が大きく低下することを見出した。

 同助教授は「これは無重力環境だと機能しない特殊な細胞内情報伝達経路である。生命は地球の重力環境で進化してきたため,非常に多くの免疫反応(つまりT細胞の増殖能力)が省略されてしまうことは驚くに当たらない」と述べ,T細胞の機能が非常に低下する状態として知られているのは,HIV感染と無重力環境の 2 つだけであることを指摘している。

 今回の研究は,自由落下を模したランダムポジショニング装置のなかでヒトの免疫細胞を培養する方法により行われた。

 同助教授らは,免疫系を制御する他の 3 つの細胞内情報伝達経路(P13K,PKC,pLAT)は無重力環境でも変化しないことも見出した。

 同助教授は「なぜ機能する情報伝達経路と機能しない情報伝達経路があるのか。おそらくそれは細胞骨格(細胞の内部構造)の違いだろう。細胞骨格は細胞内の建築様式で,重力なしでは本来あるべき整然とした構造を形成できない脂質膜である」と推測している。

 宇宙空間におけるヒトの免疫抑制は,1960〜70年代に米国が行ったアポロ計画で初めて確認された。同助教授らは,アポロの宇宙飛行士29人のうち15人は,特務飛行中,特務飛行直後,地球帰還後 1 週間以内のいずれかの時期に細菌またはウイルスに感染したことを報告したと記している。

ソユーズで確認実験
 Hughes-Fulford助教授は1991年,米国で最初に医学研究を行ったスペースシャトルSTS-40に搭乗した。同助教授は,この特務飛行で免疫機能の低下に関与する特定の因子がT細胞であることを実験で明らかにした。今回の研究は,無重力環境におけるT細胞の抑制に関与する特定の機序を明らかにした初めてのものである。

 同助教授は「微小重力環境における免疫反応の消失の解明は重要な鍵で,そこからユニークな治療標的が発見される可能性がある。もし,ヒトが宇宙空間で長期間生活したり,働いたりすることになれば,免疫機能の問題を克服しなければならない」と述べている。

 同助教授は今年 9 月,国際宇宙ステーションへの物資の供給と実験を行って地球へ帰還する予定の宇宙船ソユーズ内に,ロシアの宇宙飛行士が同じ実験を行うためのコンテナを積んで研究を続行する予定である。「われわれは微小重力環境を模した条件下で遺伝子が機能する方法を明らかにしたが,ソユーズでの実験結果により本来の微小重力環境である宇宙で生じる現象が明らかになるだろう」と述べている。

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