「異状死体の届出義務」と医療界の自己統治
日医ニュース 2006.4.5 『視点』より
 医師法二十一条違反と業務上過失致死の疑いにより、会員が逮捕されるという異常な事件が発生した。医師法の21条に、「医師は、死体又は妊娠四カ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と定められていることは、医師は承知している。

 しかし、その解釈を巡ってはさまざま議論のあるところであり、一筋縄ではいかない。厚生労働省の行政解釈は、以下のごとくである。

 死体又は死産児については、殺人、傷害致死、死体損壊、堕胎等の犯罪の痕跡を留めている場合があるので、司法警察上の便宜のためにそれらの異状を発見した場合の届出義務を規定したものである。したがって、「異状」とは病理学的の異状ではなくて法医学的のそれを意味するものと解される(以下省略)。

 では、われわれはいかに行動すれば良いか? 平成16年2月に発表した『医師の職業倫理指針』には、第一章医師の責務の五、社会に対する責務の(一)に「異状死体の届出」が説明されている。すなわち、「異状がある」とは、純然たる病死ではないと認めるべき状況が死体に存するすベての場合であって、医師が死因に犯罪の嫌疑なしと認める場合であっても、その例外ではないというのが裁判所の考え方である、と述べている。

 また、診療中に予測されない経過で起こった死亡については、死亡診断書を書くべきか、死体検案書を書くべきか迷うこともあるが、これまでの判例(都立広尾病院についての東京高裁判決)では、担当医は異状死体を検案したとして死体検案書を作成し、所轄警察に届け出る義務があるとも述べている。つまり、議論のあるところではあるが、迷うようなケースは届け出ておくべきだといっているわけである。しかし、同じく『指針』にも問題点として述べているように、また厚労省解釈をみても、そもそも現行の医師法21条は診療中の患者の異状死を想定したものではない

 さらに最も大事な点は、仮に診療上の過失が関与している可能性があるとしても、死亡原因の究明は医学上の問題であり、警察の仕事ではないということだ。したがって、徹底した原因究明と再発防止のための組織を、都道府県医師会と日医と学会と法曹界の連携において立ち上げる必要がある。いうまでもなく、この事件は一人の医師の問題ではない。医療界の自己統治機能の問題である。


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