トヨタ生産システム活用 ”カイゼン”使い10万人救命を目指す
特集 米国医療:3つの新潮流より Nikkei Medical 2006.2
「私たちはトヨタから学んでいる。ここに乗るのでなく、トヨタに行けばいいじゃないか」。米国の病院を10カ所ほど回って「医療の質の改善手法」を取材している間に、幾度となくそんなジョークを飛ばされた。米国の医療現場では「TPS」という言葉が広く浸透していた。Toyota production System(トヨタ生産方式)のことである。

 「自動車の生産管理手法が医療現場に有効なのか」。そんな疑問にに、バージニア・メイソン医療センター(ワシントン州シアトル市)の最高経営責任者、デイリー・カプラン氏はきっぱりと答える。「TPSは医療現場に有効な、プロダクティブ(建設的)でクリエーティブ(創造的)な手法だ。「たくさんの人の命が救える」

 同病院は、定期的に幹部をトヨタ自動車と日立製作所の見学に送る。書物やコンサルタントから学ぶだけでなく、本家本元の工場現場を見ることでその神髄をつかもうというのだ。同病院ではTPSの考えで様々なサービス向上を行った

 例えば、抗癌剤の外来治療を受ける患者のための”カイゼン”。まず患者が病院に来てから出るまでを徹底的に分所した。どのように各所を歩き、持ち、どう応対されているかを観察。すべで患者中心の視点から組みてなおし、患者の歩く距離や病院滞在時間を大幅に短縮した。

経営目標は死亡数の減少
 TPSを使ってもっっtp直接的に”医療を原因とする死”の削減に取り組んでいる病院の活動を見てみよう。ミネソタ州のアライナ病院グループでは、経営目標として、医療レベル、患者数増加、収支改善などの柱を立てているが、医療レベルに関しては「医療を原因とする患者死亡を155人減らす」と人命数で目標数を示す。
 さらには、それを「入院患者心不全の減少」「人工呼吸器関連肺炎の減少など」具体的な行動に結びつく8つの項目に責任医師が決まっており、毎月の経営会議で進捗がチェックされる。
 病院ランキングで1位の常連であるジョンズ・ホプキンス病院(メリーランド州ボルティモア)は、3年前に「質の高い患者ケアに関する革新センター」を設置した。同センターのピーター・プロノポスト氏は米国医療界では今ちょっとしたヒーローだ。集中治療室(ICU)から呼吸器関連肺炎(VAP))を・一掃しようとしているからだ。

 通常、ICUでは15%ぐらいの患者がVAPにり、その半数程度はそれが原因で死亡する。医療現場ではずっと「仕方がない」と受けとめられていた だが、プロノボスト氏らは5つの手順をセットで実施すると、ほぼ完全にVAPが排除できることを誰明しでみせた。

 その5つとは@患者の上半身を30度起こす体位を取る。A毎日1回麻酔深度を下げるB毎日1回、呼吸器離脱が可能か検討する。C胃酸抑制剤を投与するD深部静脈血栓予防薬を投与する−だ。感染対策に、製造管理の「標準手順書の励行や「ゼロディエッフェクト(不良品ゼロ)活動」の考えを使っている。

 ジョンズ・ホキンスの1つのCPUでVAPゼロが実現されると、同じ病院の他のCPUへ、さらには他の病院のICUへと、この手法が広がっていった。現在、同氏はミシガン州全体からVAPを駆逐するプロジェクトに取り組んでいる。

盛り上かる医師主導の改革
 今全米でTPSを浸透させる日「10万キャンペーン」が進行中だ。
IHI(Institute of Healthが主催し、2006年6月末までの18日間で、「避けられる患者死亡を10万人削減する」ことを目標とする。医師でリーダーのドナルド・バービック氏は、生産管理手法の影響を強く受けている。

 既に3000の病院が参加した。病床数では全米の半数を超える。医療界の連帯感に訴えるバービック氏の手腕に加え@目標が生命救済で明確Aやれば目に見える成果が出るB医師主導で推進された自主参加による活動ーといった要素が相まって急速に浸透した。

 トヨタ生産方式という他産業の知恵をフルに活用して、医療原因死の削減に弾みをつける米国。一方日本では製造業から学ぶ意識が低い。

 ハーバード大学のリーブ氏氏は「米国では有効性が証明された手法は、どこでも有効なはず。費用もほとんどかからない。少し頭を使うだけ」と、模倣を勧める。トヨタ方式の逆輸入を考慮すべきかもしれない。
アライナ病院グループの経営目標
院内死亡率
院内死亡率を減少させて155人の死亡を削減する
迅速対応チームにより入院中の心不全を減らす迅速入院封応チームを2005年12月までに全病院に設置、2006年6月までに死亡率を10%削減。
急性心筋梗塞、心不全に関する最適医療実施急性心筋梗塞の最適医療実施比率を91%から93%に、心不全の最適医療実施比率を68%から79%に向上。。
処方薬飲み合わせチェックによる薬の有害事象減少入院時に既存の服用率との飲み合わせをチェックする率を79%から90%に向上。薬の有害事象率を15%減少
中心静脈ライン感染の減少予防セット手順実施率を19%から100%に向上。肺炎発症率50%減少の達成。
人工呼吸器関連肺炎の減少予防セット手順実施率を32%から100%に向上。肺炎発症率50%減少の達成。
褥創感染の減少選定された外科手技に関して有効性が高いとされる介入の100%実施。選定された外科手技に関して術創感染の減少。
転倒の減少18%減少。
高血糖症、低血糖症の減少目標血糖値内の患者を20%増加。超低血糖値患者を1%以下にする。
10万人医療死削減キャンペーンの目標
対策死亡削減人数
院内感染対応チーム設置
60,000
集中治療室人工呼吸器関連肺炎対策
10,000
急性心筋梗塞患者対応(アスピリン&βブロッカー処方)
10,000
中心静脈ライン感染予防(手洗い、消毒徹底)
10,000
術前管理(抗菌薬処方、血糖値管理徹底)
8,000
投薬ミス抑止(処方飲み合わせチェック徹底)
2,000
合計
100,000

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