花柳病−性病−性感染症の百年の歴史(その2)
((財)性の健康医学財団名誉会頭 熊本悦明)
日医ニュース 2005.4.20 医史百年 100号より
1920年代に入ると、サルバルサン、サルファ剤の開発・臨床応用も進んだため、治療学はかなり発展した。しかし、残念ながら、1930年から1940年代にかけての戦争・敗戦の社会混乱は、性病の流行をなかなか抑制し得ないまま長々と続かせていた。

 ところが、1950年に入り、幸いにもペニシリンを始めとする抗菌剤が臨床応用されるようになると、さしもの性病大流行も抑え込まれるようになり、一時は、あたかも人類は性病の悪夢から解放されるかの感も、社会にみなぎり始めてきた。

 しかし、敵もさるもの、1960年代後半から、今までの症状の強い性病群(梅毒・淋疾・軟性下府・第四性病)に代わって、症状が軽く、無症候化傾向の強い性器クラミジア、性器ヘルペス、尖形コンジローム、さらには子宮頸癌を起こすヒト・パピローマ・ウイルス(HPV)感染までもが、次第に増え始めてきたのである。

 その無症候化の進む性病は、完全に一般市民のなかに浸透し、今や生殖年代男女の問の性生活における生活環境汚染的流行″にまで広がってしまっている。そこで、今までの性病#F識をもう一度変え、より一般的・日常的感染症として認知してもらわなければならなくなり、新たに性感染症(STD)という名で呼び代え、市民啓蒙教育が行われるようになったのである。

 しかも最近は、同じウイルスによる性感染でも、性器局所にはまったく病変を持たないB型およびC型肝炎、さらに梅毒以上に手強いHIV/エイズが、性感染症に仲間入りしてきた。

 そのHIV感染も、現在、数こそまだ一万人に一人程度の感染率とされているが、性生活を持つ10〜25歳女子で15人に1人は感染しているほど大流行している性器クラミジアと、ほぼ同じ上昇率で広がり始めているのである。

 これらの最新の性感染症群のほとんどは無症候であり、感染しても無自覚のため、お互いに移し移されながら、感染の輪を大きく広げている。

ことに、最近の性の自由化を謳歌するようになった若い女性は、感染しやすい生理・解剖学的条件もあって、感染例が著しく増えてきている。今や男の感染症″というより、女性優位の性感染症時代″に突入してきているという状態になりつつある。

 この一世紀の間に、華やかなニュアンスも少しあった花柳病″ (ヴィーナスの病気:VD)は、このようにまったく様相を変えてしまい、STD″という名すら古くなり、深刻なエイズも含めた、大きな感染症ジャンルを意味するSTD″(Sexual Transmitted Infections)とも呼ばれるような時代へと突入しつつあるのである。

 このような性にまつわる感染症≠フ驚くべき拡大を、いかに抑え込め得るのか、現代医学が、今やその貢価が問われつつあるのではないだろうか?


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